第十話「蚊帳の外で」
第十話「蚊帳の外で」
その城は、極めて異彩を放っていた。周囲には田んぼや畑が広がっているにも関わらず、城は西洋風でその一角だけ別世界のようである。
立派な門から、中に入る。手入れがなされていないような庭を抜け、玄関へ。覚悟して扉を開くと、そこには一人の男がいた。
「待っていたぞ、ヒトゴロシ」
スーツ姿でポケットに両手を入れ、階段の上でこちらを見下ろす男。眼鏡の奥にある眼光の威圧感は体が一瞬動かなくなるほどだった。
「受けた仕事は必ず果たすのではなかったのか」
その言葉には、怒りも、嘆きもない。ただの、事実確認。
「悪いな。その信条は、もう捨てたんだ」
「ふん。貴様の心変わりなぞどうでもいい。問題は、依頼した三人のうち一人しか始末できていないことだ」
「ああ、一人は殺ったぜ。その分の報酬をもらうために遥々とここまで来たんだが」
「報酬? つまらない嘘をつくな。お前がここに来た目的がそれではないことくらいは分かる。私が一人分だけの報酬を渡すと思うほど貴様も馬鹿ではあるまい」
あっさりと嘘はバレてしまった。まあバレるのは想定内だが・・・
「素晴らしい洞察力だな」
「お世辞はいらん。何をしに来たのか、答えろ。仕事を放棄したお前が私の前に再び現れる理由はないはずだ。私の機嫌が悪ければもう殺しているぞ」
「・・・お前に聞きたいことができた」
「ほう。聞くだけ聞いてやろうじゃないか」
「お前は、なぜあの三人を狙う?」
男の顔が固まった。その瞬間、背中に悪寒が走る。踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったような感覚。
「・・・一人分の報酬がわりに話してやろう。なぜあの三人を狙うのか? それはあの三人がこの世界に必要のないものだからだ」
「必要のない・・・?」
「イレギュラーと言ってもいい。この世界に本来あるはずではないもの。放っておけば予想外の展開を招きかねない。だから、殺す」
「・・・しかし、あの三人以外にもこの世界に感情がある人間はいるだろう。なぜあの三人だけを狙う?」
「ふむ。どうやら貴様は二つ、勘違いをしているようだ。一つ、感情があることがイレギュラーなのではない。あの三人は、その中でも更に異質なのだ。そしてもう一つは・・・三人ではない。四人だ」
四人? イレギュラーは三人ではないのか。では、あと一人は
「私は最初から貴様に報酬を渡す気などなかったのだよ。お前があの三人を殺し、最後の一人であるお前を私がこの手で殺す。これで丸く納めるつもりだった」
「何・・・だと」
「お前もまたイレギュラー。この世界に必要のないものだ。そちらから出向いてくれて助かったよ。私はここから、出られないものでね」
「ちっ」
少しの興味。そしてあいつらのために情報を得ようとこいつに会いに来たことが仇となった。すぐさま踵を返し門へ走り出す。
だが、門は既に閉まっていた。こじ開けようとしても、びくとも動かない。その間に後ろから男はゆっくりと迫る。
「無駄だ。私がいる限り、ここから貴様が生きて帰れることはない。だから、ヒトゴロシ。ここから出たければ、私を殺してみるがいい」
両手をポケットから出した途端、男から禍々しい殺気が溢れ出る。やるしか、ないのか。
「さあ、殺し合いを始めよう」
舞台は変わり、日本国内のある神社。二人の人間が、境内で話をしていた。
「おもろい話やったわー」
「面白い、か。そう感じる人もいるのかもしれないな」
「そうか? おもろいやろ。世界がアップデートされて、バグが使えるなんて。こんなおもろいこと、なかなかあらへんよ?」
「・・・君は、この状況を楽しんでいるんだな。では、君は前の世界と今の世界、どちらの方が良いと思う?」
男が女性に問う。
「うーん。善し悪しは、うちにはよく分からん。この世界はみんな感情がなくて、機械的な世界や。一見すると悪く見える。でもな、前の世界は、怒りや憎しみ、そんな感情のせいで、争いが絶えない世界やった。平和かどうかでいえば、間違いなく今の世界の方が平和や。平和な世界やからと言って、良い世界とは限らんけどな。・・・色々言うたけど、うちは、自分が楽しければええ。それだけや」
「なるほど。良い世界とは何か・・・」
「あんたはどう思ってるん? この世界を、悪いと思っとんの?」
「君の話を聞いた後で非常に言いづらいが、私はこの世界を、この世界の存在を許すことはできない」
「まあ、うちはどうこう言わんけどね。考え方は人それぞれやし。で、許せない言うて、あんたはどうするつもりなん? 何か、する気なんやろ?」
「・・・世界がアップデートされたのには、理由があるはずだ。そして、アップデートした存在がいるはずだ。私はこの二つを探している」
「何か、見つかったん?」
「関東からこの大阪まで旅をしてきたが、一向に手がかりは見つからないままだ。大都市大阪なら、何かあるかもしれないと思ったが・・・手がかりどころか人すらいない。会えたのは君だけだ」
「ああ・・・人は、いっぱいおったんやけどなあ・・・」
「?」
「ん。知らんほうがええよ。楽しい話やない。・・・そういえば気になっとったんやけど、あんたは、何から逃げてはるん?」
「逃げている? 私がそんな風に見えるか?」
「見える見えないの話やなくて・・・逃走さん、やろ?」
「・・・」
「あ、もしかして闘争さん、やった? 戦う方の」
「両方だ」
男は答えた。逃走は答えた。闘争は答えた。
「逃げてもいるし、闘ってもいる。否、こう言ったほうがいいか。私は闘っている。そして、闘うために逃げていると」
「私たちの命令は絶対だからね、いいね」
少女はそう育てられてきた。親の操り人形。両親は少女を思いのままに操り、そして制御しようとしていた。
しかし、事件は起こる。どうやって彼女の存在を知ったのか、不審者は家に入り込み、彼女に命令した。
少女はこの命令を聞いてしまった。
なぜ、彼女は両親以外の命令を聞いたのか。理由は単純。両親と不審者の区別がつかなかったからである。普通の人間ならばこのようなことはないだろうが、少女は他の人間に一切興味を持っていなかった。だから、見分けられなかった。
様々な種類の蝶がいれど、興味のない人にとってはどれも蝶としか認識できないように。




