12話「えっと! 今回の任務は何でしたっけ?」
気合を見せる回の第1話です。
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僕は右手を天井に向けて突き出した。
握っているのは戦闘用の杖だ。ゲームならバトル・スタッフとか呼ばれるんだろう。
長さは1メートル弱。持ち手は汗を吸収してくれるように木材で、それ以外は銀鋼製。重さは3キロかな? ちょっと重いけど、杖装備スキルをもってる僕にとっては問題ないレベルだ。
打撃用の武器だけど“とんかち”じゃなくて“Hammer”みたいな感じのすらっとしたデザインになっている――だからとっても格好良い。撲殺が趣味じゃなくたって見惚れてしまう。
そういうわけで、僕は戦杖を掲げたままにこにこしていた。
これからはちゃんと戦える。その嬉しさの前には、森の中を行く馬車の揺れなんか気にならない――そんな僕を横から心配そうに見つめてるのはオリアナさんだ。
馬車の揺れに合わせて白銀の髪が小さく左右に振れている。僕が20歳くらいの最強勇者だったら肩を抱いて安心させることもできるんだろうけど、今の僕がそんなことをしようものなら即座に担ぎ上げられて病院に搬送されてしまう。そして――
「ねえ癒希様! そろそろ着くよ」
「わかりました。ありがとうございます」
ヴァレッサさんなら、にんまりと笑いながら頭を熱烈に撫でてきそうだ。そんなことを考えていたらオリアナさんが不安そうに嘆息した。
「……戦いは杖の扱いほど簡単ではありません。なにかあっても敵の前に立つことのないようにお願いします」
僕の左隣に座ってる白銀のお姉さんは言い聞かせるようにそう言うと、左手をぎゅっと握ってきた。心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと悔しい。
ホーリー・マスターの回復術士は“野盗”とか“一般兵”を相手に前衛を務められるくらいには強靭だ。
その力をもっている僕も“民間人”じゃないはずなのに――僕が少しだけ眉をひそめると、右に座ってるお姉さんことヴァレッサさんが右手をむぎゅっと握ってきた。思わず振り向くと、琥珀色の瞳に見つめ返された。ヴァレッサさんは日焼けしていて、金色の髪は少しウェーブしてる。おまけに目つきが鋭いからネコ科の猛獣っぽい印象だ。いたずらっぽい声で言ってきた。
「癒希様だって戦えるなら戦いたいよね? 私は分かるよ」
「そうですか!?」
「もちろん! 敵が攻めて来たら一緒にぶっ飛ばそうよ!」
「は――はい!」
かけられたのは予想外の言葉だった。
すっげー嬉しい――けど左側のお姉さんは予想通りの表情で、予想通りの言葉を口にした。
「ヴァレッサ! 癒希様をなんだと思っているんですか!?」
「お前こそなんだと思ってんだよ? 癒希様は抱き枕じゃねえぞ」
「なんですって!?」
「お、落ち着いてください!」
そして悲しいほど予想通りに、オリアナさんとヴァレッサさんは僕を挟んで睨み合いを始めてしまった。
僕の仲裁でなんとか感情をおさめてくれたけど、空気は重い。
オリアナさんってヴァレッサさんが相手だと感情表現が激しく――というか素直になるみたいだ。仲が良いってことなんだろうけど、胃に穴が開く前にこの空気をなんとかしたい。僕はどきどきしながら左右のお姉さんたちの肩を軽く抱いた。
「えっと! 今回の任務は何でしたっけ?」
『それは――』
オリアナさんとヴァレッサさんは左右の耳にそれぞれ任務の説明を始めてくれたけど、本当は知ってる。
ルイ大帝国との国境際にある後送地帯――負傷者を治療するための拠点でボランティア。簡単に言えばこんな感じだ。やんちゃ大帝国はここしばらく大人しいから、怪我人もいないらしいけど。
(……なら僕はなにをしにいくんだろう?)
ビンス大司祭直々の任務だから意味はあるはずだけど、思いつかない。馬車に慣れろってことなんだろうか。
でもオリアナさんに加えてヴァレッサさんも同行してくれるんだから、平衡感覚を鍛えて終わりってことはないはずだ。そんなことを考えていたら、左右のお姉さんが揃って説明を締めくくった。
「危険はないはずですが……有事の際は私がお守りしますので、癒希様はどうか後方にいてください」
「なんかあったら一緒にぶっ飛ばそうよ。だから私のそばから離れないでね」
「……」
こういう時は頭が左右に2つあったらなぁって思わなくもない。
プラナリアが羨ましい――けど僕は扁形動物じゃないし、女性を手玉にとる職業でもないからお姉さんたちは仲良く眉を吊り上げてしまった。
「ヴァレッサ!」
「オリアナ!」
そういうわけで第2回睨み合い決戦が始まった。
戦端を開いたのはオリアナさんだ。目を刃みたいに細めてすっげー冷たい声でヴァレッサさんに斬りかかった。
「――なにか起きた際は私が癒希様の守護につきますから、敵の排除を任せます」
「癒希様は私と一緒に戦うんだよ。お前は馬車でも磨いてろ」
対するヴァレッサさんは額にお怒りマークを浮かべて迎撃した。
2人の表情は1回目より明らかにヒート・アップしてるから下手にフォローしようとすれば火に油になりかねない。僕は信楽焼の狸の気持ちで壁を眺めることにした――その時。
「と……到着いたしましたが……」
御者の男性が声をかけてくれた。
少し声が震えてる上に頬までひきつらせてるのは、こっちの激戦がそっちに飛び火するのを怖がってるんだろう。その真っただ中にいる僕は勲章でも貰えるはずだ。
「……えっと、それじゃ、行きましょうか」
『はい!』
僕が冷や汗を振り払いながら立ち上がると、お姉さんたちは武器をしまってから立ち上がった。
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