夕方の村1
「や、やっとついたのう……」
「あぁ……」
二人が乗る馬車が、グリフォンやその他の怪物を振り払ったり討ち取ったりしつつ、なんとかトデンの森を抜け、追跡がないことを確認し、ヤーリの村の周りに広がる農地をよろよろと通り過ぎ、ヤーリの村の正面口にたどり着いたのは太陽がその姿をほぼ隠し、あたりが宵闇に包まれた頃だった。
メグリは大きな傷こそ無いものの、顔と体に鋭い爪と牙によって裂傷をいくつかおっていた。グリフォンを仕留めたときの血と、固まった土埃と毛で、黒と赤のまだら模様にも見える。
モモはモモで新たにあらわれた、おそらく子供であろう小型のグリフォンに襲われ、カロとともに逃げ回った結果、髪は土埃でベトベトになって、触角は顔の前に垂れ、表情は辟易としている。
メグリの腰程度の木の柵に囲われたヤーリの村は、聞いていたイメージより大きい村だった。藁葺の屋根が多いが、ぽつぽつと石造りの家も見える。入り口からは良くならされた大通りが伸びている。
日もくれかけているためか、通りから見える人影はまばらだ。村の人々は旅人には慣れているのか、日没間際に村に入ってきた馬車に物珍しげな目線を送るものの、すぐに興味を失い、それぞれの生活に戻っていく。時折、馬車の後部を見たものだけが、グリフォンの首が無造作にぶら下がっているのを見て、目を丸くした。
村のおおよそ中央には広場があり、作業台やふいごが見える鍛冶屋や鞣した皮が店先に干してある建物、看板を吊り下げ、なにかしら商っていると思われる建物が囲い、広場からは道が村の各方にひろがる。
広場の隅、ひときわ大きい影がみえ、それが気になり、メグリは目を凝らした。
「……銅像?」
暗がりにうっすら見える上半身のシルエットは人のようなのだが、どうも下半身の形状が異なるように見える。
まぁ、いい。とそれ以上は考えず視線を切った。ひどく疲れていて、今日の目的を果たす以外の事は考えるのも嫌だった。それに明日になり、日が差せばわかることだろう。
「で、今日どうするんじゃ……」
メグリの隣りに座るモモが、うんざり表情と声色を隠しもせずメグリに問いかける。
コームから買った香は、きつく閉められ、わずかにでも影響が出ぬように荷台の荷袋の中に入れ、その上からほしわらを掛け、封印されている。
「村長のところに行く。顔を見せておいたほうが」自分の姿を改めて確認した。赤と黒の斑で体躯と合わせて、絵本で出てくる赤鬼のように見えなくもない「……こんななりだが、良いだろう」
「そうか。精が出るのう」そういいながら、モモはひときわ明るく、陽気な声が聞こえてくる石造りの建物に顔を向けた。おそらくあれが食事施設が併設されている宿屋だろう「じゃあ儂はさっそく宿へ……」
「まて」
ゆっくりと進む馬車から飛び降りようとしたモモの首の後ろをメグリは捕まえた。軽い。モモの身長は160程度のはずだが、相変わらず腕が感じる重みは見た目より少ない。あれだけ食べているのに、その質量はどこに行っているかは謎だ。
「何言ってるんだ。モモも来い」
「えぇ〜!? なんでじゃ!?」
本心から嫌がっていそうなモモに、メグリは何を言っているんだとため息をつく。
「肝心の聖女が来なくてどうするんだ」
顔合わせを済ませた後であれば、メグリ一人でも問題ないであろうが、初日から長が来ないというのはおかしい話だろう。いまの格好ならなおさらである。
「聖女なんて譲る! 今すぐ譲るからぁ!!」
「譲られたところでどうにもならん」
モモの首根っこを捕まえながら、メグリは前からやってきた男と一瞬目が合う。見知らぬ馬車の御者席が騒がしいものだから気になったのだろう。ちょうどよいと道を聞くことにする。
暴れていたモモはやはり体力が残っていなかったのか、すぐにおとなしくなった。
「すまん。道を聞きたいんだが」
宿屋へ酒を飲みに行く所と思しき男は、いきなり見知らぬ馬車から声をかけられたためか、メグリとモモを少し警戒した表情で見上げる。
「ベイサム伯の使いとして来たものだ。村長の家への道を知りたい」
そこまで口に出し、使いなどと言わずに怪物退治に来たといえばよかったかと
メグリは少し後悔した。あまり使いらしい格好をしているとは思えない。
しかし、それは杞憂のようだった。男はああ、ジョスの爺さんの家かと首を縦に振ると、道の奥を指さす。
「それならこの道をもう少し行ったところにある大きい石造りの家だ。今はジョスさんの家の前にいちじくを干してあるから。すぐにわかる」
「助かる。ありがとう」
メグリの礼に男は手をあげ、そのまま歩いていく。排他的な村ではなさそうだとメグリは安心した。それなりによそ者を歓迎しない村はあって、メグリも理解はしているが、今日の体力だと心の余裕を持って受け止められそうにない。
馬車を進めると、いちじくが天日干しされている台が目にはいる。道を挟んで向かい側に大きな石造りの家があった。おそらくこれが村長の家だろう。
道の横に、邪魔にならない程度に寄せ馬車をとめる。
モモはいまだにぐずっていたが、これが終わったらエールと肉を好きなだけ飲んで食えとメグリが言ったらフンスとやる気を出していた。
心の中でちょろいやつで助かると笑いながら、鉄で補強されたドアの前に立つ。
ノッカーも重厚な作りをしており、装飾まで入っている。
来る前に聞いていた印象より、村全体が裕福な印象を受ける。
「夜分すまない。べイサム伯の使いとして、トデンの森の調査に来たものだ」
メグリはなるべく乱暴にならないように、ノッカーでドアをノックする。ややあって、ゆっくりと扉が開いた。
「む……?」
少し開いたドアの隙間から家の中が垣間見える。広間が見え、大きく重厚なテーブルになにか食器が乗っているのが見える。
しかし肝心のドアを開いたであろう、人の姿がない。
「お、鬼……」
真下から今にも消え入りそうな、か細い声がした。
視線を下げると、六、七歳ほどの少女がこちらを見上げて口をあけて、恐怖の顔を見せている。
その印象は合っているぞ少女とメグリは思った。しかし、これではまるでなまはげではないか。あとこの世界に鬼の概念はあるんだなとも知った。
後ろから、モモのおや、かわゆいのうという声が聞こえた。モモは存外子供好きだ。モモに言わせれば百足は時と場合により、とても子供に対して愛情深いらしい。時と場合によるならたいがいの親は愛情深いと言える気もする。そしてあまり考えたくない絵面ではある。
メグリはしゃがみ込み、視線を下げた。それでいてなおメグリのほうが目線が高い。
なるべく優しい声で少女に声を掛けた。
「驚かせてごめんね。鬼じゃないんだ。大人の人はいるかな?」
「え、えっと……あの……」
沈黙。
緊迫した時間が流れ、モモが後ろで何やっとるんじゃメグリ、と呆れた声を出す。うるさい、わたしだって好きで怖がられたいわけじゃないと頭の中で抗議するが、顔と声には出さない。
どうしたものか、モモとバトンタッチするかと迷っていると、少女が戸惑う戸の向こうから、
「ルシル、なにやってるの?」
という別の少女の声が聞こえた。
固まる少女のもう二、三周りは高い位置に、ひょいと十二、十三ほどの年の頃の少女の顔が新たにあらわれた。
メグリは再びなるべく優しい声で少女に声を掛けた。
「べイサム伯の使いとして来たものだ。大人の人をよんでくれないだろうか?」
そちらの少女はメグリとモモを一瞥すると表情を変えることもなく、「お父さん! お客様だよー!」と奥に声を掛け、ドアを開けてくれた。
「なんだ?お客さ……ん……?」
ドアが空き奥から、髭を蓄えた二人の父親らしき男が現れた。
メグリの姿を見て未だ慄いている小さな少女のように固まってしまった。
メグリはさすがに疲労を覚え、我慢できず、目立たないように小さくため息をついた。先程呼んでくれた少女は肝が座っていたのだなと思う。
気持ちを切り替え、口上をやり直す。
「夜分すまない。こちらはレイアヴィエンナの蝶の聖女モニカ・モルフォ。私はメグリ。べイサム伯の使いとして、トデンの森の調査に来たものだ」
「あ、あぁ!伺っております!」はっとした男はばたばたと近づいてきて、失礼いたしましたと実に申し訳なさそうに謝罪した後名乗った。
「わたしはジスラン。父ジョスの代わりとしてこの村の相談役をしております」




