森の中1
コームの店を出発し、ヤーリの村にすすむ。
おそらくトデンの森と言われる地域には入ったのだろう。
まわり一面はうっそうとカシやアカマツが茂り、積もった朽葉や枯枝の上に葛がうねうねとはいまわっている。
その中に一本、大型の馬車がすれ違えるほどの道が続いていた。
薄暗い森の中、木漏れ日で照らされた道は幻想的に見えて、この光景はなかなか美しいなとメグリは思いながら手綱を操る。
「しかし。しんどかったのぅ」
モモが、御者台のメグリの横で牛の木細工を弄びながら、しみじみと言った。
「助かった。モモのおかけで」
メグリがねぎらうと、モモはまぁご褒美ももらったしのとニコニコとしながら、器用に手のひらの上で牛を回す。まだ、赤く染める作業には入るつもりはなさそうで安心する。
モモの機嫌が良さそうで、あまり真面目な話をするのもどうかと思ったが、メグリは先程の香のやりとりについて聞くことにした。
モモがメグリの言葉を遮ってまで魔物よけを選んだ事が気になっていたのだ。
「なぁモモ」
「ん〜?」
「なぜそちらの香にしたんだ?」
あぁこれ? とモモは懐から瓶を出した。ちゃぷんと音がして、中の液体がゆれるのが見える。
「メグリ。これ、魔物よけなんかじゃないぞ」
「え?」
モモは愉快そうに瓶をチャプチャプと揺らす
「これは、そうじゃな。どっちかというと魔物寄せじゃ」
「なに!?」
「さっき言っておったじゃろ? これには薄めた龍の血が入っておる。……なんかもー嫌な感じしたもん。ぞわぞわってトラウマ蘇る感じ」
どっかであったなこの感覚と思ってたんじゃけど、最初に俵のやつが太刀もってきてやられたときだったわガハハなどというモモ。笑えるのかそれと思う。
「なんだ。気絶したふりだったのか?」
「ばっかやろー。あんなもんで儂がやられるわけ無いじゃろ。スリーノックダウンですんだわ」
「ただKOされただけじゃないのかそれ」
しかしそうだったのかとメグリは一連の流れを思い返した。
モモの体調不良は虫よけの香によるものではなかった。あるいはあのあたりは龍の血の気配が濃かったのだろうか。偶発的にそこから離れたため襲われてしまったという可能性はありそうだ。
そしてモモは良くも悪くも視覚以外(視覚は常人並み)のあらゆる感度がいい。遠方から龍の血の効果にやられてしまったのだろう。
「なぜコームは魔物よけと偽りそんなものを?」
「知らんしあんま興味ない……が、なんか楽しそうに喋っておったの。聞いて聞いてとせがむひとの子の子みたいで、愛しくてたまらんかったわ」
「……たしかに」
メグリが促したとはいえ、コームは龍人や血について多く語った事を思い出す。それどころか、自分で気づいて言い辞めるほどの何かを話そうとさえしていた。
「別に儂じゃなくても話し過ぎちゃうじゃんって思ったけど、儂のメグリはかっこいいしかわゆいからの」
モモはメグリの腕に抱きつくようにしながら言う。まさか自分がその役目をやってしまっているとはとメグリは意外に感じた
次の方針を少し考える。
「まぁ、コームを問い詰めるのは森の調査とヤーリの町で話を聞いてからでも遅くない……か?」
「儂がこの瓶もらった理屈もついとるし、不審がられはしとらんじゃろ」
モモは瓶を木漏れ日に透かしながら続けた。鈍く赤い光が、モモに降り注ぐ。
「怪物退治に来た聖女を見ても全然焦っておらんかったから、自信があるか自覚してないのかもしれんの。ただのやべーやつの可能性もあるけど」
それにといいながらモモは香の栓を抜いた。
「おい!?」
「これで牛頭がでてくれば、それでメグリが殺して終いじゃろ」
出てくるかはわからんけどと、モモは背伸びをし、あくびをしながら言う。
「この香が関係あるかなどどうでも良い。怪物がいました。殺しました。で、問題なかろ?」
龍の血とやらがどれだけ効くのか興味があるしのとモモは瓶の中身をしげしげと眺める。
過程はさほど関係ないというモモの言い様に、メグリはそれはそうだと思いはしたが、同意もしなかった。今のところはどこまで首を突っ込むべきか決めかねている。
「……それで、周囲の様子はどうだ?」
メグリの感覚では、潜むネズミ、鹿などの気配は感じていたが、【怪物】の気配は感じれておらず、モモの感覚を頼りにする。
モモの触角が動き、表情は考え込むようになる。
「うーん。実在するかはともかく、牛頭?とか、でかそうな感じのやつは近くにはおらんなぁ。蜘蛛とかはいるにはいるが……そういう木っ端共は香があってもわざわざ近づいてこんじゃろ」
まぁどっちかと言うとメグリの方を恐れてるんじゃろうなというモモに、らしくなさを感じ私? とメグリは聞き返した。
「そりゃ、儂はこっちに来る時に力を使い果たしたし。すっからかんじゃもん」
そりゃそうじゃろといわんばかリのモモは、儂が封じられてなければ話は別なんじゃがのー、誰か封印説いてくれないかのーとチラチラとメグリを見る。メグリは目線を合わせず、知らぬふりをした。
モモは諦めたような表情を見せると「メグリは斬撃とか飛ばせる世界線の人じゃろ」モモは幾度か剣を振るうような動きをする。「そりゃヤツらもびびるよ」
「あぁ、まぁな……昔はな……」
あいまいにうなずきながら、メグリはもともとはお前を倒すためのものだったしなと胸中でつぶやく。
大百足をモモとして封じて以降、流れる時の中で記憶は摩耗し、技は腐り、使う機がなくなったいくつかの神技は失われてしまった。
「えっ、勘を取り戻しておくとかいってたのに、まだ縄のやつしかつかえんのか」
「索のことか? ……まぁ、あと慈救はつかえる……おそらく……」
「なんじゃ。たよりないのぅ」
「ぐっ……」
責められ、言葉に詰まったメグリはごまかすようにモモに問い返した。
「モモこそ呪を扱える算段はついたのか」
「いや。全然じゃな」
あっけらかんというモモに言いよどみでもしたら追撃してやろうと思っていたメグリは力が抜けた。
「力を使ったのもあるが、元の世界とは規格、型が違うというべきじゃろうか」
「型?」
ちょっとみとれ、と言いながらモモは香を膝に挟み、牛の木細工を手のひらに乗せる。メグリは興味を惹かれ牛に視線を向けた。
「元の世界もこっちの世界も元になる力は一緒じゃ。ひとの子がマナ、魔力とかいうやつはどっちの世界にもある」
牛の周りに無数の光が点滅しはじめる。メグリの頭の中に、そんなことができたならもっと早くなにかに使えたのではないかという思いが一瞬よぎる。
「これは普段はただ漂ってるだけじゃが、ひとの子の場合はおもいの力で使うのがてっとり早い」
モモが例えばいうと、周りの点滅していた光が牛の口から吸い込まれ、その体が輝きだした。
「メグリは崇拝、奮起、激昂などの感情で内側から出ずる力に変える」
モモは逆に儂の場合というと反対の手をかざす。
今度は牛の口から光が放出されはじめと、かざした手のひらに向かう。
その光は手のひらで反射し、牛の周りにまとわりつく。牛の体は輝きを失い、すこしづつ紫の斑点のようなものができはじめた。
「儂は人の子からの恐怖、畏れ恨み、まぁ怨嗟ってやつじゃな。それらくる力を束ねて、方向を変えてやって、相手に呪を伝えて使う。……じゃがな〜。どうもこの伝えるところがな〜」
手のひらから牛の周りに反射していた光が跳ね返され始め、だんだんと光そのものが弱くなり、最後には消えてしまった。
「伝達方法が違うのか、なっかなか受け取ってもらえんのよ」
ほんとめんどくせーわと嘆くモモはその上な。と続けた。
「わし、全然この世界で恐れられてないんじゃもん」
牛の口から出ていた光も徐々に少なくなり、紫の斑点もきえてしまう。
「そもそもこの世界、もともと百足おらんかったのではないか?」
「なんだと?」
頭の中に、モニカ・モルフォとのひと悶着で、百足だらけにしてしまった屋敷があらわれ、その上に生態系への影響、環境破壊という単語がポンポンと現れる。
モモの手前駆除できないし、かといって、とてもじゃないが、あれらすべてを回収するして管理する気にはなれない。
自らが犯してしまった罪に、おののくメグリをよそに、ひとの子の理で、無理やり束ねている魔術師とかいうやつやつもいるがのと不服そうだ。
メグリは話半分呆然につぶやいた。
「お互い、無力というわけか……」
「そ。じゃから、今の儂には」おもむろにモモは自分の髪を一本ちぎる「これが精一杯」言葉とともに、ぽんと軽い破裂音と煙が立ち上がり、髪の毛が、手のひらにとぐろを巻く百足に変わった。
我に返った。
「おおい! やめろ! 驚くだろ!!」
「ひっどーい。この子はひとの子を噛んだりなんかせんのに」モモの手のひらの上の百足が頷くように動く。
「儂が死ねっていいったら死ぬような健気なやつなんじゃぞ?」モモの手のひらの上の百足が死んだようにひっくり返る。
ねー。とモモと百足が頷きあった。怖気がたまる。
「なんて迷惑な精一杯なんだ……」
「失礼な。壁とか登れるんじゃぞ。手紙くくりつけて塔に囚われてる姫とかに送れるじゃろ」
その場合、手紙を取り外すのは誰だろうか? 姫か。拷問か。
「姫にそんな事させたら、一生モノのトラウマだぞ……」
「あぁ? なんじゃ? 鳥とかは良いのにムカデはだめか? ……はー。やじゃやじゃ。これだからひとの子は」
いつからひとの子はこんなに傲慢になってしまったんじゃろと、手のひらの百足とともに嘆いたモモは、ばいばーいと百足を野に放ってしまった。
メグリは今後一切の環境、生態系への影響を考えることをやめた。
旅立った百足との別れを惜しみ終わったモモはじゃがなといいながらモモの方にふりかえる。
「元の世界に帰るための算段ならたてたぞ」




