13話「……壊すのも得意ってやつですか?」☆☆
気合を見せる回の第2話です。
よろしくお願い致します。
森に潜むように佇む軍事施設。ここはティアラ騎士団第6後送医療拠点と呼ばれているらしい。
敷地はきっかり正方形で、四方の壁は森の木々よりも少しだけ低い。一網打尽にされないよう、兵舎は四隅に分散されていて、南端には治療施設を兼ねた司令塔がある――けど、やっぱり森の木々よりも少し低い。
施設の性質を考えればこちらにどうぞってわけにいかないのは分かるけど、控えめ過ぎて軍事拠点っぽくない。ちょっともやもやしてしまう。
施設の中央がきれいに空いてるのは、多くの怪我人が運び込まれた時に効率よく治療するためなんだろう。そして西側には女神の教団のシンボルを頂いた教会がある。
軍は国の管轄だから教会とは無関係のはずだけど――不思議そうに眺めてたら背後からびしっとした声がかけられた。
『だからこそ彼女たちはここにいるということだ。貴様もな』
居眠りしてるところを咎められた。そんな顔で振り向くと、赤い軍服の上から白衣を羽織った女性が立っている。軍医さんかな?
年齢は30代前半で髪は真っ白。鋭い形の眼鏡がすごく似合ってる――厳しそうな人だ。つまり厳しいお医者さん。苦手かも。
表情にそれが出てたらしくて彼女の少し後ろにいるお兄さんが苦笑いした。
軍医さんと同じくらいの年齢で、軽そうな鎧を着けている。髪には白い羽飾り。笑顔は優しいからとっつきやすそうに思える――観察なんかしてたら、オリアナさんとヴァレッサさんが背筋を伸ばした。
「神官戦士オリアナ並びにヴァレッサ、そして神官癒希の計3名です。到着しました」
それから揃って右手のひらをそれぞれの胸に当てた。軍医さんも同じ動作で返したから、この世界での敬礼なんだろう。
僕も慌てて真似したけど――あらかじめ教えておいてくれてもいいのに。
それはさておき、軍医のお姉さんは両手を胸の前で組むと、威厳が溢れる声で言った。
「この拠点を任されているアゾリアだ。後ろでヘラヘラしているのはカァム戦闘隊長だ」
「よろしくな?」
カァムさんは人当たりの良い笑顔でひらひらと手を振ってきた。
僕はぺこりと頭を下げかけて――胸にあてていた右手を慌てて下ろした。左右を見れば、オリアナさんとヴァレッサさんは既にそうしている。タイミングとか諸々をあらかじめ教えておいてくれればと思わざるを得ない。
僕のなんとなく恨めし気な視線の先で、オリアナさんは何かの書類をアゾリアさんに手渡した。それを読んだ赤い軍医さんは嘆息混じりに頷く――
「まったく……テラ・ビンスの要望となれば仕方あるまいが」
なぜか呆れたような顔を向けられてしまった。
僕の体力テストの結果が書いてあったわけじゃないはずだけど――困惑してるとアゾリアさんがびしりと指さしてきた。
「貴様に任務を与える! 着いてこい!」
「は、はい!?」
腹式呼吸スキルレベル50くらいの声量で柔らかメンタルを一撃されて、僕は引っ叩かれたような声を上げてしまった。そんなことには微塵も構わず、アゾリアさんは僕の手を強く引いて歩き出した。
このお姉さん怖いんですけど――オリアナさんとヴァレッサさんの方を見やると、どっちも立ったままだ。着いてきてくれる様子はない。売られていく牛の気分だ。
それから少し歩いた後、アゾリアさんは立ち止まって僕の方に振り向いた。
「神官なのだろう!? 幼くとも敵は手を抜いてくれんぞ!」
「は、はい!?」
大司祭様とは違った怖ろしさ。ちょっと無理です。
このノリに耐えられる気がしません――遠くなったお姉さんたちの方にそんな視線を送ると、オリアナさんは心配そうな顔で見つめてきた。そしてヴァレッサさんは“気合だ、気合”そんなジェスチャーを返してきた。
態度こそ違うけど、2人とも“行って来い”と言ってる。ジーザス。
行くのはいいけど帰ってこれるのかな――なんて考えているうちにアゾリアさんが教会の扉を開けた。
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扉をくぐると礼拝堂だった。
洗礼台とか色々と置いてあるのかと思ったけど、医療施設としてのスペースを確保するためなのか、壁際に長椅子が置かれているくらいで広々としてる。素晴らしいことにゲス女神の像も置いてない。それだけでなんか嬉しい。
それはそうと法衣を着た女の子たちが掃除をしてる。
アゾリアさんに気付いたらしくて、小走りで横一列に並んだ。それから右手のひらを胸にあてたお約束のポーズを取った。
「ふむ……」
そしてアゾリアさんは満足そうに頷いてから大きく息を吸う――
怒声でも張り上げるのか、炎の息でも吐き出すのかとはらはらしてたけど、軍医のお姉さんは嘆息しただけだった。それから妙に優しい眼差しを女の子たちに向けた。心なしか表情も柔らかい――僕への態度との違いに理不尽さを感じる。
「見習い諸君、邪魔をして済まない。フレア、来てくれ」
「はい!」
呼ばれて数歩も進み出たのは黒髪の女の子だ。
年齢は僕より1つか2つ上だろう。黒髪を後ろで束ねていて、瞳も黒い。ティーン向け雑誌の表紙を飾ってそうなほど可愛らしい――けど、どこかで見たことがあるような気がする。記憶と照合しながらじっと見つめてたらフレアさんと目が合った。その瞬間、僕の頭上で電球がぴこんと輝いた。法衣を着た女の子――
(グルツに捕まってた人だ……!)
正解のぴんぽんが鳴りはしなかったけど間違いない。
胸に嫌な感触が生じた――その時、フレアさんも少し驚いたような表情になった。潤った唇が少しだけ動く。
「さ……いえ、なんでもありません」
「……」
この“さ”の後に続くのは何だろう?
さっぱりしてますね。桜餅が好きそうですね。最低男。
(……正解は最低男です。事実だから仕方ないけどちょっと辛い)
フレアさんの左右に並んでる女の子たち――じっとりと見つめてくる女の子たちはみんな、あの場にいたんだろう。嫌な感触が一気に大きくなった。
そして僕の柔らかメンタルがへこみまくってることに気づくことなく――いや、気づいてるんだろうけど、アゾリアさんは担架を運んでくることなく続けるみたいだ。
「彼は神官の癒希だ。少しの間だがフレアの護衛をしてもらう」
『な――!?』
フレアさん以外の女の子たちが絶句した。彼女たちはフレアさんの侍女的な職業なんだろう。
年齢は僕よりも少し上くらいだけど戦う訓練も受けているはずだし、最低男が護衛につくなんて言われたら法衣の下からナイフでも取り出しかねない――ていうか法衣の下に手を入れてる子がいるんですけど!?
フレアさんがどのくらいの地位に在る人なのかはわからないけど、止血剤を用意した方が良さそうな雰囲気だ。
即死させられたらヒールも意味ないよね――僕が冷や汗をだらだらと流していると、アゾリアさんが肩に手を置いてきた。励ましてくれるのかなって期待したけど、筋肉が歪むほどの強さで握りしめられた。
「癒希よ……彼女になにかあったら分かってるな? 私は医者だが――」
「……壊すのも得意ってやつですか?」
「苦しめるのも好きだ」
「うっそでしょ!?」
「一人前の神官なのだろう? しっかりしろ」
なるほど。アゾリアさんがフレアさんたちに優しいのは、彼女たちが見習い神官だからなんだ。で、僕は一人前の神官だから刺殺の淵に立たされてると。立場以外にも考慮すべきことってあると思う。
「戦場に向かえというわけではない。しっかりとこなして見せろ」
アゾリアさんは僕の肩を励ますように叩いた後、すたすたと退室していった。
それから侍女の女の子たちが僕に半眼の集中砲火をお見舞いしてくれた――けどそんな中、フレアさんが可憐すぎる笑みを浮かべた。
「色々とありましたが、どうかよろしくお願いします。神官癒希」
「こちらこそ……あの、はい。お願いします」
『……』
フレアさんは水に流してくれたみたいだけど、侍女の皆様はそうじゃなさそうだ。
ヒールって胃潰瘍も治せるのかな――僕はそれを試す羽目にならないことを大自然に祈った。
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アゾリアとフレアです。
よろしくお願いいたします。
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