紙コップとペンとコーヒーの味3
玉木の目の前には親友であり代理人委員である国広平と、同じく代理人委員である小田切雪がいる。
「玉木が今日学校に来るなんて思わなかったよ。インフルエンザはもう大丈夫なのか?」
国広が言う。
「ああ、もう七日間も寝たからな。それより国広、お前に聞きたいことがあってさ」
「なんだ」
「俺が休んでいる間、代理人委員であるお前に俺の代わりに紙枝さんと図書室でやりとりするように依頼したよな」
「ああ。僕は依頼通りにちゃんとお前の代理を務めたよ」
国広の左胸についている黒いネームプレートが夕日の光に反射して鈍く光る。
ネームプレートには玉木心と名前がある。
「そうだとして、紙枝さんの方なんだけど。俺、昼休みに紙枝さんに図書室で会ったんだ。けど、紙枝さんが、その」
玉木は指を指す。
玉木が示す先には小田切がいる。
「その、紙枝さんが小田切になっていたというか、小田切が紙枝さんになっていたというか、どういうこと?」
「色々込み入った訳があるのよ」
そう答える小田切の左胸には黒いネームプレートがついている。
それには紙枝冴と書いてある。
「どんな訳だよ!」
と玉木が悲鳴をあげる。
まあまあ、ちょっと落ち着いて、と小田切は玉木に説明を始めた。
紙枝は、玉木の代理人として初めは国広を受け入れた。
だがやっぱり何かが違うと思ってしまった。
何だか嫌な感じがして。
紙枝は、それを本物の代わりなんだから当たり前だと自分に言い聞かせた。
でも、我慢出来なかった。
どうしても代理の玉木を受け入れられなくなってしまった。
代わりの玉木の何が本物の玉木と比べて気に喰わないのか。
紙枝は考えた。
自分の部屋で、今まで玉木に貰った紙コップのメッセージと、代理の玉木から貰った紙コップのメッセージを眺めながら、紙枝は深く、深く考えてしまった。
考えに考えた結果、紙枝は気付く。
玉木と国広の筆跡の違いに。
玉木の文字を見てうっとりしている自分に気付く。
ああ、偽物に比べて本物の字は何てきれいなんだろう。
ああ、もしかして、自分が好きだったのは玉木君の筆跡なのではないか?
そういえば、玉木君がどんな顔なのかよく覚えてない。
玉木君の書いた文字しか覚えてない。
なんなのこれ?
私、なんなの?
「……玉木君の字は目を瞑ってもはっきりと思い描けるのに。ああ、これって、やっぱり、もしかしなくてももしかするんじゃぁ……。あ、そう言えば、字でいったら二組の榎本君の字もタイプかも。きゃー、やだやだ、こんな浮気な気持ちのままじゃ、玉木君には会えないわぁ。そうだ! 私も代理人委員会に代理を頼んで、私の代理人にしばらく玉木君と会ってもらおうっと! うちの学校って本当に便利な委員会があるよね。自分の代理人をやってくれる委員とか凄くない? ……という様な込み入った訳を紙枝さんからこの私が聞いたわけ。私からの話は以上よ。それで、はい、これ」
小田切は言い終えると玉木に白い紙コップを渡した。
「今日、紙枝さんから預かって」
玉木が見つめている紙コップ、それには赤いペンでこう書かれていた。
ごめんなさい。
「ちょっと……話についていけないんだけど」
青ざめた顔で言う玉木。
国広は傷心の親友にどう接して良いか分からず、「ええと、とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着けよ。好きだろ」と、たまたまあったペットボトルの無糖のブラックコーヒーを玉木が手に持っている紙コップに注いで飲むように勧める。
玉木は一瞬、目を丸くして国広を見たが、グビグビと音を立てて紙コップに入ったブラックコーヒーを一気に飲んだ。
「味はどうだ」
国広が聞くと、玉木はこう答えた。
「無茶なほど苦いな」