表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風笛の鎮魂歌~緑銀の笛の音が響き渡るとき~  作者: 森川トレア
第1章 リーシャの家族と真実
6/39

「リーシャ、叱ったわけではないのよ。」


 シュンとするリーシャを見て、エミリアは内心焦りつつ声をかけた。妹の行動をたしなめるようなことを言ったものの、ここまで悲しそうな顔を見せるとは思わなかった。

 なんだかんだ言っても、この末の妹には家族皆が弱いのだ。


「はい。それはわかってるんです。ただ……本当に王都に行くんだな、と思って。ヴィルと会えなくなるんだなって……。」


 本来、龍という生き物は礼節をもって接するべき対象そして敬われている。しかし、ここペイレール辺境伯領に住む風龍ヴィルフリートは、ペイレール辺境伯家に連なる者たちに大変気安く接しており、子どもたちに「ヴィル」と愛称で呼ぶことを許すほどだ。その子どもたちの中でも、ヴィルフリートにとってリーシャへの愛情はとりわけ深い。

 リーシャがこの地に来て以来、会わない日が一日たりとてなかったふたりが、年が明けると離れ離れになってしまう。


「リーシャ……。」


 エミリアは隣に座るリーシャに腕をまわし、そっと抱き寄せた。今朝、リーシャがヴィルフリートを訪れたことは可愛い理由だと思う一方で、リーシャと……そしてヴィルフリートの思いを考えると、エミリアの胸は痛んだ。

 ペイレール辺境伯領に来てからは、皆から溢れるほどの愛情を注がれて天真爛漫に育った可愛い(リーシャ)。マティアスと泥だらけになって遊んで、父と母からこっぴどく叱られた時でさえ、ここまで落ち込むことがなかったリーシャ。そのリーシャが口元をキュッとよせて悲しみをこらえている姿に、エミリアはリーシャとはじめて会った時のことを思い出す。


(あの時も、口元をキュッとよせていたわ……。)


 あの時、リーシャの口元をほころばせたのは、リーシャと同じ年のマティアスだった。突然妹ができると聞いて大喜びしたマティアスが、リーシャの小さな手とって満面の笑みを浮かべると、リーシャもつられたのか、ようやく結ばれた口元が緩んだのだった。


 トントントンとリーシャの扉がノックされた。


「リーシャ、戻って来てる?」


 兄ルーカスの声だった。「どうぞ」と促すと、ルーカスに続いてリーシャの双子の兄であるマティアスも一緒に部屋へと入ってくる。


「どうかしたのですか?リーシャが姉様の着せ替え人形になって、楽しく過ごしていると思っていたのですが……。」

「姉様、リーシャ?」


 楽しんでいるはずのふたりが沈んでいる様子を見て、ルーカスもマティアスも驚いたようすで声をかけてくる。


「何があったの?リーシャ。」


 マティアスがリーシャのところに駆けより膝をつくと、そのまま手を握りしめ、リーシャの顔を覗き込んだ。


「私が、さみしくなって……。」

「さみしい?姉上と兄上が帰ってきたのに?」

「あのね、エミリアお姉さまからいただいた服を着ていたら、本当に王都に行くんだなって。そうしたら、ヴィルとは会えないんだって思って……。」

「リーシャ……。」


 マティアスの眉が寄せられる。毎日、当たり前のようにリーシャとヴィルフリートが過ごすのを一番近くで見ていたマティアスだからこそ、リーシャの思いが手に取るようにわかった。

 マティアスがリーシャにかける言葉を見つけられないでいると、リーシャの3つ上の兄であるルーカスも傍へと来た。


「リーシャ、姉様がえらんだ服が見てみたいな。ほら、僕からのお土産。その服にもきっと似合うから見てごらん。」


 そう言って、ルーカスは手に持っていたビロードの箱を開いてリーシャに見せる。中には、ペリドットが金で装飾された可愛らしいネックレスが入っていた。


「ルーカスお兄さまが選んでくださったの?」

「そうだよ。ほら、つけてあげるから、じっとしていて―――うん、よく似合う。

他は侍女に渡してあるから、ゆっくり見るといいよ。」

「ルーカスお兄さま、ありがとう。」

「うん。また、王都に行ったら一緒に買いに行こうね。」


 リーシャの顔に笑みが戻り、ようやく皆がほっと息をつく。末の妹だからと言って甘やかしすぎるのは良くないと思いつつも、3人ともリーシャがこの家に来た時から可愛くて仕方がないのだ。


「リーシャ、王都に行ったら大好きな甘いものを一緒に食べに行きましょうね。それから、おそろいでドレスも仕立てましょう。お友だちにも、わたくしの可愛いリーシャのことを紹介したいわ。

 ああ、リーシャと一緒に住めるのがあと1年しかないなんて……。リーシャと一緒に行きたいところがたくさんあるのよ。」


 来年度は高等部の最終学年となり、卒業と同時に嫁ぐことが決まっているエミリアが矢継ぎ早話せば、マティウスだって負けていられないと口を開く。


「リーシャ、僕とだって一緒に出かけようね。そうだ。ローゼリア殿下がリーシャに会いたがってるんだ。たぶん同じクラスになると思うし、王宮にだって招待したいと言ってたよ。楽しみだね。」

「ありがとう。楽しみだわ、お姉さま、マティ。」


 風龍ヴィルフリートと離れることを寂しく感じているリーシャが、少しでも王都に行くことを楽しみに思えるようにと、姉や兄たちが言葉を尽くしてくれる。そんな姉や兄の思いが嬉しくて、リーシャは自然と笑顔になっていた。そして、幸せそうに微笑むリーシャを、エミリアやルーカス、マティアスは愛おしげに見つめていたのだった。 


リーシャが通う予定の学園は、中等部が3年間、高等部が2年間となっています。

学校が始まれば、リーシャとマティアスが中等部1年生。

ルーカスは高等部1年生。エミリアは高等部2年生で最終学年です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ