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10話「ごめんあそばせ!」 

スキル覚醒の第3話です。

よろしくお願い致します。

「調子に乗ってんじゃねえよ!」

「乗る暇どこかにあったっけ!?」

「うるせえ! 礼拝堂から出てくんな!」

 そしてどう見てもナッシュのお怒りゲージはマックスだ。PAUSEボタンでも押さない限りは話し合いなんて不可能だろう。

 そもそも武器を抜くような挑発っていうか、ストレスをかけた覚えはない――別のところでストレスを溜めてたのかも知れない。昼間から泥酔してる時点でそれを予想するべきだった。それにしても、この世界は貴族だからって斬り捨て御免がまかり通るんだろうか。冷や汗なんか浮かべてる間にナッシュがサーベルを閃かせた。


 きんっ! がきんっ!


 彼が酔ってるからなんだろうけど、僕は後退しながらもなんとかサーベルを弾くことができた。でも――


『ひいい……!』

 すぐ後ろでおばあちゃんが震えてるから、これ以上は後退()がれない――だからって横に避けたらサーベルがおばあちゃんを直撃するかも知れない。軽快なバックステップで逃げてくれると嬉しいんだけど、杖をもったお年寄りにそれは無理な相談だろう。体格で勝るナッシュの攻撃を腕力だけで受け止めなくちゃならない――


「棺桶から出てくんな!」

「うわっ!?」

 両手持ちでの斬り上げを防ぎきれず、僕は短剣を弾き飛ばされてしまった上に尻もちまでついてしまった。

 その間におばあさんは近くの人に引っ張られて人混みの中に消えたみたいだ。ひとまずは安心――いや、ナッシュは僕に集中できるようになったってことだ。とってもまずい。その予想通り、ナッシュは限界までサーベルを振り上げた。


「土の中から出てくんな!」

 おまけに彼のなかでは葬儀が着々と進行してる――本気で僕を殺す気みたいだ。

 防御に使えそうなものを探して辺りを見回してみたけど、視界が届く範囲には固い地面と草しかない――その時、右手が何かに触れた。腰のすぐ後ろに固いものがあるみたいだ。詳しくは分からないけど、肉と骨で受け止めるよりはましだ――それを握った瞬間、サーベルが勢いよく振り下ろされた。


 がっ!


「あんだぁ!?」

「――!」

 刃を受け止めたのは杖だった。

 おばあさんが落としていったものだろうけど、固い木を加工して作られたらしく、とっても丈夫だ。おまけに軽い。そして思い出した。


(ホリマスのヒーラーは杖を装備できる……!)

 装備できるっていうのは使いこなせるってことだ。

 お年寄りが歩くために使う補助道具じゃなくて、敵を打ち倒すための武器として――そう認識した瞬間、体に力がみなぎった。立ち上がりながら、杖を思いっきりサーベルに叩きつけてみた。


 ばきっ!


「いてぇっ!? い、いきなり強く――な、なんだ!? なんなんだ、てめえは!?」

「レベル1の回復術士(ヒーラー)ですよ」

 所有スキルはヒールと杖装備。地味かな?


 ぎゅんぎゅん!


「そうでもないか」

「な……て、てめえ!」

 僕は杖を右手の先で高速回転させた後、その先端を――尻もちを突いたままの――ナッシュに向けた。

 人にはいろんな事情があるだろうし、たまには荒れてしまうのも仕方ないと思うけど、でもナッシュに関しては絶対に許せないことがある。


「串焼き……ひとくちも食べてなかったのに……!」

「なんだそりゃ!?」

 立ち上がりざまの突きが繰り出されたけど、杖装備スキルのおかげか、体は妙に軽くてあっさりと回避できた。

 そしてサーベルを引き戻したナッシュに杖を振り下ろす――


 がんっ! ががんっ! がんっ!


 杖を振り下ろす度に鋼のサーベルが悲鳴をあげた。

 ナッシュは悲鳴こそ上げてないけど、思いっきり動揺してる。女の子(・・・)がここまで強烈な打撃を繰り出して来るとは思ってなかったんだろう。

 僕は男ですけど――なんかイラっとしたから杖を強めに振り上げてみた。


 がぎんっ!


「いてぇっ!?」

 杖はナッシュの右手を一撃し、さらにサーベルを清々しいほどの高度まで打ち上げた。

 日差しを反射しながら落ちてくるそれに対して僕はフルスイングの構えを取ると、ナッシュへの色々な不満を込めて全力で振り抜いた。


「ごめんあそばせ!」 

 サーベルは串焼き屋の看板に突き刺さり、牛に似た生物に4本目の角をプレゼントした。

 看板はかなりの大きさだ。貴族のナッシュが黒い害虫よろしくかさかさと看板をよじ登って“第2ラウンドだ”とは言わないだろう。


「て、てめえ……!」

 サーベルを失ったナッシュは短剣(・・)を抜いたけど顔色が悪い。

 泥酔して暴れた挙句に女僧(・・)に返り討ちにされたら貴族とはいえ、もう街を歩けないだろう。


『ずいぶんと縮んじゃい(・・・・・)ましたね。ビビってるんですか?』

 こんな感じで煽ってやりたいところだけど、やり過ぎは良くない。

 おばあさんを怒鳴り散らしたり、僕を殺そうとしたり――牛に似た生き物がくれたお肉を台無しにしたりで腹は立ってるけど、ナッシュの今後を潰すほどではないかなって思う。僕の実力で勝ったわけでもないし。


「いい戦いでした。引き分けですね」

「て、てめえ……くっ!」

 殺せとか言われたらどうしようかと思ったけど、僕が右手を差し出すとナッシュも握手に応じてくれた。僕は人を殺す気なんかないし、それに同性愛者でもない。


『かっこよかったぞ!』

『まじめに生きろよ!』

 薄い本のテンプレートは置いておくとして、周りの人たちが盛大な拍手を送ってくれた。

 ナッシュはぐぬぬぬ(・・・・)って顔をしてるけど、暴れ出す様子はないから素直に退散するだろう。

 一件落着。そんな言葉を思い浮かべた――瞬間、ナッシュの首に背後から白金の蛇が巻き付いた。違う。鞭だ。蛇より100倍は攻撃力のある銀鋼糸製の鞭。それを握っているのは――


『癒希様に刃を向けるとは……覚悟なさい。シェラル家の放蕩息子』

「ぐえっ!?」

 ナッシュを軽々と宙に釣り上げて(・・・・・)から地面に叩きつけて、おまけに背中を思いっきり踏みつけてるのは神官戦士のお姉さんことオリアナさんだ。


「ちょっと……おい……やめ……!」

「やめろと? 自身が犯した罪をまったく理解していないとは……少し飲み過ぎではありませんか?」

 首を絞められて深刻な呻き声を上げてるナッシュを冷酷な表情で見下ろしてる姿は氷の女王に見えるけど、どう見てもオリアナさんだ。


 ぎりりりりっ!


『えげつねえ音が!?』

『こわいよおっ!』

 ホラー映画でしか聞いたことのない音が僕と観客たちの心を凍りつかせた。

 そして怯えた視線が集中する先には、サスペンス映画の黒幕的な表情のオリアナさんがいる。

 急な仕事に向かったはずなのに、どうしてここにいるんだろう――そんな視線に気づいたらしく、オリアナさんが僕の方を向いた。

 

「その件は一応の対処が済みましたので、癒希様のもとに戻ろうと屋根から屋根へと飛び移っていたのですが、広場で妙な騒ぎが起きていましたので……」

 屋根から屋根に飛び移る必要あったかな――なんて思ったけど、それだけ急いでくれたってことだ。真面目なお姉さんって素敵だよね。


「た……助け……!」

 それはそれとして、ナッシュのうめき声は深刻さを増してるからオリアナさんの素敵さを再認識してる場合じゃなさそうだ。

 僕はオリアナさんに駆け寄ってナッシュの解放をお願いしようとした――けど、オリアナさんは据わった眼差しでナッシュを冷たく見下ろしてる。おまけに恐ろしい呟き声まで聞こえてきた。


「このぼんぼん……どうしてくれましょうか」

「ひいいぃ……!」

 声音から推測すると、白金のお姉さんは本気っぽい。

 本物の殺意を向けられてるせいか、ナッシュはかなり怯えているし、周りの人たちもみんな冷や汗を浮かべたまま動かない。誰かがなんとかしないと、この広場は殺人事件の現場になるだろう。


(……まあ、僕しかいないんだけど)

 そういうわけで僕は――びくびくしながら――オリアナさんに全力全開で微笑んだ。頬に冷や汗が浮かんでるみたいだけど拭う余裕はない。そこはご愛嬌ということで。


「彼とは和解しましたから、絞殺までしていただく必要はありませんよ」

「ああ……癒希様はなんとお優しいのでしょう……」

 僕が――かたかたと震えながら――オリアナさんの手に触れると、慈愛に満ちた微笑みが返された。

 無表情で“そういう問題ではありません”とか言われたらどうしようと思ってたけど、やっぱりオリアナさんは優しい―― 


「では苦しみを与えることなく済ませましょう」

「う”えええ!」

 なんて安心しかけたけど、オリアナさんは美しい笑みを浮かべた途端に鞭を締め上げてナッシュに死体まであと半歩くらいの呻き声を上げさせた。

 オリアナさんの優しさは僕の優しさと反対方向を向いてるみたいだ。信仰対象に斬りかかったんだから当たり前って言えば当たり前かも知れないけど、ナッシュを御見送り(・・・・)するのも夢見が悪い。


「和解した相手とは握手して抱擁してさようならが僕がいた世界のテンプレートなんですけど!?」

「…………癒希様がそう仰るのなら」

 沈黙の長さに心の底からぞっとした――けど、オリアナさんは深く嘆息した後、ナッシュの拘束を解いてくれた。


 むぎゅっ!


 ナッシュの背中から降りる時に後頭部を踏みつけたりしたけど、それで許されるなら彼も文句は言わないだろう――


「白金女! 覚えてやがれ!」

 そうでもなかった。

 ナッシュは涙目でテンプレ捨て台詞を言い放ってから元気に走り去った。ここまで痛めつけられたら、よほどの被虐趣味じゃない限りは、もう暴れたりしないだろう。


『本当に神官様なのか? 拷問官じゃ……』

『……血も涙もないのね』

 僕もそういう趣味じゃないから、周りの人たちにどん引いた視線を向けられても興奮しないし嬉しくない。

 この空気ってどうしたらいいんだろう――真剣に困ってたら、満面の笑みを浮かべたオリアナさんが周りの人たちをぐるっと見回しながら訊いた。


「――なにか?」

『……』

 柔らかくて重い。その一言がみんなを黙らせてしまった。これが黙らせる笑顔ってやつか。初めて見た。

 君子危うきに近寄らず。この言葉が存在するかはわからないけど、周りの人たちはそそくさと解散してそれぞれのすべきこと――お昼ご飯――に戻っていった。これでぼんぼん貴族テンプレバトルは平穏に終わったってことだ。新しい発見があったのは嬉しいけど――


「疲れた……」

 戻ってきた喧騒の中で嘆息すると、オリアナさんが肩を強く抱いてきた。安心してしまう自分が憎いけど、嬉しいのも事実だ。それはそれとしてナッシュのことが気になる。

 オリアナさんは放蕩息子って言ってたし、何か知ってるのかも――美しい横顔を見つめた瞬間、白金の瞳が向けられた。


「彼はシェラル家の者なのですが……」

 それから鋭すぎるお姉さんはナッシュのことを教えてくれた。

 内容はテンプレートな破滅ルートだったけど、まだ破滅はしていない。

 水がお盆から溢れていないのなら――そんなことを考えていたら、オリアナさんは遥か彼方を見るような目で言った。


「冷たいと思われるかも知れませんが、彼より辛い状況に在る者はいくらでもいます。裕福なだけ恵まれているというのに……」

 この人が見ているものは、牛に似た生き物が描かれた看板ってわけじゃないんだろう。奇蹟も届かない傷跡――気にはなるけど、今は僕の手が届く傷を癒やしたい。


「なら、神官として説教のひとつもしてあげましょう」

「はい♡」

 オリアナさんは嬉しそうに鞭を手に取ったから、僕は慌てて制止した。


不定期更新です。

よろしくお願い致します。

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