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第五章 第二話

 アデライーダは文字通りにひとっ飛びで塔を離れ、街の外側へと帰還した。


 アデライーダと同じ街の外側に配置された人間たちの視点だと、急に彼女が行方不明になったかと思えばいきなり戻ってきた形だ。唖然とする者ばかりなのは、無理からぬことだろう。


「アデライーダ殿、こんな時間までいったい何をしておられたのですか?」


 咎めるような声は騎士が発したものだ。彼はアデライーダを無碍にしているわけではない。むしろ、この戦いにおいて重要な存在であることを理解している。理解しているからこそ文句も言いたくなるというものだ。既に太陽は空の最も高い位置に昇りつつあるのだから。


 しかし、アデライーダはとても楽しそうな顔で答えた。


「勇者が勇者らしくあることは、私にとって大事なことよ」


 いったいどういうことなのか、人間たちが顔を見合わせる中……アデライーダは笑顔を消すと、空を見上げて言った。


「来たわ」


 その言葉に、周囲の人間も釣られて空を見上げたが何も見えない。だが、アデライーダは空の一点を睨み続けている。


 騎士も民兵も揃って困惑する中、太陽は最も高い位置へと昇り。そして、騎士たちのうちの一人が気付いた。


「あれは!」


 空に現れ始める、黒い影。遠目には鳥のようにも見えるが、それが鳥でないことはこの場にいる誰もが知っている。


「おい、向こうを見ろ!」


 続いて声を上げたのは民兵だ。地上からも何かが、大量に近付いてくるような土煙。獣の鳴き声と人の叫び声が入り混じったような音が王都にまで響く。


「魔王の軍勢だ……」


 別の民兵が、震えた声で呟いた。空と地の二方向から、魔物の軍勢が突っ込んでくる。そして、その後方には黄金の輝きが微かに見える。その輝きの発生源は、黄金の鱗だ。黄金竜ヴィヤチェスラフ――実質的にこの国を支配していた、黄金の魔王を覆う鱗。


 アデライーダと同じ地点に配置された民兵は、特に士気が高いものを選抜した勇気ある者たち。だがその彼らでも、いざ黄金竜の存在に気付くと背筋が凍る。モンタナの街の惨状が脳裏に蘇る。


 民兵の様子に、アデライーダがどうしようかと悩む中で……騎士たちが一歩前に出た。


「お前たち、装備の使い方は覚えているな?」


「えっ……」


「ならば十分。

 魔石を担当する者は魔石を、投石機を担当する者は投石機を、弓を任された者は弓を構える。

 そして合図と共に放つ。それだけのことだ。

 難しいことなど何一つない」


「お……おうっ!」


 民兵に対してきびきびと指示を出していく騎士たちに、怯えは全くない。あったとしても兜の下に押し込めている。その様子に民兵もまた威勢を取り戻し、自らの武器を魔物たちへ向けた。


 隊列が整ったことを確認すると、騎士たちの中でも特に重装備の者がアデライーダに向き直る。


「我々の状態は見ての通りです。

 敵が目標の地点に到達次第攻撃を開始しますので、アデライーダ殿は手筈通り突撃を。

 負担の大きい役目ですが……」


「問題ないわ。むしろ、今のを見てもっとやる気が出た。

 フアナの分と合わせて九割増しくらい」


 楽しそうに告げながら、アデライーダは腰を低くした。いつでも飛び出せる構えだ。


 黄金竜の率いる軍勢が王都へと前進を続ける。恐怖ではなく地響きが人間たちの身体を震わせる。先走って攻撃を仕掛けようとする民兵たちを、騎士が制止した。予め定めた距離まで魔物たちが近寄ってくるまで決して動かず、ただ武器を構えるのみ。


 地上から突撃してくる魔物の軍勢は、オークやゴブリンが中心。だがいずれも金に飽かせて大量の魔石を所持している。十分に距離を詰めた魔物たちが魔石を取り出し、魔法を行使しようとした瞬間。


「今だ、放て!」


 騎士と民兵が一斉に攻撃を放った。矢、魔石からの魔力光、投石機からの爆薬。一手遅れた地上の魔物たちは、魔石から魔力壁を展開して防御に専念する手を選んだ。


 しかし、その魔力壁へ一瞬にして飛び込んできた影が一つ。


「あァ?」


 あまりの速さに事態を理解できなかったオークやゴブリンたちが、思わず間抜けな声を上げ……


「馬鹿者が、対応しろ!」


 地上部隊の指揮を任されていたロペが怒鳴る。唯一彼だけは、アデライーダの脅威をある程度は理解していた。だが、遅い。既に大魔王は空中で聖剣を振り上げていて、そして。


「う、うおォ!?」


 聖剣の一撃で粉砕された魔力壁を見て、オークやゴブリンたちは驚愕する。着地したアデライーダは周辺の魔物を斬り捨てると、再度の跳躍で退避。混乱したまま魔力壁を再展開できない魔物の軍勢に、人間たちが放った射撃が次々に着弾していく。


 出鼻を挫かれた地上の魔物を、空を舞うドラゴンやワイバーンは嘲笑った。同じ黄金竜の配下ではあるが、竜・亜竜である彼らとオークやゴブリンでは立場が決定的に異なる。地上でオークやゴブリンを指揮しているのは、醜態を晒したばかりのロペなのだから尚のことだ。


 ドラゴンたちは悠々と空を進み、人間たちの前衛を乗り越えて後方を狙おうとして……即座に旋回する。雲一つなかった晴天に地上から放たれた雷が走り、ワイバーンが撃ち落とされた。


「目標の生存を確認。雷撃魔法の実行を継続」


 竜と亜竜の視線が、塔の屋上に集まる。そこで彼らへと向けて手をかざしているのは、メイド姿の魔法人形――ノウン。

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