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最後のとどめはあなたの牙で  作者: くびわつき
頭が先か胴(はら)が先か
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夜の宿1

 ジスランから宿の場所と、滞在中のカロの家となる厩の場所を聞く。どちらもさほど離れていないところにあるようだ。


 別れ際、モモとジスランは握手を交わした。


「では、モモ様、よろしく願いします。私もできることは最大限させていただきますので」

「はい。わたくし共にお任せください」


「メグリさんも、よろしくお願いいたします」

「それが仕事だ。期待には答える」


 差し出された手にメグリは握手で応じた。ジスランの柔らかい印象と違って手はゴツゴツとしていて力強い。


 見送りに出てきたジスランに家に入るよう促し、ドアの向こうにジスランが消え、メグリは宿に足を向けた。


「宿に行くか」

「んむ。……ではちょっと失礼して」

「おいおいおいおい、人目がなくなった瞬間にいちじくをいただこうとするな!」

「お、お願いじゃ見逃してくれ! いい子にしすぎて気持ち悪いんじゃ!」


 儂のカルマが善になっちゃうと、ぐずるモモを押すように道に戻す。

 今日は月が大きく、建物の色がわかるほどにあかるい。道には点々と篝火があり、虫の渦がゆらめく火を囲んでいる。


「かわゆい娘たちじゃったな」

「あぁ。手を振り返してくれてよかった」


 ジスランが教えてくれた宿は、やはり前を通り過ぎた際に宿ではないかと見ていた建物であった。

 来る時には気づかなかったが、酒場を示す緑の葉が茂る冠が入り口に掛かっている。

 大きな木造二階建てで、漏れ聞こえる騒々しさは先程より増している。


 ドアを開け中に入る。喧騒と食欲を誘う刺激的な香辛料の香りを強く感じた。


 眼の前のカウンターに、樽や、小皿が複数乗っている。カウンターの中に人の姿は見えない。右手側は酒場になっていて、何人かの男女が酒を酌み交わしている。テーブルのポテトフライと、香草がのった大きな焼き魚が美味そうだ。


「モモ、口が開いてる」

「不可抗力じゃ……」


 カウンターの奥の壁の裏が階段になっていて二階にいけるようだ。

 左奥に木の戸があり、階段はその右手にある。

 宿の人間が見当たらず、見回していると左の部屋、おそらく厨房とおぼしき

 ところから湯気の立つ皿を複数持った男が出てきた


「客か? わるい! ちょっとまっててくれ!」


 男は器用にモモとメグリの間をすり抜け、テーブルに皿を給仕をしていく。

 料理に歓声が上がる。モモがくっ、と唸った。


 戻ってきた男に、ジスランからの荷の事を聞く。給仕をしていたので、あるいは主人は別にいるのかと思ったが、男がそうだったようだ。


「聞いてるぜ。二階の一番奥の部屋を使ってくれ。荷は置いてある」


 後ろの階段を親指でさした後、宿の主人はメグリとモモのことをまばたきしながらまじまじと見る。

 モモがずっと酒場に体と触角を向けながら、よだれを垂らしそうな顔で見ていて、一切の聖女感が無い。今日はもう聖女の振りは無理だろう。

 せめてと注意をそらすためにメグリはどうした。と宿の主人に言った。


「お姉さん達、馬車にグリフォンの首ぶら下げてたって奴らか?」

「あぁ」


「あいつが」宿の主人があごで酒場の方をしゃくった。その先には、村に来た時にメグリがジスランの家を訪ねた男が、顔を真っ赤にして隣の男と肩を組んで笑っている「今度の奴らは期待できるって、でけぇ声で触れ回ってたとこだ」


 宿の主人は眉をあげて、ニヤリと笑った。


「森の怪物退治、してくれるんだろ?」

「怪物であればな。そのつもりだ」


 いいねといいながら、宿の主人は、カウンターに入ってしゃがみ込み、姿が見えなくなる。


「少し前に騎士連中が来ててよ。やつら皆死んじまったって話じゃねぇか」


 ハッと鼻で笑いながら、宿の主人はくたびれた台帳を手に立ち上がった。


「今更矢継ぎ早に送ってくるとは、お抱えの騎士が死んで、伯爵さまもメンツがあるってか」


 取り出した台帳をカウンターの上に乗せべらべらとめくり、羽のペンをずいと前に出す。名前を書いてくれということらしい。

 モニカ・モルフォと名前を書いた。書けてしまって気持ちが悪い。


「飯はそこで食える。部屋で食いたけりゃ持ってってやる。今日は魚が全部出ちまったから、肉料理しかねぇがな」

「風呂があると聞いたが」


 ああ、準備してると宿の主人は斜め後方の階段下の戸を指で指した。


「そこの戸を出ると小屋がある。今日は他に入るやつもいねぇ。好きに入ってくれ」


 頷き、メグリはモモの肩をたたいた。垂れかけたよだれをすすり、モモの意識が帰ってくる。

 宿の主人によろしくなと挨拶をしながら、メグリが先導し、階段を登った。


 二階の廊下を通り、言われた部屋のドアをあけた。窓があり、二つの椅子とテーブルがある。荷はその近くにまとめてあった。


 ベットは、ほしわらではなく、綿の詰まったベットで快適そうだ。

 ほしわらの場合は、虫がいる場合が多いので、モモが「おめーら、どこ中? 儂、ここで寝るんじゃけど?」と威圧して虫を退散させる儀式がある。言葉に意味があるかは知らない。


「いい部屋じゃないか」


 舞草とくりからを身から外し、ベットの横に立てかけた。手をかざし、メグリは目を瞑る。二つの太刀が姿が歪み、見えなくなる。


 神隠しと名がついた、メグリが使える簡単な神業(神降ろしの技)だ。静止した物体を数時間程度透明化させられる。

 最大でも1.5m四方程度の物を透明化するのが限界の上、物をなくすわけではない。

 触れられれば、技は解けてしまうが、解けたことはメグリに自分からのびる線が切れるイメージで伝わるため、簡易な盗難防止として使っている。


 ベットに座ったモモは期待に満ちた顔だ。


「さー。飯じゃ酒じゃ! 約束じゃからな。無限に喰ってやるぞ」

「先に行ってくれ。私は後から行く」

「えっ、メグリは一緒にこんのか」


 メグリは荷の中から着替えと、リネンの布、小袋を取り出す。


「あぁ、先に体をあらいたい。食事は持ってきてくれるらしいし、部屋ですませるかもしれん」

「えぇー……」


 モモは迷っていたようだが、我慢できなくなったのか、先に部屋から出ていった。良くも悪くも人をなめて掛かっているので、モモは人見知りしないし、陽気な場に溶け込むのは得意だ。

 聖女モード時とキャラクターが全く異なるのでジスランが見たら目をむくかもしれない。


 着替えと財布などの盗まれては困るものを持って、階段を降りる。カウンターに主人がいたので、後で部屋に食事を持ってきてほしいとお願いした。

 モモの様子を確認すると、既に盛り上がっていたテーブルに馴染んでいて、エールを飲んでいるのが見えた。


 階段下のドアを通ると宿の主人が言った通りに外に出た。数メートル先に小屋があって、土の道が続いている。ふと横を見ると非常に大きな木桶が、ドアを挟んで左右に二つ立てかけてある。

 小屋は高床式になっていて、入り口が高い。三段の石の階段を登り、メグリはドアを開けた。


 入り口のそばに木の棚があり、荷が置ける。

 中央に大きな丸い木の大桶があり、もくもくと湯気を立てている。

 大桶の横には水瓶がおいてあり、そばには底の浅い桶が裏返されていた。湯が熱いときや体を洗うのに使えそうだ。


 床は、すのこのように隙間のある板張りになっていて、排水はすべて下の土に流してしまうのだろう。


「おぉ。けっこう立派だな……」


 思わず独り言が出た。以前、風呂を用意してくれるということで喜んでいたら、宿の室内で大きい桶に湯が張られていたこともあった。メグリは体が大きいため、水を溢れさせないか、動いた時にこぼれないか、などなど気が気でなかった。

 湿気を気にする文化で生まれたメグリとしては、浴場専用の部屋があるだけでも嬉しい。


 正面に換気用の大きな突き上げ窓があり、閉めるか迷う。月明かりがちょうどよいし、風を入れたかったので、閉めないことに決めた。


 メグリは服を脱ぎ、丁寧にたたんで木の棚におく、着替えを持ってきたのでそちらは下段に置いた。木櫛で何回か髪をすく。固まって櫛が通らないところがあって、思わずため息が出る。


 持ち込んだいくつかの小瓶を持ち、大桶に近づく。入り口からは見えなかったが、火箸が大桶に立てかけられ、平たいスープ皿サイズの石が置いてある。大桶の中をのぞいたメグリは 「あー、サラマンティス……」眉を寄せ、少し渋い顔になった。


 浴槽になる大桶には八対二ほどの割合になる位置に、穴の開いた板がはめ込まれており、狭い方にはあざやかな黄色と黒のまだら模様の火蜥蜴石(サラマンティス)が三つほど放り込まれていた。


 火蜥蜴石(サラマンティス)は普通の石より遥かに軽く、よく熱を貯め込む性質を持ち、鉱物としては一般的な上に、加工しやすいため、調理や湯を沸かす、冬場にはかいろとしても使われるらしく、聞いている限り非常に便利なのだが、メグリはビビッドな黄色と黒の色の組み合わせがどうにも苦手で、購入するのを後回しにしている。


 火蜥蜴石をあまり見ないようにしながら、メグリは大桶の反対側に手を入れた。


「あっつ! ……いなぁ……! もぉ……」


 湯の表面がとても長時間は触れられない程に熱いのだが、底のほうは、ほとんど水のように冷たい。大桶の水と湯の層を壊すようにかき混ぜる。

 熱い湯と冷たい水で上下に別れていた感覚が、腕全体が同じ温度の湯に浸かるものになる。まだぬるい。汚れがひどいのもあり、先に頭と体を洗うことにする。


 膝立ちになり、水瓶から桶で水をすくい、湯と混ぜ、温度を調整する。少しずつ頭にぬるま湯を掛けながら、髪の中と肌のよごれを落とすように手をくぐらせた。指に引っかかる感覚がなくなるまで何度も繰り返す。


 半透明の青の瓶から、粘度のある液体を少量手に取り、手になじませ軽く泡立てる。こちらの世界の洗髪剤だ。こういった浴用の品は都市部の身分の高い者たちや、魔術師が率先して投資と技術開発をしているらしく、クオリティが高い。


 精油単体に関してはほとんどあちらの世界と遜色ないほどだ。この洗髪剤も不思議なほど泡立ちが良い。カランカの香りが広がり、気が抜けるような、安心するような心地になる。


 泡で地肌を優しく揉むように洗い、少し癖のある毛髪の一本一本が泡を纏うように入念に指を通す。


 メグリはぼんやりと今日のグリフォンのことを考えた。子グリフォンを見たが、そもそもグリフォンは卵生なのか? 胎生なのか? 卵だったらそれは食えるのか……? 目玉焼きにできるだろうか……そんな事を考えつつ、満足するまで頭を洗い、ぬるま湯で入念に流した。


 しかし、大桶にお湯のみ(ストロングスタイル)の風呂こそあるものの、こちらの世界今まで見た風呂のシステムが、体を洗ってから浴槽に入ることを推奨しているように思える。どちらかというと、古い大きい建物のほうがストロングスタイルを要求される確率が高い印象をメグリは持っていた。


「わりと日本式だよな。こっちの風呂……」

「儂らの前にこっちの世界に来たやつが、いい感じにしてくれたんじゃろ」


 入り口から声がした。ふりかえると、小屋の入り口のところにいつの間にかモモがいて、服を脱ぎ始めている。


この排水のシステムだと床下めっちゃ虫出そうだと書いた後に気づきました。

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