夕方の村3
今まで集めた情報と簡単にすり合わせる。概ねベイサム伯やコームから聞いていた話と相違は無い。メグリはヤーリの村の住民に絞って話を聞くことにする。
ジスランの話では、ヤーリの村では五人、行方不明になったということだった。
「それぞれいつ頃のことだったか教えてくれるか」
ジスランは懐から羊皮紙を出した紙を見ながら答えた。おそらく村の事件について取りまとめてあるのだろう。
「最初に失踪した者が約一年半前。その数日後に捜索に行った二人が帰ってきませんでした。そして、大体九ヶ月前に四人目の失踪者が出ました。最後は半年前に一人ですね」
努めて機械的に読み上げたようなジスランは、目をつむり、最近はそういったことがないのが、救いといえば救いでしょうかと憂鬱そうなため息をついた。
「全員森で行方がわからなくなった?」
「いえ、五人の内、二人は捜索で森に行ったあと消息を断っているのがわかっているのですが……」
ジスランがなんといったらいいか、と言いよどむ仕草を見せる。
「残りの三人が、よくわからず」
「よくわからない?」
どうにもジスランの歯切れが悪く、メグリは腕を組んだまま、眉をひそめた。
「ええ、なんといったらいいか……時期が時期なので森の騒動と関係あると考えるのが自然なのでしょうが、三人は、突然行方不明になったのです」
「行方不明……そうか。その三人は|どこに行ったのかもわからないから、森に入ったのではないかもしれないと」
ジスランは自信がなさそうに首を縦に振る。
「正確に言うと彼らには、森に入る理由がないように思えるというのが正しいでしょうか」
「入る、理由ですか?」
モモがよくわからないと首をかしげた。触角がクエスチョンマークみたいになっている。クエスチョンマークは私にしか伝わらないんじゃないか。
「ええ、失踪した村民は、森や、近隣の村、都市に行くような仕事をしていたわけではありません」ジスランは羊皮紙をもう一度見返す。「彼らは村の周りで農業を営む者たちでした。森に行く動機がないのです。なので正直、彼らが関係あるのか、ただ失踪したのかが正直不明で……かといって、夫や、妻をもつものもいます」
「二人同時ならともかく、それぞれ違う時期に、そのうえ三人は不自然ということでしょうか」
言葉を引き継いだモモは顔を伏せて、真剣な口調だ。
しかし、モモはその三人が三角関係で、二人逃避行してで一人絶望して旅立ったとかだったら面白いのになと考えている気がする。恨み恨まれとか大好きだし……
なんにせよ仮に森の騒動と関連して村の人が消えたとなると、何らかの手段で村から人が消された、もしくは人に見つからないタイミングで村から出たことになる。
どうやって、という事を考えるのはおそらく無意味だろう。
この世界には魔術がある。魔術師などの幻術などで拐かされたなどという可能性もある。大抵のことは如何様にでもなる。
「一番最近、森で死体が見つかったのはいつだ?」
「六日前ですね。村の者ではありませんでした……こう言ってはなんですが、死体が身内ではなくて良かったというのが本音です」
新しく死体が見つかったと聞いたときは、村中大騒ぎしてしまいました。とジスランは苦笑いした。
メグリは最近の天候を思いかえす。このところ、空模様は悪くなかった。何かしら手がかりが見つかるかもしれない。
「実際の場所を見たい。案内してくれるものはいないだろうか」
「それであれば、森に詳しい猟師の方を紹介できます。先程言った死体を発見したのもその人なんです」
明日すぐにでもに話を通しておきますとジスランは頷いた。話が早くていいと思う。ジスランも早々に解決したいのだろう。
モモがそういえば、と手を打った。
「この村で人の顔を牛が祀られているうかがいました。わたくし、それが気になっていて」
「アグラパ様のことですね」何気なく答えた後、ジスランはしまったという顔をした。「まっ、祀られていると行っても村の皆はリアエナ様の信徒でして、その」
モモはあっそんなつもりではと、慌てたように両手を前で振った。
「いえ、もしかしたら、わたくしと同じような方なのかなと思いまして。単に興味が」
「なるほど」ジスランはモモの触角をみなおして、納得したようだ。
「正直なところ、わたくし、あまり教えを広めるなどというのは得意ではなくて」
ジスランがそうなのですか? と思いもしなかったというようにいう。
「ひとの子のおそれるものは時と共にうつろいゆくものですから」
メグリは咳払いをした。例のごとく飽きてきていそうだ。もともとそれほどやる気がないのをエールで釣った上に、子どもたち補正が働いただろうし、長持ちしたほうだろう。
ジスランは、はぁといまいちピンと来ていない様子だったが、気を取り直したようだ。
「ちょうど今は村に私より遥かに詳しい方がいらっしゃってるんです。セヴリさんという、レトレシアの王都からいらっしゃった方で、とても聡明で」
そこでジスランは苦笑いをみせた。
「……ちょっと風変わりな方なんですが……」
そろそろ帰ってきても、とジスランが口にしたタイミングで、勢い良くドアを開く音がした。
「ただいま戻りました!」
声のあと広間に歩いていく音が聞こえ、メグリ達のいる部屋の前で足音が止まる。
「あれあれ? 知らない方がいらっしゃいますね。お客様ですか?」
明るい金の髪の女性が不思議そうにこちらの部屋を覗いている。口調は明るく、ハキハキとしていた。眼鏡をつけていて、メグリは少し驚いた。
都市で学問に身を置くものや魔術師がしているのを見たが、それ以外ではほぼ眼鏡をしている人間は見ない。
眼鏡自体は魔術と技術を組み合わせてレンズを作る技術は確立されているらしく、都市部では高級品ではあるものの、飛び抜けて高いと言うほどではない。
「セヴリさん。ちょうどよかった。紹介したかったんです。こちら、森の調査に来てくださった、レイアヴィエンナのモニカ・モルフォ様と、メグリさん」
「はじめまして。モモ、とお呼びください。セヴリ様」
「メグリだ。よろしく頼む」
「おお、レイアヴィエンナの聖女ですか。初めて見ました! 貴重ですね!」
セヴリは早足で近づいてくると、モモとメグリに両手を同時にさしだした。
これは二人同時に握手しようとしているのか……? と怪訝に思ったものの、メグリはとりあえずその手を握る。力強く握られ、握手を効率化するやつがいるんだなと衝撃が走る。
セヴリは矢継ぎ早にモモに触角触っていいです? と聞いてダメですと断られている。
「セヴリさん。このおふた方がアグラパ様のことで伺いたいことがあるということで」
ジスランが喋っているのを遮るようにセヴリが身を乗り出した。
「本当ですか! どのへんが気になります!? お姿ですか確かにそうですよね。人の顔に体は牛だなんて、とても興味深いですよね? あとは伝承の数々も実に気になりますし、どういった生態だったのかそもそも生物なのかとか――」
「――セヴリさん。お二人はお疲れでらっしゃいますし、詳しくは明日ということで」
ジスランは軽く割って入るようにしてセヴリをなだめる。割って入り方が堂に入っている。
「なんと、失礼しました! ではまた明日! 是非いろいろ聞かせてください!」
そう言って、一息つく間もなく、セヴリは部屋の外に出ていってしまった。
ルシルちゃん! テレーズちゃん! 遊びますよ! 遊びましょう! という声と、子どもたちの喜びを多分に含んだ悲鳴が広間の方から聞こえた。
「……わ、悪い人ではないんですよ? 町のいろいろな事に相談に乗ってくれますし、アグラパ様に対する興味がすごいだけで」
「ええ、それは十分」
「伝わったな……」
ジスランから軽くセヴリの経歴の説明を受ける。ジスランは村の長を継ぐものの候補として都市で学んでいた時期があり、その際に知り合ったとのことだった。いまいちセヴリの年が読みづらい。
しばらく連絡を取り合う関係でもなかったが、突然休暇などといいつつヤーリの村にきて、この村に伝わるアグラパ様に心酔してしまって、形式化していたアグラパを奉じる祭りを復興させたり、村の生産物を都市に売るための繋ぎをしているらしい。拠点を次々に変えるので、宿を借り続けるにも、家をもつにも半端で今はこの家に居候しているということだった。
途中、ジスランの話が入ってこないことに気づいた、メグリは切り上げることにする。
「モモ。今日はもう休ませてもらおう」
モモは、はいと頷いた。
「ジスランさん明日からの行動なのだが――」
明日の朝、ジスランが宿に案内人をよこしてくれるということだった。
宿に向かうことにし、ジスランに先導され、部屋を出て玄関に向かう。
玄関の反対側、広間からルシルが覗いていて、目が合う。メグリは手を振ってみた。おずおずとではあったがふりかえしてくれたので安堵する。
モモも気づいて微笑みながら手を振った。ルシルの手が加速したように思えるのは、思い込みだろうかと考えつつ、玄関を抜ける。




