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11話「疲れた……」

スキル覚醒の最終話です。

よろしくお願い致します。

 そういうわけで僕は――びくびくしながら――オリアナさんに全力全開で微笑んだ。頬に冷や汗が浮かんでるみたいだけど拭う余裕はない。そこはご愛嬌ということで。


「彼とは和解しましたから、絞殺までしていただく必要はありませんよ」

「ああ……癒希様はなんとお優しいのでしょう……」

 僕が――かたかたと震えながら――オリアナさんの手に触れると、慈愛に満ちた微笑みが返された。

 無表情で“そういう問題ではありません”とか言われたらどうしようと思ってたけど、やっぱりオリアナさんは優しい―― 


「では苦しみを与えることなく済ませましょう」

「う”えええ!」

 なんて安心しかけたけど、オリアナさんは美しい笑みを浮かべた途端に鞭を締め上げてナッシュに死体まであと半歩くらいの呻き声を上げさせた。

 オリアナさんの優しさは僕の優しさと反対方向を向いてるみたいだ。信仰対象に斬りかかったんだから当たり前って言えば当たり前かも知れないけど、ナッシュを御見送り(・・・・)するのも夢見が悪い。


「和解した相手とは握手して抱擁してさようならが僕がいた世界のテンプレートなんですけど!?」

「…………癒希様がそう仰るのなら」

 沈黙の長さに心の底からぞっとした――けど、オリアナさんは深く嘆息した後、ナッシュの拘束を解いてくれた。


 むぎゅっ!


 ナッシュの背中から降りる時に後頭部を踏みつけたりしたけど、それで許されるなら彼も文句は言わないだろう――


「白金女! 覚えてやがれ!」

 そうでもなかった。

 ナッシュは涙目でテンプレ捨て台詞を言い放ってから元気に走り去った。ここまで痛めつけられたら、よほどの被虐趣味じゃない限りは、もう暴れたりしないだろう。


『本当に神官様なのか? 拷問官じゃ……』

『……血も涙もないのね』

 僕もそういう趣味じゃないから、周りの人たちにどん引いた視線を向けられても興奮しないし嬉しくない。

 この空気ってどうしたらいいんだろう――真剣に困ってたら、満面の笑みを浮かべたオリアナさんが周りの人たちをぐるっと見回しながら訊いた。


「――なにか?」

『……』

 柔らかくて重い。その一言がみんなを黙らせてしまった。これが黙らせる笑顔ってやつか。初めて見た。

 君子危うきに近寄らず。この言葉が存在するかはわからないけど、周りの人たちはそそくさと解散してそれぞれのすべきこと――お昼ご飯――に戻っていった。これでぼんぼん貴族テンプレバトルは平穏に終わったってことだ。新しい発見があったのは嬉しいけど――


「疲れた……」

 戻ってきた喧騒の中で嘆息すると、オリアナさんが肩を強く抱いてきた。安心してしまう自分が憎いけど、嬉しいのも事実だ。それはそれとしてナッシュのことが気になる。

 オリアナさんは放蕩息子って言ってたし、何か知ってるのかも――美しい横顔を見つめた瞬間、白金の瞳が向けられた。


「彼はシェラル家の者なのですが……」

 それから鋭すぎるお姉さんはナッシュのことを教えてくれた。

 内容はテンプレートな破滅ルートだったけど、まだ破滅はしていない。

 水がお盆から溢れていないのなら――そんなことを考えていたら、オリアナさんは遥か彼方を見るような目で言った。


「冷たいと思われるかも知れませんが、彼より辛い状況に在る者はいくらでもいます。裕福なだけ恵まれているというのに……」

 この人が見ているものは、牛に似た生き物が描かれた看板ってわけじゃないんだろう。奇蹟も届かない傷跡――気にはなるけど、今は僕の手が届く傷を癒やしたい。


「なら、神官として説教のひとつもしてあげましょう」

「はい♡」

 オリアナさんは嬉しそうに鞭を手に取ったから、僕は慌てて制止した。

 シェラルは首都を守る大貴族であり、いくつもの分家が存在している。

 そしてこのぼんぼん(・・・・・・)ことナッシュは本家に次ぐ領土を任されている家。その長男だった。

 分家とはいえ、大貴族の序列2位ともなれば果たすべき役割も重大であるが、家を取り仕切っていた妻が病に伏せってしまい、入り婿の夫が代わりを務めることになった。

 補佐として手腕を振るってきた夫ではあるが、支配者業(・・・・)は不慣れであるらしく、精神的な余裕はほとんどない。

 息子(ナッシュ)は死の淵にいる母親を想って日々、傷ついているのだが、父親からは半ば無視されており、残されたのは酒と煙草という下り坂の逃げ道だけだった。


『お帰りなさいませ』

「……ああ」

 ナッシュが帰宅したのは、女僧(・・)に返り討ちにされてから2時間ほど経った頃だった。なにやら派手に飲酒してきたらしく、顔は真っ赤である。彼はサーベルの鞘を部屋の隅に放ると、ベッドにどすんと腰を下ろした。

 虚ろな視線の先は壁だった。その10メートルほど先では母親がベッドで弱々しい吐息を繰り返しているはずである。

 “勇猛果敢な”カテリーナ。結婚前、ナッシュの母はそう呼ばれていたが、今は見る影もない。

 そして数週間もしないうちに完全にこの世から消えてなくなるだろう。息子としては少しでも長く彼女のそばにいるべきなのだろうが――彼はもう限界だった。


「見てらんねぇよ……母さん」

 ナッシュはベッドの下から酒瓶を引っ張り出すと栓を開けた――その時、ドアがノックされた。

 母はベッドの上で死にかけており、父は執務室から出てこない。

 悪霊の仕業でないのならメイドだろう。内容は食事か風呂――気が利くメイドが水を持ってきたのかも知れないが。

 それがなんにせよ、ナッシュは酒瓶を持ったまま、ただドアを見つめているだけ――


 ばぎぃっ!


 悪霊ですら退散するような音と同時、分厚いドアは蹴破られて部屋にばら撒かれた。

 ドアだったものを踏みつけて入室したのは――病床に伏せっているはずの母親。カテリーナである。


「か、母さん!? 寝てなきゃだめ――いててててて!?」

 息子は母に駆け寄って気遣うような言葉をかけたが――恐ろしい力で――両頬を引っ張られてしまった。

 気品を維持したままお怒りを表現するカテリーナ。ナッシュは本気で怯えているらしく、言葉を発することができないでいる――代わりにカテリーナが血色の良い唇を動かした。


「大広場で楽しい見世物を披露したそうですね」

「げっ!? い、いや、あれはちょっと……」

「ちょっと酔って民の前でサーベル抜いておっとっとですか? 常に責任ある振る舞いをと教えたはずです」

 そして言葉を紡ぐごとに艶の良い肌が赤みを増していく――


「そんな子に育てた覚えはありません!」

「どおおおおおおおおおおお!?」

 当然の帰結かどうかは不明だが、ナッシュはベッドに放り投げられて2回ほどバウンドした。肩を怒らせたカテリーナは分厚い絨毯をめきめきと鳴らしながら詰め寄ると、両手を腰に置いて息を巻く。


「しかも学生の身でありながら酒に煙草! おまけに女性の匂いがしますよ!?」

「いや、ちゃんとシャワー浴びたから――げっ!?」

「やっぱり! なにかあったらどうするつもりですか!?」

「母さんが臥せってて寂しかったんだよぉおおおっ!」

 カテリーナはナッシュとの距離をさらに詰めると、彼の頬を恐怖の握力で変形させた。

 と――


『ナッシュ! なにを騒いでいる――カテリーナ!?』

 騒ぎを聞きつけたらしい父親兼夫であるナウェルが部屋に入ってきた。よく見れば数人のメイドが随伴している。戦闘訓練を積んだらしく、闘志全開の御主人様(カテリーナ)を見て素早く後ずさったが。

 それはともかく、夫はお怒りの妻に本気で怯えているらしく、言葉を発することができないでいる――カテリーナは疾風のごとき速さで距離を詰めると、怒りに震える唇を動かした。


「あなた! ナッシュが酒と煙草と女性に溺れているのを知らなかったのですか!?」

「し、知らなかったわけではないのだが、叱責する余裕がなくて――」

「ていうか! あなたからも女性の匂いがしますけど!?」

「いや、ちゃんとシャワー浴びたから――げぇっ!?」

「私がお相手(・・・)できないからと不貞を働いたのですね!?」

「お前が臥せってて寂しかったんだよおおおおお!?」

 当然の帰結――かどうかなど最早どうでもいいが、ナウェルはベッドに放り投げられて2回ほどバウンドした。

 肩を怒らせたカテリーナは分厚い絨毯をめきめきと鳴らしながら夫と息子に詰め寄り、両手の指を鳴らす――彼女が“勇猛果敢な”と呼ばれるようになったのは、素手で敵部隊を蹴散らした武勇伝による。つまりはナウェルとナッシュが束になっても敵わないということである。


「家族会議が必要ですね」

『ひ――っ!』

 カテリーナが微笑むと同時に、夫と息子は顔を青ざめさせ――気が利くメイドは救急箱を取りに走った。

 ここは貴族の屋敷が立ち並ぶ区画だ。通称は貴族街らしい。

 僕はナッシュの屋敷を少し離れた木の上から眺めているんだけど、カテリーナさんが派手に暴れてるみたいで大きな屋敷がプリンみたいに揺れている。耐震性は抜群だね。


「本当にお優しいのですね」

「……」

 隣に座ってるオリアナさんが屋敷の方を見つめたまま呟いた。

 まあねって返したいところだけど、ビンスさんからの言いつけを破ってしまったからそれはまずい――だからとりあえず惚けておくことにしよう。


「僕はなにもしてませんよ」

 オリアナさんも察してくれたらしくて追及してこなかった。

 でもあの家族が元通りになるにはたくさんの問題があるはずだ。それに関して僕はなにもできない。そういう意味ではなにもしていない。ナッシュたちが自力で乗り越えなくちゃいけない問題だ。でも――


『2人ともしっかりなさい! シェラルの名が泣きますよ!』

『わかった! わかったから――うおおおおお!?』

『父さあああん!?』

 大丈夫そうだ。

 なんか凄い音とかしてるけど、あの家族は元に戻れるって確信できる。だって仲良しだから。


「じゃあ、帰りましょうか」

「もういいのですか? そろそろカテリーナ様の投げ技が炸裂するのではと――あ、見ましたか? 今のが騎馬隊を一網打尽にした旋風投げです」

 安心したから帰ろうかと思ったけど、オリアナさんが珍しく興奮してるからもう少しいることにしよう。

 僕は上げかけていた腰を下ろした――直後、オリアナさんに見つめられた。お姉さんはどこか心配そうに眉をひそめてる。


「その……癒希様のご家族は――」

「……」

 それから訊いてきたけど、僕の表情から察してくれたみたいだ。

 心配してくれただけなのにすごく申し訳なさそうな顔をさせてしまった――でもよく聞かれることだから、返し方のテンプレートは心得てる。


「見守ってくれてますよ」

「……とても心強いですね。ちなみにあの絞め技はルイ大帝国でも怖れられている逸品(・・)です」

「そうなんですか。とても興味深いですね」

 複雑な絞め技を披露するカテリーナさん。割と深刻そうな顔色のナウェルさん。

 そしてナッシュはメイドさんたちと一緒になってカテリーナさんを落ち着かせようとしてる。少しだけ羨ましい。

 感傷的な気分になったから、僕はナッシュ家族の団らんをもう少しだけ観戦することにした。


--

第1章 異世界イントロダクション 完

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不定期更新です。

よろしくお願い致します。

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