馬車の前3
「主人、ずいぶんと品があるようだが、どのようなものをおいている?」
「馬用品の藁などの餌、ブラシ。人用の傷薬、下し剤、痛み止めなど各種薬品や香、あとは靴や衣服の補修にお使いいただける針、革、紐。手慰み用の木細工なども。どうぞ好きなものを持っていってください! そちらの水もご自由にどうぞ」
店の影に置いてあった、なみなみと水がたたえられている木桶をさしながら、それは沢から組んできただけですが、とコームは笑った。
メグリはコームに村へ距離感を訪ね、トラブルがあっても暗闇になる前にはたどり着きそうだと判断し、少し休憩することにした。
値札がついているものとついていないものがあり、表記されている値がメグリの感覚からすると、高いように感じたが、いわゆる適正価格というやつだろう
モモが食べそこねた分の干し肉と、りんごのような果物を数点選ぶ。
「これをもらってもいいか」
「もちろんですよ。むしろそれだけでよいのですか? 他にお困りのものは?」
コームの視線に遠慮していませんか? という含みを感じ、メグリは少し困った。
確かに身を守った恩としては軽いように思われる。借りを作ってしまった側も落ち着かないだろう。
戸棚を見直し、ふと動物をかたどった木細工が目に留まり、モモが暇にしていたなと思い、なやむ。
はるか昔こそ、こういった素朴な人形でモモと遊んだこともあるような気がするが、現代なれしたモモ欲しがるイメージがなく、そのうえ今、モモに『この木細工暇つぶしに、いいんじゃないか?』というのも違う気がしたのだ。
メグリは一旦先送りにすることにした。
「いったん馬に水をやってきていいだろうか」
「ええ。他になにかあれば遠慮なく」
いつも腰に挿している小袋に干し肉を放り込み、果物を一つモモにわたし、一つを手に持ちシャツの裾でこすり、残りは木桶にほうりいれ、片手で木桶の取っ手を持ち上げる。
そのまま、乗ってきた馬車の方に向いながら、りんごのような果物を齧る。甘みと果汁は少ないが、味はりんごであった。
こちらに来たばかりの時に、水辺にアヒルのような鳥がいるのを見て、あれはアヒルなんだろうかとメグリがつぶやくと、『アヒルみたいに泳いで、アヒルみたいに鳴くんじゃから、アヒルにきまっとるじゃろ』とかなんとかモモに言われたなと思い返す。
都度迷うのが面倒だから、そうみえたらそのものだと思うことにしようと決意したところで、モモという単語で、別の不安がよぎった。
いつもの癖でりんごをわたしてしまったが、聖女はおもむろに人前で果物にかぶりつくものなのか?
振り返るとすでにモモはりんごにかぶりつきながら、商品棚を眺めている。
コームもとくに不審がらずに商品の説明をしているようなので、一安心し、そのまま馬車の方に歩みを進めた。
カロは少し目を開くようにしてメグリを見た後、尾を振り木桶に顔を入れ始めた。
モモはカロの体を数回なで、店に戻る。木桶は立つ際に返すという旨をコームに話し、了承を得ながらモモはどうしているかと目をやる。
「ずいぶんと薬? の小瓶がおおいのですね」
「えぇ、私の家は代々薬師の家系で、薬・香などは私が調合させていただいておりまして。それなりに評判も良いのですよ」
モモは商品棚の小瓶が並んでいる下段の棚が気になるようで、いくつか手に取り覗き込んだり、裏返したり、太陽に透かしたりしていた。落とすなよと不安になる。
そんなメグリの不安をよそに、モモは一番隅にあり、ひときわ装飾が凝った赤い瓶を手にとった。
「この瓶、なにか他と違いますね?」
「あぁ、それは……あー、魔物よけの香が入った瓶ですね」
「魔物よけの?」
きくやいなやモモは瓶の栓を抜いてしまい、そんな高そうな瓶の栓を、了承なくぬくんじゃないとメグリは焦る。
コームもいきなり開けたモモに不意を打たれたのか、驚きと焦りが混じった表情が伺える。
「…………ふふ。確かに少し嫌な感じがしますね。私が神の祝福を頂いているからでしょうか」
モモは面白そうに微笑みながら、瓶の栓を閉じ、元の位置に戻す。メグリとコームは同時に安堵した表情になった。
「ははは。いや、さすがは月の乙女、いきなりそちらの瓶に気がつくとはお目が高い」
ただ、正直そちらの品はおすすめできません――とコームは切り出し、魔物よけの難点をついて教えてくれた。
コームのいうところによると魔物よけが気休めという評価の根本にあるのは、魔物というくくりが広すぎると言うことらしい。この世界における魔物は基本的に人間種・あるいは社会をともにする生命に害を与えるという社会による共有認識がある生命をさしている。
それらすべてに対応する薬品・香などというのは不可能で、コームはそのようなことはわかっているが、安心を買いたい客の需要があるため、広く効果がありそうな香を魔物よけとして売っているということだった。龍人の血でもあれば別なんですがね、とコームがしめて、それが少し気になる。
「森の中を歩き回るというのであれば」コームはあごに手をあて、少し考えるようにして、緑の小瓶を手にとった「この虫よけの香は間違いなくお役に立てるかと思います」
「虫よけ、か。蜘蛛や常元虫には効くのか?」
「ええ、そういったものらも避けられます」
メグリは緑の小瓶をうけとり、聞く限りでは有用そうではあるなと想像した。これをもらって借りをなしにするのも良さそうではある。
牛の頭をした怪物の調査で、森を歩かなければいけないだろうが、蜘蛛などをいちいち相手にしていてはきりがない。
問題は効果が本物であればの場合で、効能ないだけならまだいいが、他の副作用などあると困る。
なやむメグリの裾がくいくいと引かれる。
「メグリ、その瓶、あけて嗅がせてくれませんか?」
「なに?」
「コーム様の腕を疑うわけではありませんが、わたくしに効くようであれば、効果があるかなと思いまして」
その方法があったかとメグリは内心膝を打つ気持ちだった。モモが効くというなら間違いなく効果はあるであろう。
メグリは先程モモに瓶を開けられコームが動揺していた事を考慮して表情を伺った。
「どうぞ構いませんよ。さすがに月の乙女に効くのかは保証できませんが」コームは冗談めかして笑った「それに、認めていただけたら月の乙女のお墨付きと言えますからね」
神秘性のある月の乙女が『私がお墨付きします!!』というのは果たして信頼? ブランド? 的にどうなんだとも思わなくもないが売る側としては宣伝効果はありそうだ。
ともかくコームとしては問題は無さそうだが、モモの事が少し不安になり、メグリは頭をひさしにぶつけないように気を付けながら、そっと耳打ちする。
「……調子悪かったろ、大丈夫なのか?」
「慣れたし、ひとの子の作るものなど他愛もないわ。しっとる? わし、大百足様じゃぞ?」
「……モモがそういうなら、頼みたいが」
そして、モモは珍しくすこし真面目な声でメグリに耳打ちをした。
「それに、確かめたいこともあるしの」
「ほう?」
モモの言葉が気になったのと、退治されてしまっても、お墨付きを与えることになるのはモニカ・モルフォということになるのか……と思い至ったメグリは、瓶の栓を抜くにした。
メグリはぽんと音を立て緑の瓶の栓を抜く。
「ぐえっ!」
モモがのけぞり、触角が跳ね上がり、鼻を抑える。既に涙目になっていた。
「だ、大丈夫なのか?」
心配になりすぐさに栓を閉めたメグリが覗き込むが、モモは無言で手を突き出し、気丈にいう。
「ほ、他のも、ためさせてください。幽鬼よけなど、ありますか?」
「……主人、どうだ?」
「は、はい……。幽鬼・怨霊よけとして祝福を頂いたハーブを香にしたものです」
コームが商品棚から青い瓶を取り、メグリが受け取る。
「……ぬいていいのか?」
「やってください!」
メグリがぽんと音を立て青い瓶の栓を抜く。
「あべっ!」
モモがたまらずとしゃがみ込む。触角が跳ね回り、顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
流石に見ていられないと介抱しようとしたメグリを、しかし、モモはなお押し留めた。
「ほ……ほかの、やつも……。コーム様の……普段は裏にあるような……とっておきのやつを……」
メグリは感じた。モモの『覚悟』ってやつを。どうしてそこまでするのか、とおもわなくもない。
「……たのむ。主人、きいてやってくれ」
「しょ、少々お待ちください」
コームはそういうと、馬車の裏側に周り、戸を開けて中には入っていった。
モモがいきなりしゃがんだままメグリに抱きつき、皮鎧のない下腹部に顔を突っ込む、両手が腰の後ろに周り身動きが取れない。
「モモ?」
戸が閉まる音がし、コームが戻ってくることを知る。
モモはメグリの服の裾で顔を拭いていた。立ち上がったその顔は意地と決意にあふれている。コイツと思った。
「こちら、知り合いの魔法使いに協力してもらった、人間関係改善の薬で、……人の心が無いものよけの香です」
なぜそんなものがとメグリは疑問に思ったが、モモがさぁ来い、いま来い、すぐに来いという顔をしていたので、
メグリがぽんと音を立て黒い瓶の栓を抜く。
「ぎひゃー!!」
「モモ!」
後ろに倒れ込みそうなモモを片手でささえ、そっと元の重心に戻す。
「……おい? モモ?」
モモは最後に叫んだあわれな表情のまま固まってしまった。ひらひらと手をかざしてもピクリとも動かない。
「……立ったまま気絶している……」




