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「リーシャ、寒かったでしょう。ちょうど今からお茶をいただくところよ」
本邸の私室に戻ると、既に姉のエミリアがリーシャを待ち構えていた。まるで、自分の部屋にいるかのように窓際の2人掛けの椅子でくつろぎ、今まさにティーカップに口をつけようかというところだった。
「エミリアお姉さま、朝食をご一緒できなくてご……、あ、申し訳ありません。」
「いいのよ。今朝はヴィルのところへ行くだろうと思っていたわ。」
リーシャがいつものように話そうとして丁寧な言葉遣いに改めたことが微笑ましくて、エミリアはにっこりと笑った。年が明けて、学園へと入学することを意識しているのだろうが、まだこの末の妹は幼さが透けて見えて、心配でもあるのだ。
なにせ、リーシャが一緒に食事ができなかった理由は、来年から王都の学園に通うことが正式に決まったことで、大好きな風龍ヴィルフリートと離れてしまうことがさみしくなったから、という可愛いものなのだから。
エミリアと向かい合う席へと移動しようとするリーシャに、エミリアは「こちらへいらっしゃい」と自分の隣へ座るよう促した。後からルーカスとマティアスも来るという。
リーシャが座るのを待って、エミリアは美しい所作でお茶に口をつけた。リーシャよりも濃い金色の髪が光に当たってキラキラと輝いている。エメラルド色の瞳は、リーシャのペリドット色の瞳よりも落ち着いた色合で、深く輝いている。
(お姉様、綺麗。)
久しぶりに領地の屋敷へと帰ってきたエミリアにリーシャは見とれた。領地から出ることのないリーシャがエミリアと会えるのは、夏と冬の年2回しかない。もともと美しい姉であったが、会うたびに洗練されていく姿は、リーシャの憧れでもある。
(私もお姉さまみたいな素敵なレディになりたいけれど……なれるかしら?)
素敵な姉に少しでも近づきたくて、リーシャはその所作をじっと観察する。すると、エミリアの深いエメラルドの瞳がリーシャを捉えて口もとを緩めた。
「リーシャ、あまり見つめるものではなくてよ。見る時は、さりげなくなさい。」
「……はい、エミリアお姉さま。ごめんなさい。……あ、申し訳ありません。」
「ふふっ。いいのよ。少しずつがんばりましょうね。
それよりも、リーシャ。着て見せてちょうだい。まずは、ハニーイエローのドレスからにしましょうね。」
にっこりと微笑むエミリアの視線の先には、侍女がドレスを準備している。新しいドレスを見てリーシャの頬が可愛らしく染まった。
休暇のたびに姉が王都から買ってきてくれるドレスは、生地もデザインも上質で、ペイレール辺境伯領では手に入れられないものばかりで、リーシャは嬉しくてたまらない。新年のお祝いの席で身に着けるドレスを決めた後は、普段着のワンピースも着てみるようエミリアから促される。着替えるたびにエミリアの前で一回りし、「あら、これも似合うわね」と満足そうに微笑まれるが、どう考えてもいつもよりドレスやワンピースの数が多い。
「エミリアお姉さま、これで最後ですわ」
はじめは意気揚々と着ていたリーシャだったが、さすがに何着も着替えさせられて、すっかりくたびれ果てていた。
「ええ。持って帰ってきたのはね」
「持って帰ってきたのは……ですか?」
目を丸くするリーシャに、エミリアは当然、という視線を向ける。
「当り前でしょう。王都まで移動するのに5日はかかるのよ。旅用の服がまず必要だわ。
それに、リーシャは年が明けたら学園に通うのだから、これまで以上に必要になるのよ。王都で使うものは、王都の邸に置いてきているの。取り急ぎ困らないよう、お茶会用のドレスもいくつか用意したけれど、リーシャの好みのものも王都に行ってから作り足しましょうね」
エミリアは妹の服を選ぶことができる正当な理由があることに、嬉々としている。一方、リーシャは、学園に通うとはいえ、あまりに数が多すぎるのではないだろうかと思っていた。
「エミリアお姉さま、そんなにたくさん必要ないのではありませんか?」
「あら、何を言っているの?デビュタント前とはいえ、学園に入れば同じく入学してきた貴族の子息子女とのお付き合いが始まるのよ。学園に装飾の多い華美な服装で通うことは禁止されているけれど、お茶会に毎回同じような服装で行けるはずがないでしょう。」
リーシャは、ペイレール辺境伯領を出たことがない。父ユリウスが王都に行く際も、双子のマティアスは時折ついていくこともあったが、リーシャはいつも辺境伯領に残っていたから、王都の様子は伝え聞いたことしかない。だから、学園で5年を過ごした姉から当然のように言われると、そういうものなのかしら?としか思えない。
それでも、この数は多いのではないかと思う。
「今までと同じように、お姉さまからのお下がりもありますし、それに―――」
「リーシャはペイレール辺境伯の末娘よ。家格に相応しい装いも必要だし、わたくしとリーシャは顔立ちも違うのだから、似合うものも違うでしょう。もちろん、リーシャがわたくしのお下がりを着たいというのであれば、リーシャに似合うように手直しをしてもらうわ。」
「そのままではないのですね……」
「あら、当然よ。それに、学園に通う歳になったリーシャは王都でどんな過ごし方をするつもりかしら?これまでみたいに、マティやヴィルたちと汚れるのも気にしないで遊ぶなんて言わないわよね?」
リーシャは「汚れてはいけない服装ばかりでは自由に動けません!」と言いたかったのだが、エミリアにはお見通しだったようで、先まで言わせてもらえなかった。ぐっと言葉に詰まったリーシャを見て、エミリアは仕方ないわねと肩をすくめる。
一方、リーシャはエミリアの言葉で改めてこの地を離れて王都に行くのだと実感してしまった。楽しみな反面、不安がないわけではないけれど……再びヴィルフリートと離れることへの寂しさを思い出して、リーシャの眉尻は下がり、口元はきゅっと結ばれた。
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