スチュアートエイジ「ビーナス(金星)」
スチュアートエイジ「ビーナス(金星)」
ファイルナンバー*****……Venus。
気温460℃、圧力90気圧、地表付近風速1メートル。
1982年、ソ連のベネラ14号が電波を確認。
ロシア語で金星の事をベネラと呼ぶ…
何の成果も果たせなかった私に、当局からは何のお咎めもなかった。メモリーに記されなかった映像や音声も、磁場による機器の故障と判断されたが、多分信じてはいないだろう。
AIラムダのデータ解析により、私の無実は証明されたが疑いはまだ晴れていない。公式文書には、まだ調査中と記されている。
何らかの接触があった事には間違いはない。
私の記憶でさえ確かではないからだ…
彼らとの約束は、その時が来るまで封印されるだろう。
守らなければならない、それが、人類の進化に必要なことだから…
地平線まで続くトウモロコシ畑、
のどかな風景は、この町のお人好しな人々の心情を表している。
赴任してから早一年、退屈きわまらない大学の授業は、生徒の睡魔を誘い出す格好の呪文にしかならなかった。
「ありきたりな平凡こそが幸せだ」と言った誰かの言葉を思い出した。
そんな夢物語を思う自分と、「内宇宙と外宇宙の変革」という現実を考える自分。焦りと不安が交互に襲い、私の崩壊しそうな前頭葉に、いささか嫌悪感がさしてていた。
ああ、ダメだ…
……朝、
今日もまた、地獄のような退屈な時間が始まる。眠い眼を擦り、絶望的な心情で車を走らせる。
ピピピピッ、
突然、私のスマホに一通のメールが来た。嫌な予感がする。
「SSL. plus member ID……」
やっぱりだ、再び難解なミッションが舞い降りた。この生活から脱出できる。喜びと不安がよぎる。
これは希望なのか絶望なのか…
金星、
ラテン語でVenus、太陽系で水星の次に太陽に近い惑星だ。
分類、地球型惑星、表面積4.60 ×10の8乗平方キロメートル。
大気は、二酸化炭素を主成分とし、わずな窒素とで構成されている。公転周期は224.701日。大きさ、平均密度と、ほぼ地球に近く、地球の姉妹惑星とも言われる。
地球人からは「明けの明星、宵の明星」と呼ばれ、先人たちからは、神秘的な魅力で女神と敬っていたらしい。
概要は読んだ。
不思議なくらい地球と一致する箇所が多すぎる惑星。これが今回のミッションだ。
ただ、今更ながら、私が調査する事が理解できない。他に適任者はいたはずだ。しかも、また一人で…
試されているのか、それとも、彼らとのコンタクトを望んでいるのか、私は納得できないままミッションの準備を進める。
漆黒の宇宙、
スイングバイで加速した探査船ファイヤーバード号(趣味の悪い名前だ)は、目的の軌道に到達した。
距離、2億5800万km。秒速10kmで48日程度で到着だ。
まあ、プラズマイオン推進エンジンでは大したことはない。月面基地US .Moonからの発射だ。
すべて順調。
再び、相棒はAIラムダだ。
「また、御一緒にお仕事をすることになり光栄です」
ラムダの挨拶は的確だ。
「ミッションデータは、理解しているねラムダ」
「はい、ミスター スチュアート」
「ミスターは、やめてくれよ」
「はい、解りました。スチュアート」
あの時の干渉で、データの損壊は無いと判断されたラムダだが、不安もよぎる。
「今回は気温460度、過酷な環境でのミッションだ。一瞬のミスで君も私も生命を奪われてしまう。頼むよ、ラムダ」
「OK、スチュアート」
金星が見えて来た。
相変わらず鈍い灰白色だ。確かに眩いぐらい光ってはいるが、
「スーパーローテーション(高速風)は、標準速度です。気圧 地表92atm、気温467度、」
「前方にビーナスエクスプレスを確認しました」
ビーナスエクスプレスとは、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が打ち上げた金星探査機だ。
大気の上層からオゾン層を発見し、大陸の概要も解析した。現在、3号機が機能している。これは非公式だ。(表向きは2号機まで)
今回、我々は、上空125kmの箇所にあるマイナス175℃の極低温箇所から突入する。この低温層は、2つの高温層に挟まれており、夜間大気が降下時に優勢になっている。
定刻、
「くれぐれも、ビーナスエクスプレスには気づかれずに潜入しろ、ラムダ」
「OK スチュアート、突入します」
ゴゴゴゴゴゴ……
ミッションは、現場での変更はある。
本機から分離したバードトライアル号は、滑るように金星の大気圏に突入した。
「高度70km、硝酸雲確認、密度大」
シューッ、
計器に、熱ではない酸性での機体損傷データが出る。
ガクン、
同時に、大きな機体の揺れも伴った。
「あと距離20kmで硝酸雲分解層から離脱します」
「10、8、2、1、離脱します」
ガタン、シュッ、
酸性損傷が収まった。
「高度45km、標準雲層に入りました」
機体が落ち着いてきた。雲粒は二酸化炭素が多いため、抵抗は格段に低い。
しかし、今度は風速350km/hの地獄の嵐が待っている。ジェットコースターの数十倍のスピードが機体を襲う。
ゴオオオオー
雲の最上層と最下層では、雲泥の差だった。
「緊急事態、機体上部に負荷大、侵入角度に支障があります」
バードトライアル号の機体の上部が持ち上がり、水平飛行が困難になったのだ。
「ブースター点火、姿勢制御優先大」
まるで台風の中にいるように機体が上下に振り回される。
目が回る。
「最下層、離脱します」
バシュッ、
だんだん風速が落ちてきた。
予定通り、地表では時速数km程度の風しか吹いていない。気圧は相変わらず92atmのままだ。
「気圧急速低下、」
「50、35、12…1atm、」
「そんな馬鹿な、」
ビーナスエクスプレスの観察では、ありえない状況だ。アルマ望遠鏡とジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡でも確認ずみのはずだ。
咄嗟に頭によぎる。
あのデータは捏造?
まったく、ESAには、はたはた嫌気がさす。
CIAの情報もすべてが真実ではないが、ESAは嘘ばかりだ。
私たちの常識は、すり替えられている事が多い。ここまで騙されているとは、つくづく腹が立つ。
まあ、地球上でさえ真実ではないのだから、まして金星などは、違うに決まっているのか、
完全にはめられた。ミッションを任された時点で気付くべきだった。
この極秘ミッション自体もEUには秘密だが、
EUは、当局に探査を代行させる事が目的だったのだ。ビーナスエクスプレスで、こと細かく探査状況を観察する。「漁夫の利」中国の古いことわざを思い出した。あきれてものが言えない。
「ラムダ、君は解っていたのかい?」
「はい、スチュアート。私の計算では85%の確立でフェイクです」
「まったく、何故教えてくれなかったんだ、」
「ミッションプランに支障を起こすためです」
やっぱり、こいつも信用出来ない…
安定飛行、視界が開ける。
さっきから気になっていたが、この大陸、オーストリア大陸に似ている。
錯覚か?
金星表面には、地球の大陸に似た大陸が多々ある。イシュタル大陸、アフロディーテ大陸、ラダナ大陸。
この北部のイシュタル大陸などは、オーストラリア大陸と同等の大きさだ。
しかし似過ぎている。オーストラリア大陸そのものだ。
平野や高地などもそっくりだ。地球にいると勘違いしてしまうぐらいだ。
いくら姉妹惑星と呼ばれていても、46億年も経っているんだぞ、そんな馬鹿な、
南部のアフロディーテ大陸が見えてきた。南アメリカ大陸にそっくりだ。
極地のラダ大陸などは、南極そのもの。
異常だ、異常な世界だ、
私は、夢を見ているのか?
昔、「惑星ソラリス」という映画があったが、それを思い出した。
あの映画は、人間の想像力が現実に出現する惑星で、最後、主人公が故郷の町をも想像で作り出してしまう話だった。
私も想像力で地球の大陸を作り出してしまったのだろうか?自分を疑う。
「水平飛行、目的地に向かいます」
バシュッ、
…建造物が見えてきた。
風化しているが、明らかに人工的な建物だ。
砂漠に掘り出された遺跡のように、たたずんでいる。四角錐のピラミッド状の建造物。よく見ると、近くにクレーターが数個ある。縁が円形状に盛り上がっていて、そこだけが異様に赤い。
当初の目的は、金星の地形調査だった。過酷な環境によるドローンでの調査。私が降りることはない。
が、ミッションは現場での変更はある。
「左舷、平状砂丘が着陸適応です」
「バードトライアル号は、ピラミッド付近の砂丘に着陸する」
「着陸用意」
「OK、スチュアート」
シューッ、
バードトライアル号は静かに砂丘に着陸した。
後部ハッチが開く。白色の乗り物が現れた。
「ユーティリティビーグルEUV1-BT」ラムダの第二端末搭載の探査車だ。
私は、ビーグルに乗り込み探索に出発する。
追加情報がきた。金星には太古、我々地球と同じ環境の時期があったそうだ。それは、同様な生命を作り出し、同時期に進化を遂げたらしい。知的文明も創造されたが、地球より1億年ほど前に滅びたそうだ。理由は不明。現在、金星での生命は消滅。
「ボロボロだ、かなり風化している」
朽ち果てたピラミッドは、文明の破片をかろうじて残していただけだった。
「微生物反応!」
「大気中に微生物反応があります」ラムダの声。
簡単に覆される、もう驚きもしない。
「ラムダ、アナライズ」
「OK、スチュアート」
現状金星の大気物質と地球上の大気物質はまったくの別物であった。しかし両者とも、かつてはほぼ同じ大気から構成されていたと理解する。クレーターのようものは隕石落下跡で、地球上で恐竜などの生物が隕石の衝突により絶滅したように、この星の住民も星外からの隕石を防ぐ方法は持っていなかったらしい。
ビーナス・エクスプレスによる観測データでは火山活動の記述が多かった。隕石による衝突が火山活動に影響し、急速な環境変化の原因にもなったらしい。
哀れな星だ。生き残っているのは微生物だけか、それも、微量。滅びるのが目に見えている。
ピピピピッ、
大気圏外のファイヤーバード号から、レーザースキャンの立体画像が送られてきた。
「観測データの一部に、崩壊されていない都市を発見しました」ラムダの声。
「なに、」
私は、バードトライアル号に急いだ…
海面を飛ぶ。
極地、ラダ大陸に向かう。
氷上に四角錐の建造物が見えた。同色で上層では区別がつかなかった。
またピラミッドか、
南方極地のピラミッド、皮肉なものだ。以前調査した、地球上の南極ピラミッドを思い出す。
ユーティリティビークルを降りる。
凄い、
昨日、建設されたようにピカピカだ。塵一つ積もって無い。
恐ろしいほどの技術!
ヒューマボットが、ビークルから出てくる。ラムダの第三端末だ。
「お待たせしました。では、行きましょう」
どっちが主人だか解らないぞ。
正面の廻廊に向かう。動力は解らないが遊歩道のようなもので前に進む。人気はない。氷のような建造物が目に入る。全て人工物らしい。
入り口が開いた、狭い空間に案内される。
「エレベーターか、」
私とラムダは、光と共に上昇した。
シュン、
全面窓のような広い部屋に出た。柱も無い。家具も無い、何も無い。
その中心に、
人だ、白い服の男性が立っている。
サッ、
相変らず、無意識に銃に手がいく。
カタカタカタ…カタ、
ラムダが、見たことのない反応を示した。全身が点滅し、異常な動きだ。
壊れたか?
「す み ま…せん、彼、との…コンタクトの・時間が*かかりまして…」
「初めまして、スチュアートさん」白い男が喋った。
私は、いきなりの挨拶に驚いた。
「……初め…まし…て…」ラムダの声。
「彼は、金星、人です」ラムダが喋る。
「何に!」
「私は、ベネラ。この星の管理を任されているアルムです」
「アルム?」
「管理者のことです」ラムダの声。
「やっと来てくれましたね」
「あなたたちに、ベネラの文化を伝える為に、私たちはパルム(パルス)を送っていました。長かった、ファウムコンスン(ファーストコンタクト国)は、悪意を持っていたので直ちに消去しました」
「ファウムコンスン?」
「ファーストコンタクト国です」ラムダの声。
ああ、あの国か、
危ない、危ない、私も危ゆく消去されるとこだった。ラムダがいなかったら…ゾッとする。
「現在残っている建造物は、ここだけです。ベネラの民は、生命が滅びた後でも後世に先人たちの経験と失敗を伝えるべく、極地にアルカディム(アーカイブ)を建築しました。ナノマ(ナノマシン)を使い、再生修復を維持し続けました。他の建物も同様です」
「しかし、ナノマもワシオウム(1億年)ほどの経年劣化で故障を繰り返し、この建物だけしか残りませんでした」
「近年の異常な高温大気は、地表の建造物の乾燥を引き起こし、風化作用を促進しました。ここも後、サムウ(数年)で崩壊するでしょう」
「もう僅かしか時間がありませんでした。これで目的は達成されます。ありがとうございました」
「私の生命力も最後です」
「そんな…」
シュン、
突然、眩い宝石が出てきた。人の頭ほどの大きさだ。
「これを受け取ってください」
大きい、
「どうやって使うのですか?」
「それは、貴方たちの文明が発達した時、理解されるでしょう」
また、未来への遺産か、異星人はナゾナゾが得意だ…
「この星系は、未成熟です」
どっかで聞いたことがあるセリフだ。
「私たちの二の前は踏んではいけません。多面的心情コントロールをしなさい。それが、貴方たちが生き残る条件です」
「また、多面的心情コントロールか」つぶやく。
「その考えがいけません」
ギグッ、
「す、すいません……」
「発進用意、」
ゴオオオオ、
バードトライアル号のエンジンが動く。
ベネラがお見送りをしてくれた。
たった一人で、この星を守っていた彼、最後の金星人。金星文明の誇り、金星文化の存続のため、死んでしまった仲間に代わり使命を果たし続けた。気の遠くなるほどの時間だったろう。
私の地獄のような退屈な時間など、まだまだ子供の遊びにしかならなかった。
さようなら、ベネラ。
さようなら、金星……
「ラムダ、帰還する」
「OK、スチュアート」
追記
金星、高度な文明痕跡あり。地球文明と類似性多々。しかし、現在消失。
極地にて最後の金星人とコンタクト。知的情報デバイスを譲渡される。
デバイス、解読不能。科学の進化を期待し、将来への遺産と理解。
解読の為の必要事項。
人類の多面的心情コントロール……
私は眠い眼を擦り、記録を書き終えた。
夢を見よう。
絶望的な未来ではなく、希望的な未来のために…