15話「ちょっと様子を見てきます」
気合を見せる回の第4話です。
よろしくお願い致します。
カァムさんは護衛としてこっそりと着いてきてくれたらしい。指示はアゾリアさん。あの人は鬼じゃなかった。そして襲いかかってきた理由は――
『ちょいとお前さんの力が見たくなったっつうか、気になってな?』
つまり好奇心であんなに激しく襲ってきたと。鬼はこの人だった。笑顔は当てにならないって学習できた。
オリアナさんに相談すれば抗議してくれるだろうけど、なんか情けないから嫌だ――でも本気で冷や汗を流した件に関してはちょっとだけ言わせてもらおう。
「カァムさんは軍人ですよね。神官相手にあれはやり過ぎだと思いませんか?」
「その通りです。神官以前に癒希は子供なのですから!」
僕が頬をふくらませると、フレアさんも抗議してくれた。年齢はあんまり変わらないはずだけど――かなり歳下に思われてたりするんだろうか。それはさておき、僕とフレアさんはじっとりした視線をカァムさんに向けた。でも。
「ま、仕事の一環てやつよ。お兄さんも辛かったなー、うん」
それなりに歳上のお兄さんは肩を竦めながらの苦笑いでへらりと受け流した。
なんとも軽妙な仕草。僕たちは抗議の意思を思い切り削がれてしまった。人生経験のなせるわざってやつなんだろうか。次いでカァムさんは僕の肩を抱くと、耳にひそひそと囁いてきた。
(今回は立ち向かったじゃないか。偉いぞ)
2人きりで薬草探しに向かわされたのは、前回――グルツの時に自分だけ逃げようとしたことを気にしてた僕へのフォローだったみたいだ。
誰にも話してなかったはずだけど、あの場にいたオリアナさんは気付いていて、僕とフレアさんが話す機会をくれたのかも知れない。そしてカァムさんはやり直す機会をくれたってことだ。この人も鬼じゃなかった――けど。
あのことをみんなが知ってるってことでもある。そんな事実に気付いたけど、僕の心は脱皮したばかりの蝶みたいに軽やかだから蒸し返す気にはならない。
(つまり拠点に派遣されたのは僕へのフォローの土台ってことになる)
その目的が達成されたんだから明日にでも帰れるだろう。怖いアゾリアとさよならできる。
失礼かもしれないけど、とても嬉しい。頬が緩んでいるのを自覚してはいたけど、引き締めるには少し時間が必要だ。僕はそれだけにこにこしている――
「ところで、お前さんは1週間ほどうちで訓練だって伝えるタイミングはいつだと思う?」
「え!?」
緩んでた頬が懸垂でも始めたのかってくらいに引きつった。
数分だってキツかったのに、1週間も怖い軍医と過ごすってこと!? そんなの考えられない――
「そもそもボランティアって聞かされてたんですけど!?」
「いやなに、される側ってことだよ。神官殿」
「ちょっと!? あの、本気で無理なんですけど――」
血圧か急降下していくのを感じる。
でも、よく考えたらアゾリアさんは指揮官だから僕の訓練をしてる暇なんかないはずだ。あの人は武器を持って戦う職業でもない――僕は一縷の望みに懸けて訊いた。
「訓練はカァムさんが担当してくれるんですよね!? 軍人ですし、とっても強いんですから……」
「そりゃあ、お前」
カァムさんは人当たりがいい笑顔を浮かべると、安心させるように僕の肩に手を置いた。この流れなら――
「我らが指揮官アゾリアが担当してくれるから安心しろ」
そう来ると思ったよ。
僕は両手を頬にあてた叫びの顔で凍り付いてしまった。朝から晩まであの恐ろしい声で怒鳴りつけられたら胃潰瘍どころの話じゃない。
かわいい嘘か笑えない冗談であること祈りながら見つめると、カァムさんは空を見上げた。相変わらず枝葉で空は見えない――だからカァムさんの横顔を見つめた。
「幼くても敵は容赦しないってのは本当だからな。その時までに強くなっておけよ」
「……」
その言葉は妙に重かった。
オリアナさんもそうだったけど、大人は辛いことを思い出すと遠くを見る時の眼になるのかも知れない――それはそうと、拠点到着前に済ませておかなくちゃならないことがある。
僕はフレアさんの方に振り向いて微笑むと、穏やかさを極限まで意識して言葉を紡いだ。
「戦闘中のあれのことは秘密にしておいて頂けませんか?」
「……最低」
顔を真赤にしたフレアさんはそっぽを向いてしまったけど、悲鳴を上げなかったから大丈夫だと思う。
・
・
「うそですよね!?」
僕は肺と声帯を振り絞って悲鳴を上げた。つまり大丈夫じゃない。
ここは拠点敷地内の教会。その3階にある就寝スペースだ。教会は見た目より広いみたいで、2段ベッドが10台ほど置いてある。
そして侍女の皆様は10人。フレアさんと合わせて11人。僕を入れてもベッドは充分足りる――つまり僕が彼女たちと同じ部屋で今日から1週間を過ごすのに空間的な問題はない。
「でもそれは無理ですよね!? 女の子と一緒の部屋で寝るわけにはいきませんよ!」
さっきと今の絶叫はこれが原因だ。
オリアナさんと同居してる僕ではあるけど、侍女の皆様は完全にがるるるる状態だ。同じ部屋ですやすや眠ろうものなら、明日の朝陽を拝めるかも分からない。
そもそも僕は女子の中に男子が1人って状況を羨ましく思えるタイプじゃない。漫画とかでよくある状況だけど、この世の男子の99%が僕と同じだと思う。残りの1%はそういうチート能力をもってるとしか思えない。
それはそうと、僕はアゾリアさんを説得しようと1歩だけ詰め寄ろうとした――その直前、彼女の目がきらりと光った。こっちの動きを察知したんだろう。メスか注射器でカウンターを決めることだってできたはずだ。
指揮官兼医者の洞察力って凄まじい――冷や汗なんか浮かべつつ驚いてたら、指揮官殿が嘆息した。
「護衛なのだから当たり前だろうに。貴様は異性を理由に人工呼吸を躊躇うのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
言いたいことは分かるけど僕は軍人じゃない。
そもそも僕が困ってるのは、さっきから侍女の皆様が闘志めらめらで法衣の下――スカートの部分だ――に手を入れているからなんだ。取り出すのは名刺とパンツ。それら以外の何かだろう。多分だけど尖ってる。
(それをアゾリアさんに言っても怒られるだけだ。だったら……)
僕は助け舟を期待してフレアさんを見つめた――けど。
「……知りません」
彼女は可愛すぎる膨れっ面でそっぽを向いてしまった。
スマホの壁紙にしたいくらい可愛い――なんてどきどきしてる場合じゃない。
この状況で味方がいないのは危険すぎる。単騎で高難易度ステージに挑むようなものだ。つまり不可能。僕は明日の朝陽を拝めない。
「癒希よ、いいか?」
15歳に相応しくないレベルでうなだれてたら、アゾリアさんが肩に手を置いてきた。
励ましてくれるのかな――ちょっと期待した瞬間、軍医さんの手が僕の肩にめり込んだ。
めきっ!
まあそうですよね。励ましてくれるわけないって知ってました。悟りとか開けそうです。
僕の心に空虚な風が吹いてることになんて気づかず――いや、気付いてるんだろけど、怖いお姉さんは顔を近づけて来て、さらに微笑んだ。
「フレアになにかしたらどうなるか分かってるな?」
「……長々と苦しめられるんですよね?」
「私は医者だ。あれを除去する手術もできるとだけ言っておこう」
「うそでしょ!?」
『――!』
女の人を押し倒すなんて絶対にしない――けど、もしそんなことをしようものなら、アゾリアさんは容赦なく切る。そう確信させられる微笑みだ。心の底から悲鳴を上げてしまっても仕方ないと思う。
そしてアゾリアさんの言葉で警戒感を増したらしく、侍女の皆様がすごい勢いで殺気を燃え上がらせた。
グルツの時、子猫みたいに身を震わせてたのは油断を誘う演技だったんだろうか――とにかく、このままだと襲われるのは僕だ。教会で寝るのは絶対に無理!
「えっと! ヴァレッサさんかオリアナさんにここで寝てもらうようにお願いしますから、僕は馬車で寝ます!」
仕事を押し付けるようで申し訳ないけど、そうしないと永眠する羽目になる。
(それは壮絶に困るんですよ!?)
僕の覚悟が伝わったのか、アゾリアさんはやれやれと嘆息した。
譲歩してくれるのかな――
「神官戦士たちは先ほどメリーダに帰ったぞ」
「はあああっ!?」
あり得ない――と思ったけど、アゾリアさんは冗談を言うタイプじゃないから事実だろう。
もちろん1週間したら迎えに来てくれるんだろうけど、その1週間は僕にとってマリアナ海溝の底みたいなもので、たどり着くのは不可能だ。しかも置いてけぼりに近い。ショックだ。
灰になりかけてる僕に対して、アゾリアさんは淡々と続ける。
「ルイ大帝国とは医療拠点不可侵の条約が結ばれている。その上、戦闘隊長は“戦鳥”カァムだ。野犬から怪物まで近づこうとすらしない。蚊や蜘蛛くらいは侵入してくるが……そいつらが襲ってきたらスリッパの使用を許可しよう」
それから励ますように僕の頭を撫でてきた。
手つきが妙に優しいのは――最後通牒ってことだろう。
『わがままはそのくらいにしておけ』
こういう意味だ。平手が飛んで来る前に頷くしかない――でも味方がいない状況でこのステージをクリアできるわけがない。
口から魂が抜けてしまいそうなほどに絶望してたら、フレアさんが僕の方を向いた。雨に濡れた子犬を見るような笑顔だ。絶望の淵から見ると女神様に見える。
「癒希、その……辛いかも知れませんが、がんばりましょう」
「は、はい! よろしくお願いします……」
僕が頷くと、フレアさんは微笑んでくれた。この人は味方だ。やっぱり優しい。
どこかのゲス女神も見習って欲しいくらいだ――
ずがんっ!
「うわっ!?」
小さな希望に感動してたら、とんでもない爆音が轟いた。
僕やフレアさんたちは思わず身をかがめてしまったけど、アゾリアさんは素早く窓を開け放ってそこから飛び降りた。
ここは3階ですけど――軍人にとっては3階と玄関は同じ意味らしい。それはそうと、なにか問題が起きたのは間違いない。それならヒールの出番があるはずだ。
僕はベッドに立てかけておいた戦杖を片手に、急いで階段へ向かった。
「どこへいくのですか!?」
「ちょっと様子を見てきます」
フレアさんが血相を変えて呼び止めて来たけど、大雨でも台風でもないから死亡フラグは立ってない。
それにカァムさんはすごく強いから、怪物が襲って来たんだとしても簡単にやられはしないだろう。あの人を僕のヒールで支援できれば、ラスボスでさえ勘弁してくれって顔になる。さらに防衛の兵士が100人もいるんだから、ハッピーエンドは確実だ。
「だからフレアさんたちはここにいてください」
「癒希! 行ってはいけません!」
『彼らに任せましょう!』
フレアさんは顔を真っ赤にして制止の声を張り上げた。
なにか妙だ――けど、早くカァムさんたちを支援しないとまずいことになるかも知れない。
「任されました!」
「癒希!?」
僕はフレアさんに軽く手を振ってから階段を駆け下りた。
・
・
「うそでしょっ!?」
教会から外に出た僕が見たのは、ことごとく崩れ去った兵舎だった。
一網打尽にされないよう、四隅にそれぞれ建てられた兵舎が爆破でもされたみたいに瓦礫の山になっている。強烈に火薬の臭いがするから、実際に爆破されたんだろう――石造りの4階建てが破砕されるなんてどれだけの火薬を使ったのか。
そして敷地南端に建っている司令塔の前には、軍服を着た人たちが両手を頭の上に置いた状態で両膝を突かされていた。映画とかでよく見たことがある――アゾリアさんはそんな光景を敷地の中央から身を震わせながら見つめている。
「アゾリアさん!」
駆け寄って肩に触れてみたけど、彼女の顔面は蒼白で目の焦点もあってない。
怯えとか戦意喪失とは違う気がする。過去のトラウマと同じ経験をするとこうなってしまうってなにかで読んだことがあるけど――それより、さっきから戦杖が震えっぱなしだ。ここにいるのは絶対にまずい。
『君が指揮官かね?』
「……!」
ほら、やっぱりまずかった。僕は戦杖を構えつつ声の方を見据えた。
司令塔の扉がゆっくりと内側から開かれていく――地面をずしんずしんとへこませながら出てきたのは鉄塊だった。
身の丈は2メートル超えで、フルプレート・アーマーを特盛で注文したような黒い鉄塊――でも鎧を着た人間だって確信できる。
『ゴンザロス様! 全施設の制圧完了であります!』
『よろしい! さて……改めて訊くが、いいかね?』
僕とアゾリアさんを取り囲んだ連中が着ている黒の重鎧は形状が統一されていて、そして彼らの鎧に刻まれた紋章と同じものが鉄塊の兜に刻まれているからだ。装備が統一されていて、さらに共通の紋章――こいつらは軍隊だ。
「君が彼の指揮官かね?」
「――!」
「うそでしょっ!?」
嘲笑うような声。それと同時にゴンザロスが放ったのは、ところどころが血に染まった白い羽飾りだった。
不定期更新です。
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