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「もうヴィルったら!わたしはヴィルに会えなくなるのが寂しいって言っているのに、どうしてニコニコと笑っているのよ!」
ヴィルフリートの心の中など知ることのないリーシャは、不満を口に出しながら小さな雪の塊を作ると、それを蹴りながら神殿から本邸へゆるい坂道を登っていく。
本人も淑女らしからぬ振る舞いだとわかってはいるが、同じように悲しんでくれると思っていたのに、ヴィルフリートは優しく笑っているだけだったのが、悔しいのか悲しいのかわからない。そんな気持ちを小さな雪の塊にぶつけていたのだった。
「おやおや、わたしの小さなレディはご機嫌斜めかな?」
「あ、お父さま!」
リーシャの振る舞いを見ていたに違いないというのに、父である辺境伯ユリウス・ペイレールは咎めるどころか面白そうに笑いながらリーシャに問いかけた。
辺境伯家の末っ子であるリーシャは、両親からも、5つ上の姉、3つ上の兄からも、とても可愛がられて育った。双子であるマティアスさえも、自分が兄なのだからとリーシャには甘くて、喧嘩なんてしたこともないくらいだ。
もちろん父も例外ではなく、いつも『わたしの小さなレディ』と言っては、目の中に入れても痛くないほど、リーシャのことを可愛がってくれるのだった。
「大好きなヴィルフリートと一緒に、朝食を食べてきたのだろうに。可愛い頬がふくらんでいるよ?」
「だってお父さま、王都の学校に行くことになったら毎日ヴィルに会えなくなるから寂しいって言ったら、ニコニコ笑うのよ!」
「おや。ヴィルフリートも寂しいと言ったのではないのかい?」
「『嬉しいことを言ってくれる』ですって。わたしは寂しいって言ったのに!」
一生懸命にヴィルフリートの声色までまねをしつつ訴えるリーシャに、ユリウスは目を細める。
「では、わたしからもヴィルフリートに尋ねてみよう。きっとリーシャが可愛くて、本当のことを言えなかったのかもしれないよ。」
「そうかしら?」
「きっとそうだと思うよ。
さあ、家に戻りなさい。エミリアもルーカスも久しぶりに領地に帰ってきたのに、朝食の席にリーシャがいないのを残念がっていたからね。」
それを聞いて、リーシャは姉のエミリアと兄のルーカスが待つ本邸へと向かって駆けだした。昨夜は雪の影響で3人が帰ってきたのが遅かったから、ゆっくり話もできていなかった。
「リーシャ、気をつけて行かないと雪で滑ってしまうよ!」
「大丈夫、お父さま!」
後ろから心配して声をかけてくる父ユリウスを振り返りながら、リーシャは大きく手を振って答えた。
ユリウスはリーシャが見えなくなるまでその場で見送ると、緩めていた表情を引き締めた。これから風龍ヴィルフリートと話をしなければならない。リーシャが辺境伯の領地を離れ、王都に行く前に、可愛い娘にどこまで話をするべきかを相談しておきたかった。
(リーシャを殊の外可愛がっているヴィルフリートは、どう考えているだろうか……。)
いずれにしても、リーシャには話さなければいけない。何も知らせないまま王都へと行かせるわけにはいかない、というのは風龍ヴィルフリートを含めた家族皆の考えなのだ。
先ほど見せてくれたリーシャの無垢な笑顔を陰らせてしまうと思うと、神殿へと向かうユリウスの足取りは重かった。
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