139話「なんてグッジョブなことを!?」
オリアナのあれやこれやが明かされるどたばた回の第2話です。
よろしくお願いします。
あれからすぐ。僕たちは大食堂で朝食とのご対面を果たすことができた。
パンとスープ、大盛りのサラダ。メインはベーコンの卵炒めとソーセージ。デザートはリンゴ――僕がいた世界のリンゴは紫色ではなかったけど、あまり気にしないでおこう。
世界間での差異がこの程度ならむしろラッキー。断末魔を上げない幸運に感謝すべきだ。そういうわけで。
「いただきます」
「女神よ、日々の糧に感謝します」
「さ、食うか!」
三者三様のいただきます。そんなものを済ませた後、僕は心も躍る気持ちでフォークを手に取った。
まずはサラダを――その時。
『けっ!』
「……」
不快な悪態。
愉快な悪態をつけるのはへそを曲げた幼児くらいだろう――僕は視線だけをそっちに向けた。へそを曲げた大人。モヴァさんがいる。彼の後ろにはおふたりさん。さっきのやんちゃ系トリオが僕たちのテーブルの脇に立っている。
(……大食堂はとても広い。壁際のテーブルに通りがかるなんて、サイコロを3回振った合計値が3になるくらいの低確率だ)
窓から中庭が見える席と言っても、大人気の絶景ポイントというわけでもないんだから――つまりはめんどくさい展開。
僕は胡乱な表情で窓の外を3秒だけ見やった後、できる限りの笑顔で3人の方に振り向く――
「……」
モヴァさんの頭には、なぜか包帯がぐるぐると巻かれていた。
怪我をする威力では絶対に殴っていないから、負けた悔しさを僕への当てつけに変換したみたいだ。つまりは偽・包帯ぐるぐるマン。
(……そもそもが自業自得なのに)
彼には反省という機能が備わっていないんだろう。外付けでもいいから取り付けておいて欲しい。そんな彼への切り返しは既に決まっている。僕はにこりとモヴァさんに微笑んだ。
「先輩、バンダナの巻き方がめちゃくちゃですよ」
「包帯だろ!?」
「怪我もしていないのに?」
「そ、そんなことはねえ!」
「じゃあ、怪我の具合を確認がてら巻き直してあげましょうか」
「ぐっ!? てめえ――!」
「おい……!」
モヴァさんが肩を怒らせて詰め寄ろうとした時、意外にも他の2人が肩を掴んで制止してくれた。
この2人には諫言機能が備わっているみたいだ。単に周囲の目を気にしているのかもしれないけど――さっさと立ち去ってくれるのなら、どちらでも構わない。
(もし朝ご飯を邪魔する気なら、女神の怒りを全身で召し上がっていただくことにしよう)
割と本気でそんなことを考えながらモヴァさん――の頭に巻かれた包帯のほつれ――を見つめると、彼は鼻を鳴らし、次いで僕たちに背を向けた。そして。
「“呪いの”オリアナめ、滅びろ!」
「……」
侮辱の捨て台詞を背中で言い放った後、肩で風を切るようにして去っていく――僕は視線をどうでもいい背中からサラダに戻すと、フォークをピンク色のプチトマトに向けたまま考えた。
(呪いの……どういう意味なんだろう?)
それは強くて綺麗で、さらに理知的なオリアナさんにはあまりにも不似合いだ。“完璧な”または“完全無欠の”こそ相応しいのに――気にはなるけど、オリアナさんの気配がツンツンし始めているから、朝ご飯を食べた後のリラックスタイムにでも遠回しに訊いてみよう。この話題が彼女の地雷原なら、拙速はとても危ない。そして。
(オリアナさんへの侮辱は許せないけど、とにかく今は朝ご飯だ)
モヴァ先輩様がまた訓練に付き合ってくれる機会があったら、次は5連撃を見舞って差し上げよう。たんこぶでもプレゼントすれば、それが外付けの反省になるだろう。そんなことを考えながら、僕はご機嫌にフォークを握り直した――刹那。
すかん!
「おおおおおおおお!?」
なぜかトレイが空を裂いて飛んでいき、それが爽快な金属音を立てて誰かに命中した。
慌ててそっちに顔を向けると、モヴァさんが後頭部を押さえて片膝をついている――僕がいた世界のトレイは自律飛行しない。それはこっちの世界のトレイも同じはずだ。金属製という点も。
「頭が割れるように痛えんだけど!?」
そしてモヴァさんのお怒り気味の叫び声。よほど痛かったのは間違いない。怪我だってしたのかも――
「あの!」
僕は投擲直後の体勢で挑発的な笑みを浮かべているヴァレッサさんに勢いよく振り向いた。親指だけを立てた左拳を顔の高さに持ち上げて。
「なんてグッジョブなことを!?」
「なんてことしやがる、だろ!? そこはよおおおお!?」
「いいえ」
「こんの野郎おおおおおおおおおおおおお!?」
「あ」
思わず遠慮機能オフで答えてしまった。その直後、モヴァさんは痛みを堪えて立ち上がり、激怒の表情で襲い掛かって来た。残りの2人も続く――朝食もまだなはずなのに、元気いっぱいの御様子だ。
そしてモヴァさんに怪我をした様子はないから、健常者対健常者。これはただのどたばただ。思いのほか早くやってきた、5連撃を見舞う機会とも呼べる。
僕はちょっとしたやる気を漲らせながら、戦杖をそこそこの強さで握った。そして迎撃を――その前に好戦的な声が衝撃波のように大食堂を駆け抜けた。
「くだらねぇこと言いやがるからだろうが!」
ヴァレッサさんが楽しそうに椅子を蹴って立ち上がり、獣以上の俊敏さで迎撃に出た。モヴァさんたちも慣れた様子で応戦の構えを取る――けど。
だん!
その時、ヴァレッサさんは天井に着地していた。それが当たり前であるかのように。
軽業なんてレベルじゃない。彼女は間髪入れずに強靭な両足で天井を蹴り、次の瞬間には力強く握り込まれた拳が、やんちゃな獲物を急襲する――
がす! ばき!
「ほげ!?」
「ぐへ!?」
豪快でしなやかな拳撃がモヴァさん以外の2人をそれぞれ1撃でぶっ飛ばし、彼らは反対側の壁まで転がっていった。
そして、慌ててブレーキをかけるモヴァさん――圧倒的な力の差をやっと感じ取ったらしい。けど、それは手遅れだ。いくつかの意味でモヴァさんは境界線を踏み越えていた。ヴァレッサさんの射程距離と、オリアナさんへの侮辱。
「で、オリアナがなんだって!?」
「くっ、いや、別に……その……!」
最後の獲物に向けられたのは、お怒りが混じった挑発的な笑みだった。
モヴァさんの表情がこれでもかと恐怖に引きつり、それは猫に見つかった鼠を連想させる。そして。
「ちょ、おま、やめ――!」
「顔を洗ってないみてぇだから手伝ってやるぜ!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!?」
モヴァさんは片手で胸倉を掴み上げられ、剛速球並みの勢いで放り投げられた。その先は僕たちのテーブル――の少し上。中庭が覗く窓。
さすがに顔面から窓を突き破ったら、真・包帯ぐるぐるマンになってしまうに違いない。
個人的にはそれでも構わないけど、ヴァレッサさんが怒られてしまうかもしれない――
(それは絶対にイヤだ)
総合的に考えるなら、悪いのは彼ら。大司祭様に怒られるのも彼らだけでいいはずだ。
僕は戦杖でモヴァさんを打ち落とそうと――その時。
がら!
オリアナさんがとんでもない素早さで窓を開け放ってくれたから、僕は戦杖を引っ込めた。その一瞬後、目の前をモヴァさんという名の剛速球が通過していく――
どぼおん!
彼は窓を突き破ることなく、安全に中庭の池へと叩き込まれた。
そしてばしゃばしゃと両手で水しぶきをあげ始める――僕は心が爽快感で満たされていくのを感じながら、ピンク色のプチトマトをフォークで口に運んだ。すごく甘い。待ちに待ったその感覚に、思わず頬がほころんでしまう。
「寒い!?」
「眠気覚ましにぴったりだな」
にべもなく言い放たれた言葉もまた清々しい。そんな余韻に浸っている間にヴァレッサさんがテーブルに戻ってきたから、僕は笑顔で彼女を迎えた。と。
「……なぜ貴女が腹を立てるのですか?」
静まり返った大食堂に、オリアナさんの理知的な声が淡々と響く。表情も普段通りの平静さ。
でも気配からさっきまでのツンツンは感じられないから、今のは感謝の言葉だろう――ヴァレッサさんは何も返さなかったけど、軽く肩を竦めて見せた。照れ隠しに違いない。
つまりはこれにて一件落着。そう思った刹那。
ごごごごご……!
僕の肌が強い振動を検知した。鼓膜が圧迫されるような感覚も――地震と低気圧のコラボレーションなんかじゃない!
「吹っ飛べゃあああああ!」
「朝飯ごりょなぁあああああ!」
「まじで!?」
慌てて振り向けば、ヴァレッサさんに殴り倒された2人が起き上がって印を組んでいた。呂律は怪しかったし、表情もぷっつん。ガチギレ状態だ。
そして印には大きな力が集束していき、振動が大食堂全体を揺らし始める――強力な聖術が展開されるってことだ。
オリアナさんはひらりとテーブルを乗り越えると、ヴァレッサさんの隣で拳を構えた。気配は鋭くて冷たい。やる気だ。
「馬鹿な真似を」
「同感だぜ!」
ヴァレッサさんも似たような気配を放っている。
そして神官戦士のお姉さんたちは僕の盾になるように展開してくれた。だったら僕が選ぶべきコマンドも決まっている。
「聖なる盾!」
僕は突き出した左手でオリアナさんたちのすぐ前方に守りの奇蹟を設置した。それから右手で短杖を取り出し、おふたりさんの片方に狙いをつける。
(距離があるから1発目は仕方ないけど――)
2発目は絶対に撃たせない。
この場にいる人たちは、ほとんどが神官または神官戦士。力ある人たちだ。常識を持ってはいても、人は熱くなると何をするか分からない――聖術を乱射されようものなら、大食堂にいる人たちを巻き込んだ大騒ぎに発展しかねない。
『……』
僕の懸念通り、周囲を取り巻く期待と戦意は急激に膨れ上がっていき、なかには明確な闘志を放っている人も――爆発する前に片付ける!
次が最後の打ち合い。くだらない騒ぎの決着の時。自業自得の聖なる術者たちが、その口火を切った。
ぎゅごおおおおお!
『無貌の大白波!』
「2人でひとつの聖術を!?」
協力技なのか合体奥義なのかは分からないけど、彼らが神官らしいところを見せてびっくりした。
態度と性格も神官らしければ良かったのに――それはさておき、向かって来るのは不可視のなにか。
大食堂のテーブルクロスやカーテンが端から端まで大きくはためいているから、風系の術なんだろう――僕はそれを見据えた。空気が極限まで圧縮されていくような音からして、予想以上の大火力。受け止めるのは無理だ。でも!
(気配が見えるなら対応できる……!)
受け止められないのなら、受け止めない。
展開済みの聖なる盾を装備して聖術に突っ込み、威力を削りながら受け流す。失敗した時は結構なダメージを喰らってしまうだろうけど、そこは殴りヒーラーとして我慢するしかない――僕は短杖を放り捨てると同時に聖なる盾を引き戻し、それから大食堂の床を蹴って駆け出した。そして。
「術は僕が引き受けます! 彼らに常識を外付けしてあげてください!」
『癒希様!?』
オリアナさんたちの叫び声を背中で受け止めながら、術に真正面から突っ込んだ。
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