01話『ようこそ、哀れな魂♡』
一人称は初めてですが、楽しんで頂けましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
その日のその時、僕はバスに揺られていた。
進学したての学生たちが少しでも早く仲良しになれるようにっていう日帰りの遠足。こういうのって希望者のみでいいと思う。
そんなわけで、はしゃぐクラスメイトたちを後目に僕はスマートフォンで映画を観ていた。
『縁太15歳! 歌いまーす!』
『イエーイ!』
マイクで増幅された大音声が耳に響く。
加減ってものを知らないのか、今日は携帯していないだけなのか分からないけど、とにかくうるさい。
担任教師の方をちらりと見やれば彼女はにこにこしている。この喧騒をどうにかしようって気はなさそうだ。
辟易しながら窓の外に目を向けると車内の騒がしさが癇に障ったのか、ガードレールにとまっていた鳥が一斉に飛び立った。そして山間の静かな景色の中に悠々と消えていく。
それを羨ましそうに眺めた後、僕はブレザーのポケットから無線イヤホンを取り出そうとした――その時、座席の下で嫌な音がした。15年の人生で聞いたことのない音だったけど、致命的だって直感できる音。ほとんど同時に強い振動が座席越しに伝わってきた。
『なんだ!?』
運転手の悲鳴じみた叫び声が続く。
クラスメイトは異変に気付くことなく、今も無邪気に騒いでいる。それは僕や野鳥にとっては迷惑だけど罪ってほどでもない。学校行事の最中にスマホをガン見していた僕も被告人席に立たされるほどじゃないはずだ――これは運が悪かっただけなんだろう。致命的に。
『おい!? ブレーキかけろよ!』
誰かの叫び声。ガードレールが突き破られた音。いきなり襲ってきた浮遊感。
そして勢いよく迫ってくる地面――
「ジーザス……」
自分を映画の登場人物だと思ってはいないけど、僕はそう呟いていた。
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辺りを見回せば鮮やかなまでの青空が広がっている。
ちなみに足元は雲。蜘蛛じゃないのが幸いだけど、隙間から見える遥か彼方の大地が“ラッキー”と思わせてはくれない。
その代わりかどうかは知らないけど、正面には洒落にならない美女がふわふわと浮いている。
豪奢な金髪と魅惑的な身体。絹に似た布でつくられたひらひらな服――法衣と呼ぶべきなんだろう――を着ている。
そんな絶世の美女に極上の笑みを向けられて僕の頬が熱くなった。
『ようこそ、哀れな魂♡』
「……」
性格はとことん悪そうだ。
それを確信させてくれる気はなかったんだろうけど、傾国の妖婦はどこか軽薄な声を投げつけてきた。
『私は女神テラリディア。死の運命に落ちた貴方を救い上げる存在よ』
やっぱり僕は死んだらしい。
雲の上に立ってる時点で予想してたけど、思わず嘆息してしまった。
それから相手が女神様だと思い出して慌てて彼女の方を向いた――けど視線は存在感抜群の胸元に引き寄せられてしまった。
女神が着ている法衣はぶかぶかで、おまけになんていうか露出が激しい。
人間が女性の乳房に視線を集中させてしまうのは、生まれた時から備わってる本能なんだから仕方ない――そんな言い訳が思いついた時、強めの風が僕たちに吹き付けた。
びゅううっ!
『いやん♡』
少しの間ではあったけど、僕の視力は女神の頂上を捉えた。
女性のそれを肉眼で見たのは初めてだったんだから、言葉が口を衝いて出てしまっても仕方ないと思う。
「思ってたより――」
『その先を言ったらどんな目にあうかわかるわよね?』
邪悪な笑顔がぎりぎりのところで黙らせてくれた。
女神の額には怒りのマークがでかでかと浮かんでいるので、あのまま事実を述べていたらとんでもない目にあわされていただろう。これはラッキーと言わざるを得ない。
それにしても女神とは思えない邪悪な笑顔――だけど無礼に過ぎることを口走ろうとしてたのは間違いない。口に出すべきではない事実は間違いなく存在するし、ここは謝るべきだろう。
「本当に失礼しました」
『あら、素直ね。童貞なんでしょ? 許してあげちゃう。童貞だから』
2回も言ったよ、この女神。
僕の年齢で経験者だったら色々な意味で問題ありってことですけど。
それはそれとして、改めて訊いてみた。
「僕は死んだんですか?」
『もちろんよ!』
哀れな魂を前にして右手でガッツポーズまでしやがりましたよ。
女神にとって人間の死なんかその程度ってことなのか、彼女が特別製なのか、それは分からない――でもまったく痛くなかったし、雲の上にいるってことは天国的なところに行けるんだろう。
あのまま生きていてもいいことなんかなかっただろうし、余生――というかなんというか――を天国で平穏に過ごせるなら悪い話じゃないかも。
僕は今後のことを聞かせてもらおうと女神を見つめた――瞬間だった。
『そういうことで、貴方を私の世界に叩き込みます。欲しい能力を10秒以内に答えなさい』
「はあ!?」
『9♪ 8♪ 7♪』
女神は邪悪な笑顔を浮かべてそう言った。
そして陽気な手拍子と共にカウントダウンが容赦なく進んでいく。女神の皮を被った悪魔だとしか思えない。
背中にはチャックとかありそうだ――僕の半眼なんかどうでもいいのか、女神様は楽しそうな声で続ける。
『ちなみに無回答は能力なしってことになるけど、あんまりオススメしないわよ?』
そう言うなら考える時間を与えて欲しい。
10秒っていうのは重大なものを決めるには短すぎるし、そもそも叩き込まれる先の世界がどんなのか分からないと決めようがない。
能力って言うからには敵がいるんだろうけど、それは人間なのか怪物なのか。怪物だとしたら実体なのか、幽霊みたいなやつなのか。
生活する場所は温帯なのか熱帯なのか、はたまた氷のお城なのか――僕の懊悩すら楽しいらしく、女神はリズムなんかとりながらカウントダウンを進めていく。
『4♪ 3♪ 2♪』
「ちょっと!?」
でも情報が皆無じゃ決められないし、こんな短時間じゃ何も思いつかない。
死んだ――その言葉が思い浮かんだ時、頭の中に、あるゲームのタイトルが思い浮かんだ。
ホーリー・マスター。
僕が中学生の時に恐ろしいほどのめり込んだゲームだ。
ファンタジー世界を舞台にした戦略SRPGで様々な職業が登場するんだけど、極一部のキャラクター以外は戦闘中にHPが尽きると死んでしまう割とシビアな設定だった。
死んでしまう――
『1♪』
「ホリマスのヒーラーと同じ能力をください!」
『……ちっ』
プロ声優も真っ青な滑舌でまくし立てた僕に向けられたのは、悔しそうな半顔だった。
それから女神はとことんつまらなさそうな表情になると、親指だけを立てた拳を僕の眼前に突き出し、その親指を下に向けた。
がこんっ!
「はあっ!?」
その瞬間、僕の足元を支えていた雲が扉のように開いた。落下が始まるまでの僅かな時間、性根が歪み切った女神と目が合う。
『せいぜい楽しませて頂戴』
彼女が視線でそう語っていたのを死ぬまで覚えていようと誓った。
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