朝の村2
宿について近くの井戸に向かう。
宿の主人が風呂の大桶を転がし、洗っている。メグリの姿を見て訓練後だと察したのだろう。使いなよと言って、大桶をずらしてくれた。
「どうだ。剣を振るにはいい場所だったろ」
「確かに静かで希望通りの場所だった」
メグリは井戸の桶を引き上げる。なみなみと入った水は澄んでいて、そのまま利用しても大丈夫そうだ。
「教会の者は不愉快そうだったが」
「なに? 司祭様にあったのか」
メグリは服を脱ぎ、頭から水を浴びてしまいたいという欲求になんとか打ち勝ち、腰を曲げ、頭に水をかぶった。
軽く髪を絞り、かきあげながら答える。
「司祭様かは知らんが、どうやら既に嫌われているようだ」
「あんたにも突っかかったか」
宿の主人の呆れた声と顔が、横倒しになった大桶の向こうからのぞく。メグリが肩をすくめると、宿の主人はやれやれと大桶に体重をかけた。あんたにも、ということはそれほど珍しいことでもないらしい。
「昔はもうちょい人当たりも良かったんだが、近頃はどうもな」
変わってしまったと言うような言い回しにメグリは思い当たる節がある。司祭と思われる男は村の信仰を気にしているようだった。
「アグラパ様とやらに関係しているのか?」
牛の体に人の体をもつというアグラパを奉じる祭りなどが復興したと聞いていた。司祭としてはあまりいい気持ちはしないのかもしれない。
宿の主人はたぶんなと歯切れが悪い。司祭が悪い人ではないというのはそうなのであろうが、宿は祭りで得をしているだろうし、複雑なのだろう。
「それに――」宿の主人の声はどんどん小さくなり自分で気づいたのか、大きく手を振った。
「いや、なんでもねぇ。影でコソコソ触れ回るなんて、従者殿にやることじゃねぇ」
途中で話をやめた宿の主人だったが、メグリは『それに司祭様には悪い噂もある』と彼がポツリと言ったのを聞き逃さなかった。
「なんだ。そこまで言いかけて、途中でやめるのは感心しないな」
ガラガラとつるべを落としながら、メグリは悪巧みをするような、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「いや、でもな……」
「今は情報を集めたいんだ。どんな噂話でも助かる。心配するな。井戸端の噂話程度であれば、リアエナ様も見逃してくれる」
そうか。そうかぁ? と一人で悩んでいた宿の主人だったが、結局話すことにしたようだ。どの世界でも人の口には戸が立てられないのは一緒だということだろう。
宿の主人はメグリに少し近づいてきて、あからさまに声を潜めた。
「なんつーか、今から俺が喋るのはあくまで噂だ。うちの酒場での与太話が耳に入っただけなんだ」
そこのとこわかってくれよ。と念を押され、メグリは頷いた。
「そうだな。何から話すか。アグラパ様のことを知ってんなら……。村の中にアグラパ様の墓があることは知ってるか?」
「いや。知らん」メグリはフルフルと首を振る。「墓、か。遺体もそこに葬ったのか?」
「あぁ。そうだ。確かにあった」
「あった? ずいぶん妙な言い回しをする」
まぁ聞けよと言った後、宿の主人は思い返すように口に手をあてる。
「何年前だったか……。その墓が掘り起こされてたんだ」
「墓荒らしか」
合いの手を入れながら、メグリはもう一度井戸の水を組み上げた。
おうよ。と宿の主人は相槌を打つ。
「墓が掘り起こされて、近くに骨がばらまいてあってな。そりゃあ大騒ぎよ」
「骨?」メグリが疑わしげな声で聞き返した。
「あぁ。ちらっとだが、俺も見たぜ。結構でかい骨がいくつかあった」
牛の頭みてぇなでかい骨もあったぜ。と宿の主人は手で角を表現する。手の動きからすると相当大きな角だったようだ。
「骨、か……。それで、なにか盗まれたのか」
墓荒らしの目的は大体の場合は、共に埋められた貴金属などの副葬品だ。村とはいえ、伝承に残るものの墓だ。わずかでも価値のあるものがが埋まっていたのかもしれない。
さぁな。と宿の主人は大げさに両手を上げた。
「そもそも何が埋まってたかなんて、この村の誰も知りゃあしねぇんだ。掘り起こした事なんて無いんだから」
「それはそうか」
「ま、結局犯人自体は見つからずじまいだったんだが」
メグリは組み上げた水を手で手ですくい水を飲んだ。衛生面のイメージで考えると不思議だが、こちらに来てから井戸水で腹を壊したことはない。こちら世界の人々もわりと井戸水を常飲しているように見える。
魔術か異世界パワーというやつか、実は異世界人にとっての問題はあるにはあるが、昔取った杵柄でメグリだけ耐えられているのかはわからない。
「ここからが本題だ」
宿の主人が首をめぐらし、あたりを伺う。メグリの感覚でも周りに気配は感じられない。
宿の主人は一段と声を潜めた。
「掘り起こした犯人の裏にいるのが司祭様じゃねぇかって噂になってんだ」
仕事中に話を聞く時の癖で、メグリは手を組んだ。宿の主人は話を続ける。
「それなりにアグラパ様が祭り上げられるのをよく思わねぇやつは居るんだよ。その時ちょうど、アグラパ様の祭りが盛り上がってきた時分でよ。墓を暴いて嫌がらせしたかったとこじゃねぇか?」
嫌がらせかと呟き、メグリは少し考えを巡らせる。
「散らばってた骨はどうしたんだ」
メグリは右手の手のひらを見せるようにして問いを投げた。
「骨か? そりゃあ全部埋め直したよ。全部揃ってたかは知らねぇが」
あたりまえじゃないかと宿の主人は首を捻った。
「そうか。祭りは骨が出て逆に盛り上がったんじゃないか」
「おお。そうなんだよ。やっぱアグラパ様は居たんだなって酒場でいいネタになった」
「そうだろうな。嫌がらせする側も、骨を残したら遺物とされてしまうということは推測できるんじゃないか?」
「……やっぱ骨を残してるのに嫌がらせってのは無理があるか?」
まぁそうだよなと宿の主人は鼻を掻く。
さして自信がある話でも無いのかもしれない
「さぁな。墓は掘り起こされていない方が神秘性がある。だから暴くというのはわからんでもない。しかし、その場合は骨を残す理由が無い。墓を掘り起こしてみたら何もなかった。もしくは遺物は持ち去られてしまったとしたほうが嫌がらせとしては効果があるだろう」
宿の主人はメグリと同じように腕を組んで悩み、絞り出すようにうめいた。
「骨がでかすぎて持ち帰れなかったとかはどうだ?」
「それほど大きい骨をまるまる掘り起こした奴らが、そんなところで投げ出すとは思えん」
途中で大きい骨を見つけた場合は、これはまずいと埋め直すのがせいぜいなように思える。あるいは魔術で移動させるなどだろうか。
他にも骨を残す動機は思いついたが、汗で体が冷えてきたので、メグリは口にしないでおいた。
「司祭が嫌がらせするにしても、墓荒らしは手段として取らんだろう」
やっぱりそうだよなぁーと宿の主人は天を仰いだ。彼ももともとの信頼と、変わってしまったという司祭のふるまいと、宿を営む者としての立場から、決めつけてしまいたいというのがあったのかもしれない。
しばらく唸った後、疲れたように宿の主人は笑った。
「やっぱ、お宝狙いの墓泥棒ってことかね」
村を拓くのにも金がいるだろうし、実はいい物が供えてあったのかもなといった宿の主人に、メグリはどうだろうなと返した。
「アグラパ様のことはよく知らんが、身罷った時、村も今ほど大きくなかっただろう。自分の墓に金目の物は入れなかったんじゃないか」
「ん?」
「余裕がある時は見逃されこそすれ、村が困窮でもしたら、真っ先に暴かれるのは自分自身の墓だろう? 供えて埋めた者の口には蓋はできない」
今のように噂されて暴かれるのがオチだ、とメグリは笑い、なるほど違いねぇ。と宿の主人もつられて笑う。
あぁそうそう。とメグリは話を変える。
「部屋で体を拭きたいんだ。桶を借りたい」
「おっ。そうか。待ってくれ。今取ってきてやる。 そうだ。そう言えば飯はどうする?」
適当に野菜を放り込んだスープなら用意してやるという主人に、用意してくれるようお願いをした。干し肉を追加すればモモも満足するだろう。
桶を借り、井戸から水をくんで、部屋に戻った。スープはしばらくしたら部屋に持ってきてくれるらしい。
昨日体を拭いて干してあったリネンの布を手に取り水に浸す。
服を脱いで、浸してあった布を絞り、体を拭く。
体を拭きながら未だ寝ているモモに声をかけた。
「起きろ、モモ」
「……」
起きないので、メグリはベットに近づいて、優しくゆする。
「モモ。起きろ。ご飯だぞ。肉もつけてやる」
「……ん。おきる……ん〜。おにく……」
未だまどろむモモの体を起こしてやり、布を水に浸し直し、絞って顔を拭いた。ふがっとモモのうめき声が聞こえ、触角が動く。多少覚醒したようだ。
「つめたいのう……」
「目が覚めただろ」
「……最近、メグリ、またちゅーで起こしてくれなくなった」
「えっ、つめたいってそういう意味?」
「メグリの愛も儂の顔もキンキンに冷えておる……。メグリよ。冷して良いのはエールだけじゃ!……あっ。あとアイス。それと日本酒とか……」
あと、それと、えーと。と、今食べたいつめたい食べ物を羅列するモモを、ハイハイと流しながら、メグリはモモに着替えさせる服を取り、半ばメグリが手を動かして着替えさせ、椅子に座らせたところで部屋がノックされる。
宿の主人から鉄鍋に入ったスープと小分け用の木皿、さじを受け取る。
テーブルに載せ、鍋に自前の干し肉を数個入れた。
鉄鍋の乗った盆には火蜥蜴石が埋め込まれており、鍋は熱を保っている。おかげで干し肉もすぐ煮えそうだ。
「ぐっ……。火蜥蜴石……便利だな」
「便利なのに、なんでそんな辛そうなんじゃメグリ」
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