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第一章 第四話

「ザコのくせに抵抗すんじゃねェ!」


 明らかに不自然なこの防御を、オークは単純にアデライーダが弱いからと受け取ったらしい。


 何度も突き出される槍を、アデライーダは手のひらで全て防いだ。彼女の手から出血する様子は全くなかったが、この程度の抵抗すら咎めるように身体に浮かぶ呪詛が濃くなっていく。


 顔をしかめたアデライーダの手に、思わず力が入ってしまった瞬間……彼女の手首に切り傷が生まれて血が吹き出た。オークの攻撃には大魔王を傷付けるような威力は全くない。ただただ呪詛の影響によるものである。


「おやおや、痛そうじゃねえカ?」


 そのことを知っているのか知っていないのか、流血するアデライーダをオークは嘲笑った。実際、人間では軽傷とは言えない血の量である。


 もっとも魔王の尺度で言えば軽傷で、放っておけばすぐに治るものだが……このまま同じことを繰り返せば、呪詛の影響は強くなっていくに違いない。


 この程度の反撃すら認められないのか、とアデライーダが舌打ちした、その瞬間。


「こっ、この剣を使って下さい!」


「え?」


 後ろで控えていたフアナが、鞘ごと剣を投げつけてきた。反射的にアデライーダは受け取って――その途端、全身に走る圧倒的な不快感と、僅かな開放感。


 フアナの言葉に反し、剣は全身全霊でアデライーダに使われることを拒否していた。いや、それどころではない。魔を滅すという殺意が白光となって、アデライーダの全身を押し潰そうと包み込んでくる。直に触れれば目の前にいるオークはもちろん、先日のデュラハンすら消し炭になっていただろう輝き。正真正銘、魔を討つために創られた聖剣。


 だがその一方で、開放感もあった。黄金竜の呪詛による強制力が消えている。聖剣の輝きは、魔王の呪詛をも消し去るほどのものだった。


「これなら……!」


 アデライーダが柄を握って、剣を鞘から抜こうとした。同時に、全身への圧力が増す。お前になど使われてやるものか、お前を殺すのが仕事だ、絶対に滅ぼしてやる――そんな幻聴さえ響くような白光が、アデライーダの身体に突き刺さる。


「静かに」


 その全てを押さえつけて、大魔王は聖剣を抜き放ち、構えた。剣を向ける先はオーク。


 身体を締め付ける感覚はあるが、それはもはや黄金竜の呪詛ではない。全ての魔を憎む聖剣の抵抗であって。


「剣を持ったぐらいデ――!?」


 別の魔……例えば、目の前にいるオークを討つ分には問題ない。


 アデライーダが聖剣を振る様は、フアナにとって光が走ったようにしか見えなかった。気がついた時にはもう、オークの身体が消し飛んでいた。


 フアナは思わず息を止めてしまっていた。それほどまでに見惚れていたからだ。この人なら、この剣を使いこなして、そして――


「あ、あっ、ありがとうございます!」


 剣を納めるアデライーダに、フアナは頭を下げた。アデライーダの素性も、アデライーダに対する剣の敵意にも、全く気がつく様子もなく。


「あの、その、えっと、お名前……なんでした、っけ」


「アデライーダ」


「アデライーダさん! できれば、この剣を使って、戦ってもらえませんかっ!」


「……どうして?」


 興奮で顔を赤くするフアナとは対照的に、アデライーダの声色は平坦極まりなかったが……フアナがそれを気にする様子はなかった。


「わ、私たちの村は、魔物に苦しめられてるんです!

 むちゃくちゃな理由で借金を押し付けられて、それを理由に呪いを掛けられて、食べ物も何もかも持っていかれて……」


「その魔物って黄金竜ヴィヤチェスラフ?」


「た、たしか魔物が、自分たちの主は黄金の魔王だって言ってました!」


「ふぅん」


「アデライーダさんなら、この剣を使えば魔王だって倒せるはずですっ!」


 熱を込めて語るフアナの様子を見て、アデライーダは素直に教えることにした。


「私も魔王なんだけど」


「えっ?」


 予想もしない答えに呆ける人間の前で、大魔王は剣を差し出した。


 聖剣は鞘に収まったままにも関わらず、まだ戦いが終わっていないとばかりに光り輝いている。


「ずっと私を敵だって言ってたみたいよ、この子は。気付かなかったの?」


「な、なんで、魔王が、こんなところに……!?」


「……もう、魔王同士で協力し合うなんて過去の話になっちゃって、私も黄金竜に借金を背負わされたのよ。

 城を奪われてどうしようかと思ってたら、この剣を見かけたから気になって跳んできたの」


 ため息をつきながら、自身の恥を魔王はさらけ出す。アデライーダとしては憤懣やるかたない内容に、しかしフアナは恐怖とは違う反応を見せた。


「じゃ、じゃあ……黄金の魔王と戦うつもりは、あるんですよね」


「そうね。黄金竜の呪詛が消えるのは、この剣を持っている間だけみたいだし。

 城を取り戻すためにも自由になるためにも、あいつを討たないと」


「なら、この剣を使って、黄金の魔王を」


「ひとつ聞いていい?

 なんで、あなた自身が戦わなかったの?」


 どこか希望を見出したかのようなフアナの言葉が、アデライーダの問いによって一刀両断された。


 大魔王は、力あるものが戦いに挑むことを尊ぶ。逆に、力を持ちながら逃げるものは蔑む。


 例えば、戦わずに呪詛で縛ってくる黄金竜。例えば、こんな聖剣を持ちながら逃げ回っていたフアナ。


「私にこれだけ刃向かうことができる剣を、あんな弱いオークが奪おうとしてもできるわけがない。

 逃げないで、あなた自身が戦えば勝てた。違う?」


「よ、弱いって……オークが弱いなんて」


「弱いでしょう。あのオークが、私みたいにこの子を振るえるわけがない」


 言い返せずに、フアナは俯くしかなかった。


 アデライーダの言葉は強者の理論ではあるが、真実でもある。これほどの聖剣にとって、落伍したオークごとき大した魔物ではないからだ。


「私としては黄金竜と戦うにしても、この剣を使う以外の方法を探したい。

 たしかにこの剣を持っている間は呪詛が消えるんだけど、私自身の力も一割出せるかどうかっていうところ。

 呪詛から逃れるためにここまで力を弱めたら本末転倒よね。

 でも、人間が持てばそうはならないんでしょう?」


「…………」


 大魔王から力を奪うほどの輝きは、人間が持てば一転して加護となる。それこそ並の人間であったとしても、ひとかどの戦士と同じ戦いくらいはできるだろう。


 フアナにも分かっているから、俯いたまま黙り込むことしかできない。そんな彼女にアデライーダが何もせず、ただ会話だけに興じるのは他にやることがないから、というだけなのだが……仮にも魔王の一人が目の前で自分と話しているという状況は、フアナからすれば責められているようにしか思えず。


「この剣は……魔物と戦う時は助けてくれます、けど……

 村の人たち、相手の時には……助けてくれない、から」


 かろうじて絞り出すことができた返答に、アデライーダは首を傾げた。


「村の人間が告げ口、とか言ってたわね。村の人間は黄金竜の味方ってこと?」


「そ、そうじゃなくて ただ……その……」


「ただ?」


「………………」


 また言いよどむフアナの様子に、アデライーダは剣を自ら腰に差した。しばらくこの剣を自分が持っていてやろう、と示すかのように。


「じゃあ、こうしましょう。あなたの村へ案内して。

 もしあなた自身がこの剣を使わなくても仕方ない、って私が納得したら、この剣を使って黄金竜と戦ってあげる。

 力が弱まったとしても、私がこの剣を使ったほうが強いのは間違いないし」


 アデライーダの言葉は文字通りの意味で、別に含むところなどがあるわけではなかったのだが、フアナは違う解釈をしたらしい。


 なにせ大魔王が村に行きたいなどと言い出したのである。しかも、敵対している魔王の支配下にある村に、だ。真っ当な人間としては別の意味に思いたくもなる。


「む、村のみんなは黄金の魔王の味方とかじゃないんです! だから変なことしないでください!」


「しないわよ、見に行くだけ。

 あの程度のオークも倒せないような弱い人間なんて、戦う価値もないでしょう。

 興味があるのはこの剣と、この剣を取り巻く環境」


 この返答に安心していいのかどうか、フアナはまた悩んでしまったが……とりあえず村へ案内することに決めた。


 恐ろしくはある、どこか話が通じていないような感触もある。何より、彼女にとって大切な聖剣はずっと不満げに輝いている。


 だがそれでも、他の魔王に縋りつく恥晒しな勇気を出せたとしても、フアナには出せない勇気があった。

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