朝の宿2
ジスランの使いだろうかとメグリはドアを引く。ドアの向こうで、困った顔で立っていたのは宿の主人であった。
「よぉ。悪いんだけど下に降りてきてくれねぇか。客が、いや客というか……」
宿の主人が喋る中、メグリの視界の下方に、小さな頭が二つ入ってきたのが見えた。昨日もこんな事があったなと視線を下げる。
そこにいたのは、ジスランの娘のテレーズとルシルだ。
「へぇー、こうなってるんだ。このお部屋」
「……お、おねえちゃん」
テレーズは興味深そうにドアの隙間から、メグリとモモの部屋を覗いている。
ルシルはテレーズの服の裾を引き、一見引き止めようとはしているが、やはり興味があるのか、体と顔の向きはドアの隙間に向いているし、時折、つい盗み見てしまって、その度いけないというように視線を外している様が可愛らし。
宿の主人は二人に気づき、大きくため息をつくと、追い立てるように手を動かした。
「おら! いつの間に登ってきやがったガキども! ここは客専用だ! おりろおりろ!」
追い立てられた娘二人のリアクションは対象的だ。
「ごめんなさい……」ルシルは申し訳なさそうで、
「だっていっつも見せてくれないじゃん」テレーズはブーブーと不満を隠そうとしない。
宿の主人はそんな二人を問答無用で、テレーズに至っては半分抱えるように引き連れながら、振り返った。
「コイツラが姉さんたちを訪ねてきたお客さんだ。姉さんたちを信じてないわけじゃないが、見えるとこで話してくれると助かる」
「あぁ。すぐに降りる」
昨日来たばかりの旅人の部屋に、子ども達を入れるというのは抵抗があるだろう。メグリは頷いた。
ドアを閉め、モモの方を振り返った。モモは既にローブを着て、窓の戸締まりを確認している。目立ちたがりで見せたがりなので、化粧したことでモチベーションを上げてくれたようだ。
「いくか」
「んむ」
剣帯などの確認と、必要な荷を持って、廊下に出る。
ふいにモモが、どういうキャラで行こうかのと悩んだ声で言った。
「昨日の夜、酒場では結局どうしてたんだ」
風呂に行く途中、すっかり酒場に馴染んでいるのは見えたが、どんな調子だったのかまではメグリはわかっていなかった。
「口調は猫かぶってたんじゃけど、いい子にしてた反動で、うぇーいしちゃった。いえー!!みなさん飲んでますー!? えーめっちゃ飲んでね!? でも、わたくし今から追いついちゃうからよろー! みたいな」
「思った数倍ハジケてたし、それ口調の猫かぶってる部分少なすぎない?胴体がパリピ丸出しじゃない?」
モモは両手の親指と小指だけ伸ばしたハンドサインで、Pon!Pon!!と当時のテンションを再現までしてくれた。
「もう口調だけ変えてキープしてくれればいい……」
PonPonしてしまっているので、もはや口調を取り繕ったところでどうしようもない気がするが、なんとなくそれが最後の一線っぽい気もする。
「おっ、ほんと? でも、儂と蝶のやつのふりした儂は別ってことはかわらんぞ」
「妙にこだわるな。それ」
二人で階段を降りた。カウンターに宿の主人がいて、顎で酒場を指す。
酒場の一つのテーブルの椅子が下ろしてあって、そこにテレーズとルシルが座っていた。小麦粉の焼き菓子に蜂蜜をかけた菓子を手で食べている。陶器の皿に乗ってるので、さきほど出てきたものだろう。
メグリはそれを出したであろうに、素知らぬふりをする宿の主人を面白そうに見る。
「優しいじゃないか」
「村を救いに来た聖女へのお客様を、ないがしろにするわけにはいかねぇからな」
どうせ試作品のあまりだしよ。と宿の主人がが言ったので、メグリ口に手をあてて笑った。少し仕事を突き詰めてやる理由が出来たかな、と思う。
モモが酒場の方に、先に入り二人に声をかける。
「おまたせしました」
モモとメグリに気づいたテレーズとルシルが少しペースを上げたように見えた。
「あぁ、急がなくていいよ。ゆっくりたべて――」
気を使わせないように、そう言ったメグリの前に割り込んだモモは、ぐっと二人の間に身を乗り出した。
「わたくしにもちょっとください!」
本当に口調だけ変えるやつがあるか!
二人はモモの昨日との振る舞いの違いに驚いたようだったが、あーんと大口を開けて待つモモに、テレーズがおそるおそるといった様相で、蜂蜜が掛かったお菓子の、ベトついていない箇所を器用に持って食べさせた。
入れれた菓子を、もにゅもにゅと食べて、なにやら頷いたモモはもう一度大口を開けた。今度はルシルが口に入れて、またもや、モモはふんふんと頷きながらもにゅもにゅとする。完全に餌付けの絵だ。
もう一回、モモが大口を開きかけたので、メグリはスパンとモモの頭を叩いた。
「いてっ」
「ごめんな。この聖女様、昨日は真面目ぶってたけど、ほんとはこういう人なんだ」
テレーズとルシルは顔を見合わせたあと、声を揃えた。
「「しってた」よね」
「ほんとに?」
昨日のモモの聖女のフリは不十分だったろうか? あるいは酒場での振る舞いの噂はもう村中に伝わってしまったのだろうか。
メグリが原因を考えているとテレーズが身を乗り出して、内緒話をするときのように口の横に手をそえた。メグリとモモは耳を近づける。
「聖女様、いちじく盗み食いしようとしてた」
「……見られてる!現行犯!」
「いやー。天網恢恢ってやつでしょうか。見られているなんて、すたーっぷ寸前でしたね」
しれっとしているモモをみて、メグリの中に、あるいはコイツ子どもたちが見てることを知っててやったのではないか。という疑いが持ち上がる。
モモは、本当に嫌になった場合、後先考えずに全てをご破産にしてしまうことをいきなりやるやつだ。しかも冗談半分、ふざけ半分にしか見えない時もあるので油断ならない。
それにしてもとメグリは感心した。テレーズは、宿の主人に聞こえないようにしてくれたのだろう。なんていい子だ。
「それ誰かに言った?」
メグリは小悪党がよく言うセリフを口にした後、なんて情けないことを言ってるんだ私は……と後悔する。でも必要な確認だ。いちじく泥棒に聖女も信頼も何もない。Pon!Pon!じゃねーわ泥棒がってなってしまう。
ありがたいことにテレーズは首を横に振ってくれた。そのままテレーズは、例のいちじくの話、誰かに言った? と聞いて、ルシルも言ってないよと否定する。
例のいちじくという符号が出来ている……
「私達もたまにやって怒られるから、一緒だなと思って」
テレーズがやっちゃうよねと、うんうんと深く頷きながら納得していた。
「怒られてるのはおねーちゃんだよ……」
ルシルが抗議するが、ルシルも一緒に食べてるじゃん! とテレーズに返され、でもあれはおねーちゃんがと少し言い合いになる。
微笑ましいが、モモのせいで言い争わせるのも本意ではないので、メグリは仲裁して、要件を聞いた。
「それで、二人は今日どうしたの。ジスランさんからのお使い?」
そうだったと、テレーズが姿勢を正すように、座り直す。ルシルも真似するように背を伸ばした。
「お父さんが言ってたことをそのまま言います」
「うん?」
「申し訳ありません。紹介するはずだった猟師の方が、昨日、村の外に外出したまま帰ってきていないそうです」
テレーズがジスランの口調の真似をしながら言う。ゆったりとしたテンポがとてもにている。芸達者だ。
ルシルがテレーズに促され、引き継いで続きを話す。
「もともとそ、そういうことだったので、おひるごろもどるはずです」
もともと今日のお昼に戻る予定だってこと? とメグリが聞き返して、そう、そうですと応答が帰ってくる。
「そうなのですか」
「そうなのか……」
メグリはモモと顔を目を合わせた。少し時間が空いてしまった。予定を立て直す必要があるかもなと、メグリが口を開こうとした時、「なので私達が村を案内します!」テレーズが勢い良く手を上げた。
「よいのですか?」
「だいじょうぶ! ね?」
「う、うん」
テレーズの威勢が良いが、ルシルはどこか所在なさげだ。メグリはなるべく詰める印象にならないように気を付けて聞き返した。
「ジスランさんから言われてる?」
「うん! ちゃんと村を案内してあげてって」
「そう……」
旅人を娘二人に案内させるものだろうかと、メグリは怪しんだ。ただ、そういうものかなという思いもある。
それなりに広い村ではあるが、昨日の人出から察するに、村の中はそれなりに人の目もありそうだし、村の人々はお互いをよく知っていそうだ。噂が広まるのも早い。
悩むメグリをよそに、モモはいいんですか?楽しそうー とキャッキャとテレーズとじゃれ合っている。
とりあえず、宿の主人の反応で伺ってみるかとメグリは席を立った。
「あの二人が村を案内してくれるらしんだが、私達が連れ回して問題ないだろうか」
「そうか。まぁ人目のあるところを歩いてくれれば大丈夫じゃねぇか」
あいつらは村の奴らなら誰でも知ってるしよと宿の主人が呆れたように笑うが、少しなやむように腕を組んだ。
「まぁ確かに? 姉さんたちが魔術とかそういう得体のしれん力で、あいつら連れて、誰にも見られず村の外に出るって可能性はあるわな。俺は魔術師が、一瞬で移動するのを見たことがあるし」
もう後は信頼の問題なんだけどよと店主は肩をすくめる。
「……そうだな。ここで担保になるかわからんが」
メグリは右の小指を立て、真似してくれるかと宿の主人に言った。
宿の店主はわけがわからんといった顔をしていたが、真似をしてくれる。
「テレーズとルシルに謂れのない危害を加えたら、私は死ぬ」
「……おぉ。なんかよくわからねーが気合入ってるなねえさん」
なんだそれ、という宿の主人にメグリは私の国の約束事を守る時の風習だと返した。
「少し例をみせよう。右腕、左腕、右手、左手、どこがいい?」
「なんだなんだ? ……右腕?」
「そうか。五秒後に宿の支払いを済ませなければ、私の右腕に小さな切り傷ができる」
メグリが右腕のシャツをまくり、五秒。言葉通りに傷が出来て、血が溢れる。
宿の主人は目を見張り、しばらく固まった後、メグリの顔を見上げた。
「……姉さんたち本物なんだな。いや、信じてなかったわけじゃねぇが」
「信じられそうか?」
「そ、そうだな。そりゃあな」
それはよかったと、メグリはいい、腰布で軽口を拭い、強く当てる。
そのまま、酒場の方に戻って三人に声をかけた。
「じゃあ、案内をお願いしようかな」
喜ぶ二人に対して、モモが咎めるような視線を向けた。指切りの神業を使ったことがバレたようだ。
モモはメグリが指切りの神業を使うのを嫌っている。
いや、違うなとメグリは思い直した。モモはメグリがモモ以外と指切りをするのを嫌がっているのだ。
テレーズとルシルが先に出ていって、モモが後からついてくる。
メグリのすぐそばで立ち止まり、視線を上げずに、メグリにしか聞こえない声量で言った。
「嫉妬しちゃいそうじゃ、儂」
「お前が聖女っぽい振る舞いを続けてれば、もうちょっと信用されて、指切りする必要なかったかもしれないぞ」
「あ、メグリ。そーいうこと言うんじゃ?」
ふーんだと、モモは出ていってしまった。かなり久しぶりにモモ以外と指切りをしたのだが、想像していたより気に障ったようだ。
モモに対するフォローを考えておく必要がありそうだなとと思いつつ、「外に出てくる」と店主に声をかける。店主と視線を交わして頷きあった後、メグリは宿の外に出た。
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