97話「パステリアさんは今日も元気ですね。明日は元気がパステリアさんだったりします?」
どたばた章の最終回です。
よろしくお願いします。
オリアナさんの提案で新しい警備隊が到着するのを待つことになり、僕たちはもう一晩だけ村のお世話になった。騒動の後片付けで人手が必要という理由もあったんだろう――大司祭様に提出する報告書から村の火災を削除するためでもあるらしいから、僕も労力を惜しまなかった。
怒られるのは嫌だし、報告書だって読み手の血圧が上がらないに越したことはないはずだ。けど、オリアナさんがそういうことを気にするなんて珍しいような気がする。
(僕の豆腐メンタルに配慮してくれたのかな?)
それとも美味しそうな果物を見繕う時間が欲しかったのか――とにかくそういうわけで聖域探索の翌朝。僕たちは馬車の前でオスロ村長や村のみんなに囲まれている。
『この村に教会を建てて常駐しませんか?』
そんな笑顔にちょっと照れる。と。
「お姉ちゃあああん!」
パステリアさんに、なんかものすごい勢いで飛び掛かる影。クリシーネさんだ。やっぱりものすごい勢いで抱き着く――
どんっ!
「ぐっ!?」
「やっぱり行っちゃうの!? 急に気が変わって結婚式とか挙げてこの村に骨を埋める覚悟を決めたりしない!?」
「体当たりも考え方もちっとは加減しろっていうか……まあほら、私にもできることがあるってわかったからさ」
パステリアさんは――少しふらついていたけど――クリシーネさんを強く抱き締めた。クリシーネさんも待ってましたと言わんばかりの表情で応じる。そして。
「お姉ちゃん♡」
「クリス……」
ぽぽん! と咲いた百合の花。2人のイメージ的には向日葵だけど――そう呼ぶルールだから、そう呼ぼう。それはさておき。
「……うひょひょ」
そんな彼女たちの背後からオスロ村長がにじり寄る――僕はそれを見逃さなかった。見逃しません。
「……」
「うひょおおおおおおおおおっ!?」
絶対に許さない。そう微笑みながら戦杖を振り上げると、オスロ村長はザリガニみたいな体勢で素早く飛び退き、それから顔をぶんぶんと左右に振りながら弁明した。
「じょ、冗談じゃよ!?」
「なら今日も健康でいられますね」
僕はあくまで微笑んだまま返し、それから戦杖をゆっくりと下ろした。
そしてパステリアさんはクリシーネさんから体を離し、後ろ髪を引かれる想いを振り切るように馬車に勢いよく飛び乗った。僕とオリアナさんもひらりと続く――別れの時だ。
「パステリアよ! いつでも儂らがついておる!」
「ありがとよ、ジイサン!」
『癒希様もオリアナ様も、どうかお元気で!』
村のみんなは笑顔で手を振ってくれて、僕たちも笑顔で手を振り返す――でもクリシーネさんだけは寂しそうな顔をしている。だからってパステリアさんを馬車から突き落とすわけにはいかない。女性遍歴レベル1の僕はこういう時の対処スキルをもっていない。けど。
「クリス! 手紙を出すし、たまには帰ってくるからさ!」
「――うん! ちゃんと書いてよね!?」
「ああ!」
パステリアさんは明るい笑顔と元気な声でクリシーネさんを笑顔にした。小柄でもお姉ちゃん。さすがだ。
この対処方法は心の机に付箋でも貼ってメモしておこう――それはさておき、馬車が首都へ向かってゆっくりと走り出すと、みんなの声援が追いかけてきた。僕たちも身を乗り出して手を振り返す――視界には笑顔が咲き乱れていた。
(みんなの笑顔……それは山中君が創ったあの土地で育まれたものだ。だから……)
彼はドロールたちと上手くやったに違いない。そして幸せな人生を送った。
ひょっとしたら今もどこかで――そんな事を考えていたら、自然と頬が緩んだ。と。
ぎゅっ!
「……痛いんですけど?」
「おっと悪い。にやけてっからつい」
パステリアさんに頬をつねられてしまった。
ちなみに小柄なお姉さんには治癒の輝きをかけたから、先日の重傷の欠片もなく元気一杯。無傷だ。それはさておき、余韻を台無しにされてしまった抗議のために、少しだけ頬を膨らませても許されるだろう。
「パステリアさんは今日も元気ですね。明日は元気がパステリアさんだったりします?」
「パスタでいいよ」
「え?」
皮肉に返されたのは、親愛の言葉。不意のことに、つい全身で振り返ってしまった。それくらい驚いた。
(頬をつねってきたのは照れ隠しだったのかな)
とてもパスタさんらしい。僕は小柄なお姉さんに微笑んだ。ちょっとしたいたずら心を込めて。
「パッシーでもいいですか?」
「ああ、構わねぇぜって言うとでも思ったか!?」
そう言った次の瞬間、パスタさんは両手で僕の頬を挟み込んできた。思った通りの反応。
僕の頬が再び緩む――と、馬車ががたりと揺れた。その勢いで体勢を崩してしまったらしいパスタさんが僕の方に思い切りよろける――
どさっ!
パスタさんは僕にしなだれかかるように倒れてきた。抱き止めたから怪我はしてないだろう――彼女は元気に体を起こし、そして視線と視線が近距離で交わった。
「……」
「……」
パスタさんの頬が赤い。僕の頬も熱い。
つまり僕たちは顔を赤らめて見つめ合っているってことだ。
そしてパスタさんの瞳が熱く潤む――刹那、その熱を瞬間冷却するような冷たい殺気が客車に満ちた。
『えっと……!』
2人揃ってそっちに振り向けば、神官戦士のお姉さんが澄まし顔で立っている。額にはお怒りのマーク。彼女は冷静な声で、淡々と――姉が妹のまちがいを指摘する。そんな口調で続けた。
「癒希様に対する態度について、何発か指摘させて頂きます」
「単位がおかしくないっすか!?」
「ふふふふふ……!」
オリアナさんは質問に答えず、微笑みに少しばかりの闇を増した。
そして銀鋼糸の鞭をぎしりと軋ませる。僕は女王様っぽいあれが始まる前に、パスタさんとオリアナさんの間に割って入った。
「鞭で打ったら可哀想ですって!」
「ナイスだ、癒希!」
指摘に威力が伴ってはいけないはずだ。けど、返ってきたのは理性的な言葉だった。
「本当に打ちはしません」
「そ、そうですか……」
「やれやれ」
僕たちは胸を撫で下ろした――次の瞬間、再び馬車が大きく揺れた。僕はバランスを崩してしまい、咄嗟に両手を床に突き出した。けど、そこには尻もちをついたパスタさん。彼女のほどほどの乳房が――
ふに!
「おい! やっちゃいけねえことをやりやがったな!?」
「今のは地面と衝撃力のせいですよね!?」
「大地を創造した女神の神官が大地に責任転嫁すんな!」
パスタさんは顔を真っ赤にするや否や、床から飛び上がるように掴みかかって来た。逃げ腰だった僕は思い切り押し倒されてしまい、パスタさんは勢い余って僕の腹に馬乗りになる――そして再び見つめ合った。刹那。
きん!
再びの冷たい殺気。その冷たさは前回の7割増し。
僕とパスタさんが顔を青ざめさせて振り向くと、神官戦士のお姉さんは満面の笑みだった。額には黒い炎をまとったお怒りのマーク。氷河が割れる時のような、恐ろしい声を張り上げる――
「パステリアさん!」
「癒希シールド展開!」
「うっそでしょ!?」
「癒希様を盾に!? もはやお尻ぺんぺんでは許しません!」
パスタさんが僕の陰に素早く飛び込んだ瞬間、オリアナさんは割とマジ気味のお怒りモードになってしまった。そして。
「仕える者のなんたるかを教えてあげます!」
「いや、私は癒希の従者じゃないっすから――!」
「だから鞭はだめですって!」
狭くはないけど、広くもない。そんな客車の中で僕たちの大立ち回りが始まり、それを察知したらしい馬が戦慄するように嘶く――
「私はおっぱい揉まれてるんすよ!?」
「揉んでませんよ!? ふにっとしただけですから――!」
不屈の末に勝ち取った平和。
それを手土産にした僕たちの帰路は、ひたすらに賑やかだった。
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第7章 不屈トライアンフ 完
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次章は製作中です。
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