14話「いえ、あの……ちゃんと護衛します。すいません」
気合を見せる回の第3話です。
よろしくお願い致します。
ティアラ騎士団第6後送医療拠点は十数年前までルイ大帝国との国境のすぐ近く――前線にあったらしいけど、今は数キロメートルほど後退したらしい。
地図上で見れば大した差はないんだろうけど、現場の人たちから見れば大きな違いだ。そもそも医療拠点を前線に建てるってちょっと理解できない。
『上の連中はなにもわかってない』
僕がいた世界でもよく聞く台詞だ。
それはさておき、前線では小競り合いすら起きてなくて、さらにそこから数キロメートルも後方。つまり僕がいる拠点は安全だって言い切れる。安全って素晴らしい言葉だ。開発した人に感謝したい――安全地帯から護衛対象を放り出す人は控えめに言って鬼だと思う。軍服が赤いから赤鬼かな。
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『なかなか見つかりませんね』
「……」
僕は安全な拠点からやや離れたところにいる。
天気は快晴、時刻はお昼くらいだ――けど、森の中だから薄暗い。
フレアさんはそんな視界微妙な中で薬草を探していて、僕は彼女の護衛として辺りを警戒しながら立っている。僕も彼女も護衛対象だったよね。護衛対象が護衛対象を護衛するって間違ってる気がしてならない。右手で左手を守っても問題の解決にならないと思いませんか?
(盾に守ってもらいたい……)
安全地帯の外は当然のことながら非安全だ。こんな言葉は存在しないってもちろん知ってる――とにかく、森には獣が棲んでるだろうし、野盗の類だっているはずだ。そのくらいなら杖装備スキルと戦杖で何とかなるかも知れないけど、怪物や組織的な犯罪グループ相手だとちょっと怖い。僕は護衛の訓練なんか受けてないんだから――
「……」
「どうしたのですか?」
あまりに陰鬱だったからため息をついてしまったらしく、フレアさんが訝し気な顔を向けてきた。
任務中にため息とはいい度胸だな――アゾリアさんの声でそんな台詞まで再生された。僕の背筋に冷たいものが伝う。
「いえ、あの……ちゃんと護衛します。すいません」
「はい。よろしくお願いいたします」
僕は戦杖を両手で構えてやる気っぽいものを演出してみせた。
この薬草探しはアゾリアさんからの指示だけど、報告書とかあるのかな。あるとしたらやばい。その不安で胃がぎゅっと締め付けられた。
そしてまた、ため息をつきそうになって、僕は顔を左右にぶんぶんと振った。
(ちゃんとしてないと……アゾリアさんに殺される!)
それから目を見開いてフレアさんの背中を見つめると、陰鬱な気持ちがどこかへ消えた。
気持ちはスイッチみたいに切り替えができるらしい。人は生死の境で成長するって本当なんだね。
15歳が身をもって知るべきことじゃないけど――心の中でため息なんかつきながらフレアさんを見つめた。彼女は僕に背を向けて花を見つめている。ちなみに中腰だ。
「まだ蕾なのですね」
「……」
フレアさんも年齢的には蕾のはずだけど、なんかあれです。お尻が大きい。そういえば胸も大きかった。
(法衣もなんかエッチだし、おまけに森の中で2人きり。これは――チャンスだ!)
お巡りさん、犯人がここにいます。
冗談はさておき、僕は護衛として、そして報告書の加点を狙うべく、周囲の警戒を始めた。素人が殺気や気配を感知するのは無理だろうけど、ここは生い茂った森の中だ。音は消せないだろう。
僕は音がするたびにそっちを向いた。フレアさんも花や草、茸とかに次から次へと視線を移している――2人してきょろきょろすることしばし。フレアさんは法衣についた葉っぱを払い落としながら立ち上がると、それから僕の方に振り向いた。
「他の方が見たらどう思われるのでしょうね」
「賢いとは思われないでしょうね」
「ふふ……!」
僕が即答すると、彼女は口元に手を当てて思い切り笑った。その笑顔は宝石みたいにきらきらしてる――心の中にあるなにかのゲージが満タンになった。
「あの!」
「は、はい!? ええと……」
僕は思い切り高揚したらしく、思わず大声を出してしまった。
フレアさんはなにかを続けようとしたみたいだけど、感情と言葉は止まってくれない。
「あの時は自分だけ逃げようとして……その、すいませんでした」
「……いえ……私こそ、はしたないことを言ってしまって……」
「……」
「……」
伝えたかったことは伝えたけど、森の空気がめちゃくちゃ重くなった。
僕はなんでいきなり謝罪したんだろう? しっかりと段取りっていうか、シチュエーション的なものを整えてからじゃないと相手が困惑するって分かってたはずなのに。
勢いで動くとろくなことがないって学ぶためかも知れない――自虐的に後悔してたら、フレアさんは僕から目をそらして空を見上げた。僕も彼女に続いたけど、枝葉に覆われていて空はほとんど見えない。
「それに……逃げるのは悪いことではありませんから」
太陽の光さえ満足に届かない薄闇の下で、フレアさんは諦めたようにそう言った。
この人は貴族なのかな? お家騒動的なもので逃げてきたとか――彼女の沈んだ表情を見てると“この娘を助けろ”と心がメガホンで叫んでくる。
どうしても理由を知りたいけど、さっき学んだばかりだから勢い任せに訊くのはやめておこう。
失敗は1日に1回までにしようって今、決めた。
(とりあえず護衛に徹しよう)
僕はうんうんと独りで頷いた――その時、ホーリー・マスターの小技を思い出した。
このゲームはヘックス型の戦略SRPGなんだけど、ヒーラーは森や草原に止まった時、ランダムでやくそうを入手できるんだ。これはショップで買い取りしてくれて、しかもステージでの入手数に制限はないから、クリア条件を満たした後で延々と繰り返せば金策として有効だ。
僕は封印してたけど――それはともかく、ヒーラーである僕にもそのパッシブスキルがあるだろう。
意識を集中して辺りを見回すと、いくつかの植物がぼんやりと光ってる。僕はその中のひとつを指さした。
「あれは違いますか?」
「えっと……ああ、シロナキ草です。よく見つけましたね!」
フレアさんは、ぱちりと両手を打ち鳴らした後で天真爛漫に微笑んだ。
なんかもう、この人の笑顔はことごとく可愛いっていうか、魅力的過ぎる。お姫様のために魔王と刺し違える騎士ってこんな気持ちなのかも知れない。
僕はヒーラーだけど、いざという時にはこの人を――なんて考えてたら、フレアさんが薬草を革袋にしまいながら呟いた。
「……神官は薬草にも通じているのですね」
「え?」
自分は神官ではない。そんな言い方に、僕は疑問符を浮かべた。
見習いでもフレアさんは神官のはずだ。よく考えると侍女の皆様も部隊なのかってくらいの規模だし――この人はなにかを隠してる気がする。
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