朝の墓場1
「……セヴリちゃん。お母さんに似てるのかも。顔も声も喋り方? も全然違うんだけど」
なんで今まで考えたこと無かったんだろうと、自分に問いかけるように、静かに呟いた後、テレーズはメグリの方に顔を向ける。
「セヴリちゃんは、優しくて、早口だけど、話を聞いてくれて、お料理が上手で、ルシルとも遊んでくれて、あと……」
ためらうように、今度は明らかに意識的に、テレーズは言葉を止める。
姉が喋っていたので、静かにしていたルシルは、自分も喋りたくなったのだろう。あのねと、逸るように、モモの手を引いた。
「セヴリちゃんは、お父さんとなかよしだよ」
「まぁ。そうなんですか。仲良しは良いことですね」
モモはふふふと笑った。
ふふふじゃないとメグリは胸の中で呟いた。実際のところ、妻との死別のだいぶ前からの付き合いとはいえ、父が、母ではない別の女と仲良くしているというのはどう映るものだろうか。
テレーズは顎を引き、うつむき加減で、そうだねと少しさみしそうに微笑みながら同意した。メグリはその表情に胸が締め付けられそうになる。
そうとは知らないテレーズは、それとねとメグリの顔を見上げた。
「あと、すごく、アグラパ様が好き。これもお母さんといっしょ」
そういったあと、ん? なんか違うな。とテレーズは言葉を探すように呟く。
テレーズは、意識を言葉選びに取られながらも、木の柵で沿うように伸びる横道に曲がった。 三人は後についていく。囲まれた空間は共同墓地だったようだ。
奥に石造りの建物と、中央に土がならさらたスペースがあり、周りには角を取り丸みを帯びた石の墓が並んでいる。
一つ一つの墓には、左向きで頂点を斜め下に向けた三角形と、斜めになった底辺に平行に配置された、逆向きのΣのようなマークが掘られている。リアエナ教の代表的なアイコンだ。
聖女リアエナは神々しい大きな翼があり、槍をもって戦を勝利に導いたというところから来ているらしい。
この三角形を、槍をモチーフにしたロゴに変えて、その周りの意匠を華美にするとハドリアの国旗になる。
教義としては、暴力は避けるべしというものはあるらしいのだが、所々、武器や戦いと言った要素が滲むため、トータルとして、いくさと切り離せない宗教という印象をメグリは持っている。
「好きっていうか、なんだろうなー。お母さんね? アグラパ様を見たことがあるんだって」
「本当?」
メグリの声がわずかに上ずってしまった。
もともと伝承としての存在として考えていたので完全に虚を突かれてしまったのだ。
モモの触角が伸び、片方がテレーズに向けられる。
テレーズは眉を釣り上げ、怒ったような表情を作り、人差し指を立て、少し低い声を出した。
「『悪い事をするとアグラパ様に怒られるよ! アグラパ様は全部みてるよ! お母さんも昔、森で怒られたんだから!』って。私がいたずらした後、怒る時はいっつもそう言ってた」
「お母さんにアグラパ様に会った時の話、聞いたことはある?」
「ううん。なんでかあんまり詳しく教えてくれなかったから」
だから本当にお母さんが見たのかはわからないんだよねと、テレーズは苦笑いをした。
「でもね。お祭りをもっとちゃんとやりたいって言い出したの、お母さんだったって。私はあんまり覚えてないけど……。そのころにセヴリちゃんが来て、いろいろ手伝ってくれたって聞いた」
「テレーズは、お母さんと仲が良かったんだね」
くしゃり、と一瞬テレーズの顔が歪んだ。すぐに顔を無理に引き戻したように笑って、努めたように明るく抑揚のない声で言った。
「これが、アグラパ様のお墓です」
共同墓地を抜けた先、隣り合うような位置に、共同墓地と比べるとずっとこじんまりとした、柵に囲われた土地があった。その土地の奥には先程の墓石より、ずっと簡素だが、大きな石が一つある。
石の周りはよく整えられていた。雑草はなく、地面はならされ、墓石までの道は平にした石で簡単な道も作られている。
メグリは、テレーズと共に墓石の前に近づこうとしたが、服の裾を引っ張られていることに気づき、立ち止まった。
顔を伏せたテレーズが、メグリの服の腕の裾を、掴み、唇を噛んで、立ちすくんでいる。
「わたし、今年はお祭りやってほしいんだ」テレーズは、絞り出すように言った。
「……お母さんに、今年からシードル飲んで良いよって……い……言われてたからっ……」
テレーズの声が震え、目が潤んで瞳が歪む。メグリは、服の裾を掴む力を強く感じた。
「私、飲めるようになったよって……。心配しなくて、大丈夫だよって……! 。お母さんの、前で、言いたい……」
メグリはテレーズの頭に手を載せゆっくりとなでるように頬に降ろす。
「モモが言っていたけど、大丈夫。怪物はすぐいなくなる。なんであれ、私が倒す。お母さんに、飲めるようになったって、教えられるよ」
テレーズは固く目をつむって、唇を強く噛んで頷き、大きく深呼吸をして、ニコリと笑う。
「お墓に、お花、無いね。私、摘んでくるね」
メグリとモモの返事を待たず、テレーズはルシル、行こう。声をかけた。
ルシルは姉が顔を歪ませている事に、少し驚いていたようだったが、頷くと、共に少し向こうに見える。花や野草が生えている場所に向かった。
二人が歩いていき、声が届かないぐらいの距離になると、モモがポツリと言った。
「痛々しいのう。見てられんわ」
「そうか。……モモ、その顔、絶対に見られるなよ」
メグリは、内に淀んだ感情を逃がすように、深く息をついた。
モモは顔に浮かぶ笑みを抑えきれないようだった。口を手の甲でとローブで隠しているが、端から覗く口がニタニタとして、ぬらりとした歯が覗く。
「だめだめ。あんな、愛いひとの子は、儂には、とーっても目の毒じゃ」
歯が溶けるくらい甘そうで、とてもとても見てられんわ、とモモはクスクス笑う。
「モモ、つくづくお前は、なんというか、人の心がないな……」
「当たり前じゃろうが、人じゃねーんじゃもん儂」
根が怨霊じゃっていうとるじゃろと、モモはコロコロと笑う。人の心がない者よけの薬はやはり確かな効果があったようだ。
喧嘩した時用に買っておけばよかったかと後悔しかけて、やはり買わないほうが良いかと思い直した。心がない者と付き合えているどころか慰め合う関係にあるメグリにも効いてしまっては困る。
メグリは、モモに気まぐれで、邪魔するなよという意味を暗に込めるように目を眇めた。
「心配するでない。祭りの約束してたじゃろ儂」
心外なと言わんばかりのモモが言い返すようにニヤリと笑った。
「メグリこそ、らしくもない。あんなテキトーな約束して良いんか? 儂じゃあるまいし」
「何を言ってるんだ。全てはいつもどおりだ。成すべきことも、目的も変わらん」
「あん?」
「モモがいつも言っていることだろう?」
メグリは肩をすくめて、おどけるように眉を上げ、平坦な声で行った。
「邪魔なやつはぶっ殺して美味い酒を飲むってやつだ」
「くふ、最高じゃの。そういうの儂、大好き」




