1
「おや?」
神殿の奥にあるねぐらで眠っていた風龍ヴィルフリートは、そうつぶやくと頭をもたげて、発現する転移陣へと意識を向けた。風龍ヴィルフリートの住まうペイレール辺境伯領への転移が可能なのは限られている。この国の王家とそして……。
「なんと珍しいことよ。彼がやって来るとは。
しかしまた、これはどうしたものか……。」
様子を探っていた風龍ヴィルフリートだったが、彼を迎え入れるために起き上って人型をとる。彼らがここを訪ねてくるのは何年ぶりだろうか。
3つの気配のうち、ひとりは生命を感じ取ることができない。また、もうひとりは……良いしらせでないことは間違いない。
(……とにかく、まずは話を聞かねばならぬな。)
風龍ヴィルフリードは急ぎ神殿の入口へと向かいながらも、彼らの様子を探り続けた。
「シルフレッド、いったいその身に何が起こったのだ?」
神殿の入口で出迎えた風龍ヴィルフリートは、ある程度の状態は予想していたにも関わらず、彼らの様子に目を見張った。
シルフレッドの俗界とはかけ離れた美しい容姿は緊迫感に満ちており、白い肌は血の気を失っている。服は所々裂けていて、真新しい傷口をのぞかせていた。
しかし何よりも問題なのは、その身に宿る彼の気が、生命の灯が消えうせようとしていること。それでも、彼のペリドット色の瞳は未だ金色の光を湛えていて、その手には彼の妻であるセシーリャと、幼子が抱かれていた。
「ヴィルフリート殿、どうか、この子を…、わが娘を……。」
荒い息と共に言葉を紡いだシルフレッドは、力尽きるかのように膝をつく。風龍ヴィルフリートはあわてて彼を支え、シルフレッドの手からふたりを受け取ると、神殿の中にある人型用の部屋へと連れて行った。セシーリャと幼子を寝台にそっと降ろすと、シルフレッドにも横になるよう伝える。
ヴィルフリートがセシーリャと幼子に寝具をそっとかけた。幼子の目覚める気配のないのを見て、シルフレッドは安心したように大きな吐息をついた。
「かたじけない……。」
ヴィルフリートは寝台の横にある椅子に座りシルフレッドの手を取ると、自らの神力を注ぎ傷口を塞ぐ。
「いくらわたしとて、そなたの生命まで回復することは叶わぬのだ……すまぬ。」
「ヴィルフリート殿、痛みが無くなっただけでも有難い。わたしはセシーリャと共に逝かねばならないから……。しかし、我が娘は助けたい。どうか娘を、リーシャを……。
そして、もうひとつ頼みが……。」
~♪*♪*♪~
風龍であるヴィルフリートは、カル山脈の北側に位置するローリア王国のペイレール辺境伯量に150年ほど前から住み着いている。
カル山脈の峰々を吹き渡る風と、その名の通り鏡のように澄んだペイル湖、それらを取り囲む豊かな自然を気に入ったヴィルフリートは、残りの人生をペイレール辺境伯領で過ごすことを願った―――残り少ない人生と言っても、ヴィルフリートは龍であるため、あと400~500年ほどは寿命があるのだが……。
そして、この地のペイレール辺境伯家は、さらにさかのぼること数百年前、風の精霊と当時の辺境伯が縁付いた家系でもあった。もう、ずいぶんと血は薄まって入るものの、それでも代々風の加護を受け継いでおり、そのこともヴィルフリートがこの地を気に入った理由でもある。
たとえこの世の至高の存在である龍であったとしても、風龍ヴィルフリートは龍の中でも礼節を重んじる性格である―――とヴィルフリート本人は思っている。故に、この地を治めている当代辺境伯への挨拶へと向かった。
そうして、この地にとどまりたい旨を伝えたところ、当代辺境伯は突然の風龍の訪れに恐れおののくこともなく、快く受け入れてくれたのだった。そして、ぜひ見せたい場所があると言って、敷地内でも本邸に近いペイル湖畔の一角を案内されたのだ。
気に入ったら使ってほしいと言われたその場所は、自然にできた大きな洞窟があり、少し入ると天上の高い広間のような空間があった。さらに奥は狭くなっていたが、人型であれば進むことができそうな道が続いており、心地の良い風が吹いてきていた。
住まいにちょうど良いと気に入ったヴィルフリートが遠慮なくこの場を使うことを決めると、辺境伯は人型を取った際に不自由がないようにと神殿を準備し、必要な人や物などまで揃えたいと申し出たのだった。
恐れ多くも、至高の存在である龍を束縛するつもりは全く無い。ただ自分が愛するこの地を気に入ってくれたのが嬉しいと。そして、このことは代々の当主に伝え必ず守らせるが、この約束を違えた場合はこの地を離れてもらって構わない、との言葉を添えて。
当代辺境伯の心意気に風龍ヴィルフリートは、自らの意思でこの場所に住まい続ける限り、このペイレール辺境伯家とその領地に加護を与えることを約束したのだった。
今日中にあと一話。いけるかなぁ…
はじめて章設定にも挑戦。ちゃんとできるのかドキドキです。