朝の村1
窓から陽の光が指し、階下で人が動き出す音が聞こえ、メグリの目が覚めた。
よだれを垂らして寝ているモモを、起こさないようにベットを出る。訓練用の軽装に着替え、身支度を整える。
水差しから水を口に含んで、桶に吐き出した後に、豚の毛と木でできた、歯ブラシと瓶を小物入れの袋から取り出した。瓶に入っている歯磨き粉を少量歯ブラシにかける。少し白い粉がこぼれて、宙に舞う。モモが反応したのか鼻をこすって寝返りを打った。
歯磨き粉は塩と殺菌効果のある木の精油、粘土質の土を乾かしたもの、香料、等で出来ているらしい。体にまずいものが入っている場合はモモが、嗅いだ瞬間、正気か? といった顔をするので、助かる。
水差しからまた口に含み、吐き出す。泡立たないが、塩気で口の中はさっぱりとした。
音を立てずに入念に柔軟を行った後、剣帯を身に着け舞草を手にとって、階段をおりる。
「おや。おはようさん。早いな姉さん」
階段下のカウンターで宿の主人が帳簿を広げながら、湯を飲んでいた。
メグリはおはようと挨拶を返した。
「ベッドが合わなかったか?」
「いや、部屋に不満はない。体質でな。眠りが浅いんだ」
正確に言うとベットが小さいので、少し丸まるようになって寝たが、これはいつものことだ。
それなら良いがと返した主人に、メグリは背の舞草を軽く持ち上げながら言った。
「この村で剣を振っても人を驚かせない場所はないか? できれば大きな木があるとなお良い」
「木?」
なぜとばかりに宿の主人は額にしわを寄せた。
「ちょっと体操にな」
「……まさかその剣で木を切るつもりじゃねぇだろうな」
あらぬ疑いをメグリが払った後、宿の主人はヤーリの森のリアエナ教の教会裏を教えてくれた。
時折集会に使われる場所で、そこそこ広い空間があり、朝は人通りもなく、日陰を作れるように大きな木が複数あるらしい。
ヤーリの村の朝はトデンの森と川からの霧で朝は湿気が多いのか、少し靄がかかり、見通しが悪い。
朝露が滴る草を踏めしめ、宿の主人に教えられた木にたどり着く。
確かに人の気配もないし、それなりに広い。舞草を振り回しても事故が起きる可能性はないだろう。
宿の主人が言っていた大きな木も確かに十分な高さと枝の太さがあり、要望通りと言えた。
さて、と心の中でメグリは気持ちを切り替え、トレーニングを開始する。
全身のウォーミングアップをじっくりと行い、体が温まったことを確認して、索で光の縄を伸ばし、複数の木の枝の上を通し、縄の端をもった。
「ふっ」
吊り輪のように自身の筋力で体を持ち上げ、ぶら下がる。そのまま体勢を変え、姿勢をキープするなどの動きを繰り返して全身に負荷をかけた。
何セットか繰り返した後、片手での縄登りを行ない、軽い疲労感を覚えたところで、着地する。
次に舞草を手に持ち小柄の投擲練習を始めることにする。
舞草の小柄櫃はもともと無かった物だが、メグリの仕事が、護衛などになっていく中で、緊急時の対応、牽制用に飛び道具が欲しくなり、後から鞘を作り直した時に両側に追加したものだ。
対手が武器を構えきる前に、小柄で一撃を加えると、生半可な集団ならば、結構な割合で怯ませ時間を作れる。良ければそのまま戦闘意欲を無くしてくれる。
一度、闇に落ちていた頃のメグリは、舞草の丈夫さにかまけて、舞草をぶん投げていた時期がある。思い返せば、文字通りのオーバーキルだったし、その後の回収が非常に面倒だった。サリの子孫から怒られもしたし、深く反省している。
投擲の練習とはいっても、実際に投げはせず、自らの体の動きを確認するだけだ。
舞草の小柄を収めた状態、正対している敵から見えないよう、手に隠し持った状態、余裕を持った遠投、それぞれを想定した動きを確認した。
その後、舞草を抜いて、ゆっくりとした動作で複数の型稽古を繰り返す。一通り終えたところで対人をイメージした上で、全力で剣を振る。
空気を切り裂く轟音が響き、風圧が草と葉を揺らす。
体全身から湯気が登り始めたころ、教会の方から草を踏みしめる音が近づいてくる事に気づいた。メグリは舞草を振るのをやめ、音の方に体を向けた。
「騒々しいと思えば、噂の従者殿か」
着古したチュニックを来た細身の男だった。目つきは鋭く、髪は短く切られている。おそらく教会の人間だろう。メグリはすまないと謝罪をした。
「なるべく音を立てないようにはしていたのだが。もう終えるところだ。立ち去ろう」
「昨日来た者たちとは君のことで違わないか?」
男はメグリの謝罪を半ば無視するように、視線をよそに向けながら強い口調で言った。
「おそらく」
メグリの返答に男は初めて体をメグリの方に向け、腕を組んだ。人差し指が腕を叩いている。
「君たちはレイアヴィエンナ、仮にも信徒。祈りを捧げる場があるのだ。まず道中無事だったことへの感謝を捧げにくるものではないかね? 日が暮れかけていたとはいえ、真摯な信仰を受け入れないほど私達は狭量ではない」
「そういうものだったのか。知らなかった」
「知らなかった。なるほど? どうやら昨日の酒場ではずいぶん村の者と盛り上がったそうじゃないか」
メグリは表情には出さないが、やはりかと胸中で呟く。
風呂の後は部屋食にしたのだが、モモの噂を広めるには、先に酒場で過ごした短い時間で十分だったようだ。
「アダスタムンの悪魔共が我々の同胞を脅かし、森では怪物が跋扈し、村の者が聖女リアエナへの祈りを疎かにしているというのに、模範を示すべきレイアヴィエンナの聖女は酒への信仰心の方が篤いらしい」
男は口の端を釣り上げながら、首を横に振る。目には疑いが見えた。
皮肉を感じて、メグリは少し面倒になった。右手の舞草を眼の前の地に突き立てる。
「それほど信仰心が心配なら、聖女の名前を冠した酒でも造ったらどうだ。お前の心配する信仰も篤くなるだろう」
それにとメグリは突き立てた舞草に、体重を預けながら肩眉を上げた。
「わたしは祈りではなく、剣を捧げる身だ。この剣が悪魔や、怪物とやらからお前たちの事を守る」
男は表情を崩すことなく、メグリを軽く睨みつけ、しばらくして身を返した。
「……まぁ、いい。早々に月の乙女と共に顔を出したまえよ」
「そうするとしよう」
「ではな。月の乙女の従者よ」
男が去ったことを確認して、メグリははっきりとため息をついた。つい喧嘩腰になってしまった事を自覚する。これではモモの事を言えない。
もう村に噂が広まっているようだし、すくなくともジスランの前での演技でのイメージ付けは無に帰してしまったかもしれない。公私分けがしっかりしている聖女ということでやっていこうか……。公私はっきりしてる聖女とは……と思いながら舞草を収め、宿に戻ることにする。
道中、先程の男の事を思い返す。初対面からあの調子だ。訪問を後回しにしたことが、よっぽど腹に据えかねたらしい。
こういう事が多いのなら、聖職者として振る舞うのも思ったより縛りが多そうだ。別に聖女のふりにこだわっているわけではないし、どうしたものかと思う。
今日もう一個上げたい。会話むずすぎると思いながら書きました




