街道1
「めぐりぃ〜。ひまぁ〜」
「……」
「めぐりぃ〜。暇じゃぁ〜。なんか面白い話して〜」
「……昔、北の国の領主のもとに、大百足を討った矢の根石をもった姫が嫁ぎました」
「あっ。その話知ってる。犯人は儂。っいでっ!」
「モモ、お前ちょっと黙ってろ……」
メグリは隣りに座っていたモモの額を荷台に押し倒した。
白い髪が舞う。ぼふりと仰向けに野宿用の布とほしわらに埋もれたモモの口元は、にやにやとゆるみ、頭から生える触覚は、ゆらゆらと機嫌が良さそうに揺れている。メグリは不毛を感じて天を仰いだ。
空模様はここしばらく通じて良く、時折ふく風が心よい。
太陽の傾きが替わり、ほぼ真上から陽光が降り注ぐ。野営地を出発してから五時間ほどだろうか。荷馬車の幌で防げなかった日光が暑く感じた。
片手に手綱を持ちつつ、シャツのボタンをいくつか外し、腕の袖をまくる。
見ると、もともとあった傷跡をなぞるようだった、転移した直後の事件の際にできた傷跡は、わずかに薄くなっているようだった。
ふと、元あった傷の由来が思い出せないことに気づく。
そのうち、この新しい傷の由来も忘れてしまうのかもなと考えてしまい、寂寥感が残る。緩めた首元から風が通り、汗ばんだ肌に心地よい。
こちらに来てしばらくたつが、今の所気候・環境は元いた日本より、平均して温暖で乾燥していて過ごしやすい。
このあたりは四季の概念があって冬は寒いと聞くが、この気候であれば生まれより寒いことはないだろうとメグリは踏んでいる。
植生も日本とは違うが、以前訪れた欧州の方によく似ていて、あるいはルーツは同一なのかもしれない。
見渡す限りの草原と小高い丘ばかりの地域を超え、ヌルデ川にかかる橋をしばらく前に渡り、ぽつぽつと、背のあるカシやアカマツに似た木が視界に入ってきて、森林地帯が近くなってきたことを感じる。
この森林地帯の中頃にあるトデンの森と、抜けた先のヤーリの村に今回の目的がある。
メグリは馬車がわずかに揺れていることに気づき、震源となっている荷台に目をやった。
「おい、あまり暴れるなモモ」
荷台のモモは、さきほと仰向けにたおれたままの体制で、足を御者台と荷台の境の縁にかけて足をバタバタとさせて、退屈を持て余しているようだった。
切りそろえられた白い髪は放射状に広がり、こぼれた牛乳のようだとメグリは思う。モモのローブとシャツがめくれ、へそがチラチラとのぞいた。
メグリがたしなめるようにシャツを戻そうとすると、モモは鬱陶しそうに体をひねりうんざりした声を出した。
「あぁー。すっげぇ暇。こんなことならスマホとラップトップ持ってくるんじゃった」
儂のフォロワーが儂のことをわすれてしまう〜と嘆くモモをメグリは咎める。
「何度も言うがな。誰のせいでこうなったと思ってるんだ」
通算十回目ほどの説教を始めるが、内心は同情する所もあった。
前の世界でインターネットの克明期から始め、
自作のホームページを作成しアクセス数とキリ番に一喜一憂し、
ネット掲示板を毎日巡回し、
人様の農園に水をやり、
ゲームのプレイ動画をアップロードし、
毎日のどうでも良いことを呟き、
チャレンジ動画と音ハメダンスと大食いのショート動画でバズり、
ラスボスキャラ系のVのものとして打って出て、情報の奔流と承認の嵐に慣れてしまったモモでは、この安穏した、何もすることのない時間が耐え難いのだろう。
とはいえ、今回の所業はあまりにも目に余るし、メグリはモモの享楽的というか行動力に全振りというかなんにも考えてないというか、とにかくそういった振る舞いには前から思うところがあった。
一つ思い出せば、芋づるのように怒りの種は出てくるもので、心を鬼にするまでもなく、メグリはくどくどと説教を続ける。
両手で耳をふさぎ、あーあーと声を出して聞こえないようにモモはしているが、先程からピタリと髪について微動だにしない触覚でも聞こえているはずなので、メグリは構わずつづけた。
「だいいちな、そんなもの持ち込んだところで使えるわけ無いだろう」
「はぁ? そんなもんマジカル異世界パワーでなんとかなるにきまっとろうが」
やはり言葉が聞こえていて、そのうえ、そんなこともしらんの? といわんばかりのモモにメグリは腹がたち、御者台に突き出した革靴を脱がせ、つめたく、さらりとした足の裏をくすぐった。
やめぃやめぃとモモが暴れ、馬車が揺れる。馬車を引く馬が迷惑そうにいなないたので、メグリは我に返り、くすぐるのをやめる。
「ところでメグリよ、次の村には結局なにしに行くんじゃっけ」
しばらくし、呼吸が落ち着いたモモが、境をまたぎ御者台に戻り、横に座る。
手にはメグリが荷造りの際にわらの中に隠していた、ぶどう酒が入った質のよい皮袋を持っていて、めざとすぎるとメグリは呆れた。
中身は依頼主である伯から提供された、良いぶどう酒だったはずだが、静かにしてくれるなら飲ませたほうが良いと判断したメグリは、私の分も残しておけよ。とだけ言って依頼の内容をとつとつとはなし始めたのだった。
「なにやら、トデンの森と、ヤーリの村近辺で人が襲われるらしい。ここ一年で、わかっているだけで十人ほどやられている」
「ほう」モモは皮袋の紐を緩め、口から少しはなしたところで、皮袋を傾ける。 赤紫に輝くぶどう酒が、皮袋からモモの口に弧を描いて吸い込まれていく。
「村から陳情があり、ベイサム伯も配下の騎士を含めた調査団を送ったが――」
メグリはモモがワインをローブにこぼさないかと不安になり、思わず話を止めた。
モモは世を忍ぶ仮の姿として、その姿が、この世界のとある聖女達と一致していたため、名を借りることでいろいろ都合をつける算段だった。
仮にも聖女にはそれなりの服ではないと、ということで、依頼主のベイサム伯婦人の衣装部屋から、一点物と思しき旅装用ローブを拝借してきたのだ。いきなり汚されてはたまらない。
結局、モモは一滴もこぼさず口を汚すこともなく、ふた口ほど流し入れ、うまそうに皮袋の口を閉じた。
そういうところは妙に品よくこなすんだよなと、感心と呆れが交じるメグリに、モモが視線とあごのうごきで話の続きを促す。
「調査に行った騎士は消息を絶ち、残りの者は、一人だけヤーリではない近くの村にたどり着いたが」
そこまでいって、一息、メグリは興味深げにつづけた。
「牛の顔をした怪物にやられたと言い残してすぐ事切れたそうだ」
「ふーん。まぁ、ありがちじゃな。どうせひとの子のいう怪物じゃろ」
モモは皮肉げに笑いながら、メグリのほうに皮袋を差し出す。
「さてな」とメグリは肩をすくめ、皮袋を受け取り皮袋の口を開く。
「関係あるかわからんが、聞くところによると人の顔を持つ牛が祀られてるらしい」
「ほう! 件のようなやつがこの世界にもおるのか」
しかも祀られておるとはと感心するモモを見て存外とコイツも人の畏れや崇拝に飢えているのかと、メグリは思う。
ネットでの活動もモモにとってはその一環だったのかとまで考え、どうでもいいなと思い直し、皮袋からワインを口に流し込む。
ぬるく、渋みがあるが、樽の香りが甘くわるくない。
「どうだろうな。まぁなんであれ、やることはかわらん」
「おう! 邪魔なやつはぶっ殺して美味い酒を飲む! じゃな!」
「……まぁ、それでいい」
さんさんとした陽光の中、うたうコマドリの声を聞きながら、ふたりの乗る馬車はゆっくりと進んでいく。
幌馬車ってできたの最近だったのを後から調べて知りました。
暑そうなので、なんとか屋根ってか日差しよけつき馬車にならないか考えています……




