胡蝶の夢とゆめゆめ忘れることなかれ2
「おい、次が出番だろ。客席にいたらまずいんじゃないか?」
国広が鳴沢の肩を叩く。
「あああああっ、ああ……」
鳴沢が震える足で立ち上がる。
「鳴沢、大丈夫か?」
心配そうな国広。
「い、行ってくる」
鳴沢はロボットのような動きでステージへ向かって行った。
「さあ、お待たせしました! コンサートのトリを飾るのはクリスティ先生の秘蔵っ子。キッペイ・オトヤ! 曲はクリスティ先生のお気に入り、子犬のワルツ!」
耳をつんざく放送が入る。
鳴沢はステージの上で眩しいライトを浴び、大勢の観客の視線にさらされていた。
観客席最前列に、クリスティ先生と音也、彩音が見えた。
鳴沢は緊張で冷や汗が止まらない。
いくら委員会の仕事とはいえ、こんな緊張、耐えられない。
だが、逃げられない。
鳴沢は静かにピアノの前に座った。
指が震えている。
鳴沢が鍵盤に指を落とす。
曲が流れる。
鳴沢の指は…………鍵盤の上を踊った。
客席からどよめきが起こる。
鳴沢は優雅に、楽しげに、音也のパッションを込めて子犬のワルツの演奏に興じた。
鳴沢の脳裏を音也とのピアノレッスンの日々が蘇る。
鳴沢の指は取り憑かれたかのように音也の演奏を再現していた。
鳴沢の演奏がフィナーレを迎える。
スタンディングオベーション。
鳴沢、人生初のスタンディングオベーション。
拍手喝采。
観客は総立ちだ。
「こんな演奏、見たことない」
「斬新すぎる」
客席から湧き上がる歓喜の声。
クリスティ先生もアメイジング! と叫び大喜びしている。
音也も客席でグッジョブしている。
彩音の鳴沢を見る目はハートマークになっている。
「やった! 俺はやったぜ! 今の瞬間まで不安で仕方なかったが、俺は間違ってなかった! 俺は間違ってなかった! うおおーっ! 俺は最高だぁーっ!」
鳴沢はステージの上で涙を流しながらガッツポーズをした。
「おい、鳴沢! 鳴沢! 起きろ! うたた寝してる場合か! 出番だ!」
「うおーっ! あ?」
国広に揺すり起こされ、鳴沢は目を覚ました。
全ては夢だった。
だが…………
「やはり俺は間違ってなかった」
鳴沢は興奮していた。
鳴沢は試合に勝利したボクサーのようにガッツポーズを取っている。
「な、鳴沢? 大丈夫か、お前……」
心配そうな国広。
「ああ、大丈夫さ。むしろ大丈夫以外の何ものでもないさ!」
「え? 鳴沢、本当に大丈夫なのか? 本当に、アレで……」
不安そうな国広。
「ああ、俺はこのコンサート、やはり計画通りにエアーで行く! 俺にはもう成功しか見えてない! 俺はやるぜぇ! 今日、俺は伝説になる!」
鳴沢は、そう言うと音也の演奏の録音されたラジカセを手にステージへ向かう。
「さあ、お待たせしました! コンサートのトリを飾るのはクリスティ先生の秘蔵っ子、キッペイ・オトヤ! 曲はクリスティ先生のお気に入り、子犬のワルツ!」
耳をつんざく放送が入る。
奏者を迎える拍手の中、音也桔平と書かれた黒いネームプレートを付けた鳴沢和俊がステージに立つ。
この学校には、代理人委員会というものが存在する。
生徒は代理人委員会に頼めば生徒の代理人を務めてくれる代理人委員に自分の代理人を頼めるのだ。
代理人委員は代理人の代わりに、本人になりきり、代理人を務めなければならない。
この学校の絶対的な校則でそう決まっている。