紙コップとペンとコーヒーの味1
紙コップと青色のペンとコーヒー。
それが確かにこの世界の全てであった。
一日目。
放課後。
ある高校での出来事。
図書室のカフェコーナーで二年生の玉木心太と同じく二年生の紙枝冴は向かい合って本を読んでいた。
この高校の図書室には小さなカフェコーナーがある。
自分で図書カードにカフェコーナーを利用した日付を記入して、そのあと、図書委員から図書カードにカフェコーナーの利用許可印をもらい、そして図書室のカウンターの上に置いてあるピンク色の豚の貯金箱にドリンク料の百円玉を入れれば、カフェコーナーでポットに入ったお茶やコーヒーを何杯でも飲むことができる。
ちなみにジュースは無い。
玉木はため息を吐き出すと、両手で持って机に立てて読んでいた本を置き、代わりに本の横にある小さな白い紙コップを手にして、中に入った冷めた砂糖抜きのブラックコーヒーを静かに飲み干した。
玉木が、コツリッ、と紙コップを机に置く音が小さく鳴る。
すると紙枝が机に広げた本から顔を離し、玉木の空の紙コップに視線を向けた。
紙枝の視線が紙コップから玉木の顔に移る。
玉木と紙枝の目が合う。
玉木ははにかんだ。
紙枝も同じだ。
紙枝は玉木から目をそらして静かに席を立った。
玉木は再び本を読み始める。
六行ほど読んだところで、玉木の後ろから、ポットで飲み物を注ぐトポトポという音が聞こえた。
音が止むと紙コップを持った紙枝がコーヒーの香りと共に席に戻って来た。
紙枝は椅子に座ると、紙コップを机の上に置き、片手をそっと紙コップにそえて、机の上に紙コップを滑らせ、それを玉木に差し出した。
紙枝は玉木の顔を一切見ない。
玉木も紙枝の顔を見ずに差し出された紙コップを受け取る。
その時、一瞬、紙枝の手に玉木の手が触れたが玉木は気にせずに紙コップだけを見た。
いや、正確には紙コップに書かれたメッセージを見た。
ずいぶん集中していたね。
その本、面白いでしょ?
赤色のペンで紙コップに、小さな文字でそう書かれている。
今度は玉木が席を立つ。
玉木はポットの置かれたスペースに向かった。
玉木はテーブルに重ねて置いてある紙コップを一つ抜き取り、ポケットから青色のペンを取り出して紙コップに文字を書いた。
ありがとう。
君に勧めてもらった本、すごく面白くて夢中だよ。
そして、玉木は、いくつかある中から紅茶の入ったポットを選び、紙コップに注ぎ、ミルクと砂糖を入れて、よくかき混ぜて、席に戻り、紙枝の前に紙コップをそっと置いて椅子に座って本を読んだ。
玉木と紙枝は図書室のカフェコーナーで紙コップとペンを使い、メッセージの交換をしてコミュニケーションを取っていた。
玉木は紙枝に好意を寄せていたし、紙枝の気持ちは分らないが、きっともまんざらでもないだろうと思っている。
玉木は砂糖抜きのブラックコーヒー。
紙枝は甘いミルクティー。
お互いに好きなドリンクを入れ合ったりして、側から見たら実にいい雰囲気の二人だ。
この微笑ましい日常が永遠に続けばいい。
誰もがそう思っていた事であろう。
二日目。
放課後、玉木と紙枝はいつも通りに図書室のカフェコーナーにいた。
今日は図書室を利用している生徒は玉木と紙枝二人だけのようだ。