朝の教会
「一回広場に行こう。取引できそうなら、少し荷の整理をしたいし」
先程鐘が四回鳴ったので、今は十時半ごろだろう。広場に行って、時間が余ったら宿で待てばいいだろう。
墓を出て、歩いてきた道を戻る。少し歩いたところでテレーズが、モモの近くに歩み寄った。
「モモ様。グリフォンって、強いの?」
「グリフォンに興味があるのですか?」
テレーズは私も興味あるけどーと、とルシルの方を振り返り、ルシルと目を合わせる。
「ルシルが気になってるみたいだから。ね?」
「そうなのですか?」
モモが少し意外そうに、手をつないだルシルを見た。ルシルは注目されたのが恥ずかしいのか、少し顔を赤らめながら、頷いた。
「きのう見たグリフォンすごかった。頭……」
昨日、メグリ達が持ってきた生首を見たのだろう。
雑に吊り下げていたメグリが言うことではないが、なかなか刺激の強い画になっていたはずだ。どちらかというと興味を持つのはテレーズのイメージだったので、メグリも意外だった。
「グリフォンですか。そうですねぇ」
モモは言葉を探すように人差し指を口に当てた。触角が頭の上でくるくると回る。
基本的に、グリフォンとの戦いは、モモは見ているか逃げ惑っているだけだったが、怨霊なりの分析があるのだろうか。あるいは異世界知識などから、引っ張りだしてくるのか。
「グリフォンはですね。鷲の頭で、獅子の体を持ちます。速くて、力が強いです。それは認めます」
「顔がこわいし強そうだもん」
テレーズとルシルは納得したように頷く。
「あとですね? やつらは不遜にも空を飛びます。……気色悪い」
「おおー。やっぱり飛ぶんだね……気色悪い?」
「あの慎ましさの欠片もない翼、禍々しく尖った不吉なくちばし、傲慢さを隠しもしない目、品のない模様を描く羽、そんな下賤な魔物がグリフォンです」
「「……」」
坊主憎けりゃなんとやら式の理不尽レビューに二人は黙り込んでしまった。しょうがないとメグリは続きを引き継ぐことにする。
「その聖女様は、翼を持つ鳥っぽいやつが苦手なんだ。考えたくもないみたい。ほら、これだから」
メグリはモモの触角を指し示した。モモは根本が虫なので鳥が苦手なのだ。鳥の肉はだいたい好きなくせに。
モモがメグリの手を鬱陶しそうに払ったが、テレーズとルシルの表情があっ……というものに変わった。察してくれたらしい。
「じゃあ私が、続きを話そうかな」
ベイサム伯爵の城にあった書籍の知識から得た、グリフォンの情報をおもいだし、自らの体験と突き合わせながらグリフォンの話を続ける。
爪のひと振りをまともにくらえば、人の上半身ごと持っていきかねないこと。宝を溜め込む性質があると言うが、巣を見た際には、被害者の鎧などでいっぱいだったことを、なるべくマイルドな表現にして話した。
「こわい……。村にきたらどうしよう」
大丈夫だよと、メグリはルシルを安心させるように頭をなでる。
「グリフォンはこわがりだから。人の集まるところには来ない」
「えっ、こわがりなの?」
グリフォンは縄張り内で、馬などの動物や、人間を狩り、巣に持ち帰る。
ただ、移動力が桁違いなので、縄張り自体が巨大で、基本は肉の多い動物を狙う傾向がある。そのため、人の場合は、巣に近づきでもしない限り遭遇することは稀だ。
メグリも、昨日の二戦目こそ、向こうから襲われる形だったが、一度目はグリフォンの巣に近づいたためだった。
「そう。グリフォンから見たら、人は特にこわいんだよ。自分に勝てる生き物なんてそうそういないから」
「わたしたちはグリフォンがこわいのに。ふしぎだね……」
「もしかして、メグリさんも空とべるの?」
「飛行は出来ないけど、これを木にくくりつけて、ジャンプできるから」
メグリは索で光の縄を出して、見えるように少し長めにのばす。
「魔法だ!」
近くの石を掴むなどして、縄のように伸びばせる性質と、勢い良く縮むを説明した。現代だと映画とかゲームにでてくるワイヤーのやつ、で伝わるので楽だったのにと思わなくもない。
そのような話をしながら、共同墓地の横道の中頃を通り過ぎたところで、教会の方から男女が何事か喋っているような声が聞こえた。
近づくにつれ、声を荒らげてこそいないものの、どうやら言い合いになっているようだ。
「安全も確保できていない現状では、そのようなことに同意はできない」
「むぅ。そうですか。しかし――」
近づくに連れ、具体的な会話の内容が耳に入ってくる。両方の声に聞き覚えがあった。セヴリと今朝の司祭だろう。
メグリは今朝のこともあり、面倒なので、気づかぬふりをすることにした。できれば素通りしたいところだ。
「グリフォンと戦う時は爪や牙もあぶないんだけど、翼も気をつけなければいけない。なぜかというとね――」
テレーズとルシルの注意を引くため、昨日の話をメグリなりに活劇ふうに語る。二人共こちらを見ているので、このまま注意を引けていれば素通りできそうだ。
いよいよ、近くにやってきて、教会の入口に帽子をかぶった、金の髪の女性の後ろ姿と、向かい合うように聖職者の男が立っている。予想通りの二人だった。
「私は、中止にはしたくないのです!」
セヴリの声がよく響いた。活発で高めの声だが、よく澄んでいて、水の音のようなイメージがある。今でなければもっと聞きたいと思わせる良い声だ。
「あっ、セヴリちゃんだ!」
やはり、ルシルがセヴリの方に気づいてしまって、声を上げた。
だめかー。とメグリは落胆した。もっと私が良い声をしていたらと思う。
「ほんとだ。司祭様もいる」
テレーズもルシルとセヴリのもとに近づく。教会の二人もこちらの気づいたようで、振り向いた。
「おや! 皆様お揃いで!」
「長の所の娘か」
「司祭様、この人がモモさん! 怪物退治に来てくれたっていう人だよ!」
テレーズが司祭に紹介してくれる。テレーズの明るい性格もあるだろうが、司祭に話しかけることを恐れていないので、司祭もメグリたち以外には、さしてあたりは強くないのかもしれない。
モモも近づいた二人を追うようにが司祭の方に歩み寄った。かまさないよなと心配になるが、はじめまして、とモモはジスランの時と同じように丁寧な挨拶をした。
司祭はじろりとモモのことを見ると、メグリ達が歩いてきた方向に目をやる。教会を後回しにしたことに気づかれたかもしれない。
「ようこそヤーリの村に。旅の聖女よ。歓迎しよう。……といっても、ここに祈りにきたわけではなさそうだが」
セヴリがそうです! と司祭の方に振り返る。
「このお二人が森の安全を取り戻してくれるのではないでしょうか!」
「そう簡単に行けば良いが」
司祭は皮肉げに口を歪めたが、そうだなと何かを思いついたように顎をなでた。
「聖女殿はお忙しいようだ。私も形式にこだわり、事を妨げるつもりはない。簡易的にだが、儀礼を済ませてしまおう」
ここで待ちたまえと、こちらの反応も待たずに、司祭は中に入ってしまった。
さしてたたないうちに、司祭は中から紺色で重厚な装丁の厚い本を胸に持って戻ってきた。メグリはその装丁に見覚えがあった。リアエナ教の聖典だろう。
「従者殿はこういった事はご存じないとのことなので」
司祭が嫌味を含んだ口調で、メグリとモモを見据えた。
「私から説明させてもらおう。お二人は旅慣れていないようだが、一般的に教えを同じくして、旅ゆく者は、道中各地の教会や、修道院で、無事だったことへ感謝を捧げ、滞在中の協力を仰ぐものだ。また教会としても、受け入れた者の記録を残すことの利点はある。特に訪問してきた者が高名であれば、信仰の助けにもなろう」
それに、と司祭は強調しつつ、聖典をなでた。
「私達の教えの名を悪用する輩も珍しくはない。要は、勝手なことをされたら困るのだ。……おわかりかな?」
メグリはなるほど、ヤクザの仁義のようなものかと理解した。領主から直接依頼があったとはいえ、管轄のようなものがあるのだろう。
「理解した。教えに感謝する」
言い回しその他の諸々はともかくとして、メグリ達に非があるように思える。メグリは心を落ち着けて返答した。
「それは良かった」司祭は、さして良いとも思っていなさそうに、鷹揚に頷いた。「従者として、聖女をタ助ける立場だろう? 今後も忘れないでくれたまえ」
司祭はモモに向き直り、背表紙がみえるように聖典を裏返した。
「さて、聖女よ。誓いを捧げた団に準じた紋章を持っているはずだ。それを見せてほしい。 レイアヴィエンナであれば百合と竪琴の紋章だったか……」
「ええ、少々お待ちください」
モモは懐から手を入れ、四角い布に縫い込まれた紋章を差し出した。銀の糸で盾の形が基礎として縫われており、左半分に白い糸で百合が七つ、右半分に半月に弦を張ったような竪琴が縫い込まれている。
「ふむ。見た限りは本物のようだが」
司祭は聖典の裏表紙の本の中央にある、盾の形状に縁取られ、白く塗られた箇所を指で指し示す。
「ここにその紋章を当てたまえ」
モモははい、と紋章をあてがう。
「手を紋章に当てたまま、私の言うとおりに繰り返しなさい」
右手をそえたままモモは頷いた。
「私はこの紋章が本物だと誓う」
「ええと、私はこの紋章が本物だと誓う」
「わっ」
テレーズから驚きの声が漏れた。あやうくメグリも声が出るところだった。
聖典の紋章の縁から裏表紙一面に幾本もの火の線が走り、模様を刻み始めたのだ。あわせて、聖典が裏表紙に近いページから表紙に向かって、順々に光を放つ。
家宰に縫い付けない方が便利だろうと言われていた意味がわかった。紋章を縫い付けていると、この流れは難しいだろう。
「すごい。なにこれ」
「紋章の正当性を確かめている」
テレーズのつぶやきに司祭が平坦な声で返した。
「せいとうせー……?」
「本物かどうかということですよ!」
そのまま、つま先立ちで表紙を覗き込もうとするルシルのことを抱っこしながらセヴリが捕捉した。
じゃあ心配ないねとテレーズがモモとメグリに笑いかけた。モモとメグリはほほえみを返したが、メグリは果たして上手く笑えていただろうかと心配になる。
メグリの手は汗腺がひらいたことによる、軽い痛みを感じていた。焦りを覚えたのだ。紋章は見せればそれで信頼を得られるものだと思っていた。まさか確認するための技術があるとは。
紋章自体はレイアヴィエンナの聖女だという、モニカ・モルフォから奪ってきたものではあるが、そもそも、あのモニカ・モルフォ自体が本物だったのかどうかまではわからない。
それまで聖典に描かれている文字をじっと見ていたテレーズが司祭を見上げた。
「司祭様、もし偽物だったらどうなるの」
「もちろん。名を騙るなど許されざる罪だ。神の怒りによって、身を焼かれ、苦しむことになる」
メグリは、な、なんか罰が重くない? と恐怖を覚え、表情が変わらないように必死でこらえる。
道理でベイサム伯のところで、紋章についての話になる度、皆が大丈夫だから! 多分! と流すようにしていたわけだ。
この仕組みが広く普及しているとすると、紋章をあてがって、検証した者がリスクを背負うことになる。道理で。誰も身を焼かれるリスクを負ってまで確認したくないだろう。私も嫌だ。
「これが、リアエナ教の秘奥の一つ、《焼け尽く虚飾》ですか。目にするのは初めてです」
セヴリが、ずれた眼鏡の位置をルシルに直してもらいながら、興味深そうに呟いた。
必殺技みたいな字面の単語が出た! とメグリは動揺したが、表情が変わらないように、頬の内側を噛む。
「紋章の正当性の確認自体、それほどあることではないからな」
司祭はセヴリのつぶやきに答えた。
「名を騙り、聖典を欺こうとしたものは、今まで犯した罪の大きさに応じて、全身を焼かれる。炎によって浄化されるまで、死ぬことも許されない」
そんなことできるの!? とメグリは、慄いたが、必死に平静を装うように、口に手をあてる。手は冷や汗でしっとりと濡れていた。
「過去を遡っての断罪ですか……どうやっているのか、見当もつきません」セヴリが感嘆を隠せないように笑った。「紋章が偽物だった場合、モモ様に罰がくだるということですか?」
「そういうことになる」
そういうことになると困る!! ……だめだ! 本当に怖い!! 謎技術で命が危ういかもしれない! しかもモモのやったことを人間基準で裁こうとした場合、永劫終わらない可能性がある!!
メグリは、薄情との誹りは甘んじて受ける覚悟で、モモと距離を取ることを決めた。言い振りだとモモがまず燃えるようだ。距離を取っていれば大丈夫かもしれない。聖女を騙っているとバレるのもまずいので逃げる算段をたてた。
即座に周りを伺う。露骨に距離を取れば、後ろめたいことがある思われかねない。幸いなことに、皆の視線は光を放つ聖典に釘づけだった。すまないモモ、きっと怨霊だから死なないだろう。火が消えた頃に会おう。
目立たないように、後ずさりするべく右足を引いたが、その動きは前方からの引く力で阻止される。目だけ足に向けると、モモの左手がモモから見て左後方に立つメグリの右腿を掴んでいた。
一瞬、モモのことなので、大百足のなんたらで、心配するなという意味かと解釈しかけた。しかしメグリの目に、大汗をかいたモモの首筋の目に入り、これは……と、足を掴むモモの手を外す。
即座にモモの手が、明確に、逃さないという意図を伝えるように、布を巻き込んでがっしりとメグリの服を掴んだ。
メグリは確信した。私を道連れにする気だ!! モモとメグリの間で、超高速な手の払い合いとつかみ合いが行われる。
戦いが佳境を迎えた頃、ほんの光が収まり、聖典の紋章をあてがった箇所の上部に、火の線で字が描かれた。
『ネストレとマリネッタの子、モニカ。我らの声と認む。祈り、働く人々すべての救いとなれ』
「……なるほど。紋章は本物のようだ」
よかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。腰が抜けそうになるところをなんとか力を入れ、先程まで戦っていたモモと、ついつい憎しみを忘れ、影で歓喜の握手をしてしまう。モモの手も冷や汗でびしょびしょであった。
しかし、今回はメグリの全く知らない仕組みだった。名を騙るのにこれほどリスクがあるとは。
「それでは。月の乙女の働きに期待するとしよう」
用があるので失礼する。と、さっさと司祭は中に入っていった。もうちょっとなんかあるだろと言うのはあるが、引き留めたいわけではない。メグリはそのまま見送った。
「そういえば、テレーズちゃんとルシルちゃん。ジスランさんが探していましたよ?」
朝の宿2(20話)にイイねくれた方ありがとうございました!!!!モチベになりました!!!!!
多分今後しばらく書かないので今書く設定1
レイアヴィエンナは気質が幻影旅団みたいな感じなので、裏ルールがあって、『紋章を持っているものが本物。奪われたやつは偽物。偽物は殺せ。死にたくなければ死んでも奪い返せ』という野蛮なあれがある。レイアヴィエンナの紋章は紋章側に仕込まれた条件付けで、本人かどうかの確認をしないことになっていて、今回たまたま命拾いした。
かっちりした聖騎士団の紋章だったら、紋章作成時に血から生成した符号と付き合わせての本人確認もあるので、多分モモとメグリは燃え尽きてた。レイアヴィエンナの裏ルールと紋章の条件付けについて知ってる人は隊員以外ではほとんどいない。
聖典と紋章に仕込まれた文章は聖典が公開鍵みたいな感じで復号されてるイメージ




