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最後のとどめはあなたの牙で  作者: くびわつき
プロローグ
1/25

北の国 夜

 指が凍えたように動かない。一本ずつ、時をかけ、柄から手をはなす。顔を上げた向こうの空に星が出ていた。

 見回すとほうぼうに焔が残り、わたし達を照らしている。

 近くの堀の水面にはまるい月がたゆたう。今日は満月だったと知った。

 月とともに写りゆれる残火が、かがり火に見え、幼い頃の社の夜祭りも満月だったなと益体もなく思う。


 一息して、腹に力を入れる。姫の腰を挟みまたいでいた足を浮かし、右足を軸としてまわるように体を退いた。


 うつむくように息を整えようとしたが、体が重い。

 どうにも息苦しくたえられなくなり、兜を外す。

 髪が、汗と乾いた自らの血で肌にへばりついて気持ちが悪い。苛立ちを覚え、むしるように面貌を取り、胴の蝶番を無理に外し脱ぎすてた。


 ようやく充分を感じ、あえぐように息を整えながら籠手を外す。ややあって傍らに倒れた姫を見た。


 姫の心の臓を貫き立つ、朱く濡れた刃に写る火のゆらめきが美しい。

 以前に聞いた、屍から精を吸い上げて美しく狂い咲く桜のことが頭によぎった。ひどく恐ろしく感じて、傷を広げぬように胸から小太刀を引き抜く。鮮紅の血と桜色のなにかがまじわって刃にまとわりつき、粘った。


 小太刀を置き、体をずらし膝を揃えて腰を落とし、わずかでも傷つけぬように姫の頭を抱える。闇夜のように黒い髪が手からさらさらと落ちた。土と血、熟んだ桃のような香りが匂う。

 抱えた頭を腿に載せ、乱れた髪を整え、口から溢れた血を指でそっとぬぐう。静かに眠ったような姿が愛おしくなり、頬をなでる。


 指についた血はぬるく鮮やかで、紅のようなそれが欲しくなり自らの口に軽く塗る。のばすように上唇でかるくおおうとぬるりと唇が滑り、錆びを感じた。

 少し気恥ずかしくなって、ごまかすようにしらずしらずのうちに口元が緩んだが、だんだんと本当に可笑しく思えてくる。自らが道化になったように思えてしまって。過去の自分の失敗をふいに思い出して笑うときに似ていた。

 ――しかし、あぁ、なんて――


「――あまりに、あまりにむごい仕打ちではありませんか。おたけ様……」


 可笑しいと思っていたのに、自然に恨み言が出てしまい、驚く。

 胸が潰されたと錯覚してしまうほど痛い。自らのおもいが口から出てしまわないように、胸がきつくきつく、管を締めていた。


「……なぜ、なぜ、わたしだったのですか……っ」


 それでも、言葉が出てしまうと堰を切ったように、もう止まらなかった。

 どうしてこうなってしまったのか。

 他に道はなかったのか。

 なぜわたしでなければいけなかったのか、

 ぐるぐる、ぐるぐる、同じような言葉がとめどなく頭をめぐる。

 抑えきれずあふれた言葉は雫となって頬を流れた。伝う涙がわたしの血と姫の紅をゆるゆると流す。


「このような、このように……!」


 なるならば、と口にするのがはばかられて、喉で止める。

 さだめだったと理解している。遂げてほしいと願ったのは姫で、遂げたいと願ったのはわたしだった。

 それでもおもいがとめられなくて、こころが苦しくて辛く、このような責苦が続くのならばもはや――


「――おやおや。そうまでに気をおとすとは」


 不意の声に、驚き、顔を上げた。


「……お、たけ様?」


 白く雪のような肌、吊り気味の目。つい見惚れてしまったときに、ふいに目を合わされ、笑いあったあの時と同じ顔をして、

 優しく、わたしに二人だけの名をつけてくださったあの時と同じ声で、

 細く、抱きしめた時に折れてしまいそうと心配になった、あの時と同じ体を持った、

 わるいゆめのようなものが、そこに立っていた。


「儂の牙で鍛えた太刀を佩いてまで、貴様がしとめたというのに、いやいやまったくひとの子とは」


 愛い(めぐい)ものであるなとそういうと、それは、にやにや、にやにや、知らない笑みをみせる。


 あぜんとし、首をめぐらせた。

 見れば、くりから、と銘を受け、姫のさだめを終わらせた小太刀が、

 井戸水に墨をたらしたように、渦を巻き、どす黒く染まりつつあった。


「しかし、そこまで手を尽くし遂げたというに、そなたの顔ときたら!あんまり哀れで涙がでるわ。……ふふふ。くふふふふ」


 『それ』は、裾で隠してこそいるものの、口を黒い三日月のように大きく広げ、肩を揺らして笑った。

 何を笑っているのかわからなかったが、ただ、まずいという直感があった。

 忍びとして、鬼として、いくさばの勘がそういっていた。

 だというのに、なお体が動かなかった。

 おたけ様はそこに、すぐそばに、お倒れになっているのに。

 あるいは、もしや、という言葉が、剥がしても剥がしてもにじみ出てこびりつく。


「ふふ……いや、悪い悪い。軽々(けいけい)であったな。……どれ、詫びではないが、そなたとは永い付き合いになりそうじゃ。呪をかけておくのも面白かろうし」


 それは口を閉じる。表情が消えた。すぅ、とこちらに一つ、歩み寄る。


「そなたをらくにしてやろう」


 そうかと思えば、よく知っているかのように、染み付いているかのように、おたけ様と同じようにわたしに笑いかける。


「めぐり」


 あぁ、こいつは違うと確信をした。これは怨霊だ。おたけ様を苦しめた、山を七つ半巻くという大百足の怨霊だ。


「このたびはよくおもいをとげてくださいました」


 同じ面をしていても、同じ声をしていても、同じ体を持っていても、同じ笑みをわたしにくださっても――おたけ様はわたしをそう(めぐり)とは呼ばない――

 知っている。この眼の前の怨霊は、今、ここで討ち倒さなければまた災いをなすと知っている。

 なにより、ここで果たさなければ、託されたおもいを遂げることができない。


「おたけ……様……」


 でも、それでも、わたしは、その時――


 わらう。おたけ様のような、憎き仇だったはずのそれは。

 

 おたけ様は笑う。

 

 そのまま、慈しむようにわたしの体をだきしめた。肌が触れる。狂おしいほど、あたたかい。


「こんどが、わたくしが、そなたをえいえんにあいしてさしあげます」


 ――ただ、もういちどこの笑顔が見られてよかったと、そう、思ってしまった。



 それから、私(達)は、従属し、絶望し、戦い、敗北し、戦い、敗北し、諦め、立ち上がり、圧倒し、空虚を感じ、妥協し、和解して、共闘して、少しだけ理解し依存し合い、


「おい!! モモ!! なんだあの青い光の輪は!?」

「ひゅー! ほんとに開いちゃった!! 儂ってスゲー!!」

「開いちゃったって……何を!?」

「え、ワームホール(異世界行きの扉)ってやつ?」

「はぁ!? ……おいおいおいおい!! このままじゃ吸い込まれるぞ!?」

「当たり前じゃろ。そのために開いたんじゃから! いぇー! レッツ異世界転生! ……あっ転移か」

「どっちでもいい!! 早く、あれを閉めろ!! なに笑って……おい! しがみつっ、くすぐるなぁ! やめっ、やっ……あっっ!!!!!」



 なんだかんだいろいろあって――異世界に来てしまったのだ。

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