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前段と後段で時系列が違います。◇◇◇の上と下で、現在と過去を分けて書いています。

読みづらかったらごめんなさい。


~現在。クルツの視点。ジルの策略~


「普段は穏やかな人がキレると怖いと言うのは、本当ですねぇ」


「サナリアのダンジョンボスを余裕の笑顔で倒す男が、真顔になっていたからな。あれは恐ろしかった」


 口々にあの時の失態を揶揄われ、僕は穴があったら入りたくなった。あの時はシーファを貶されて、完全に我を忘れてた。恥ずかしい。


「お兄ちゃんは昔からそうだったもの。自分はどんなに悪く言われても笑ってたけど、私の悪口を言われたら、相手が怖そうな大人だろうと、向かっていってコテンパンにしてたもの」


 シーファがクスクス笑いながらサラリと僕の恥ずかしい過去をバラす。うぅ、やめてくれ。


「護人は何者からも聖女を守り抜くのがその性分だと言われているが…。クルツのはただの妹バカであろうな」


 ジル様の言葉に、皆が思い当たったのか、一斉に噴き出した。


「た、確かに。クルツ様はシーファ様のためなら、どんな事でもなさいますねぇ。昔、シーファ様が絵本で読んだキルカサンスの花の蜜が飲みたいと強請られて。クルツ様がモジス国のリェン山に登られた事を思い出しました」


 笑いながら涙を流していたアーツさんが、昔の話を持ち出す。


「モジス国の騎士団が2年に一回、死傷者を出しながら魔物討伐を行うような恐ろしい山で、単身、山中を駆け巡ってキルカサンスの花を探されて…。ついでとばかりにあの山の主を倒してしまわれて、今ではリェン山はすっかり魔物の姿もみえなくなって、モジス国では手付かずだった山の恩恵に与れると大喜びですよ。功績を讃えてクルツ様に叙爵させようと話がでましたよね」


「ちょっと、アーツさん。そんな昔の話っ!」


 うわっ。まだ僕が今より冒険者のルールとか分かってない時のことじゃないか。あの時は、ジル様に危ない事をするなと、しこたま怒られたんだ。誰にも言わず、リェン山に入って魔物を狩りまくったから、モジス国のギルド長にも報告ぐらいしろって怒られたんだよなぁ。


「リェン山の魔物は、度々、付近の町や村を襲っていたからな。モジス国の民も、お前に感謝しているさ」


 ジル様に優しく言われて、僕は漸く顔を上げた。うん、恥ずかしさで真っ赤になっている自覚はあるよ。


「叙爵…。モジス国でも、クルツに爵位を?」


「あぁ。クルツは爵位を持つと、モジス国から簡単に動けなくなると心配して断っていたからね。あの頃はシーファがローザン王国に戻る事は決定していたからな。シーファの為に身軽な立場でいたかったようでなぁ…」


 アルフの言葉に、ジル様が答える。答えながら、思案する様に、僕を見つめた。


「ふぅむ。もうシーファはローザン王国に縛られる事はない。もう一度、モジス国での叙爵について、宰相に相談してみるか…」


 ジル様の小さな呟きに、アルフがピクリと身体を震わせた。


「クルツや。モジス国からな、縁談の話があるんだ。お相手は、ほら、お前も知っているアン王女だ。シーファとも仲良しだろう?」


「えっ?」


 ジル様の持ち出した縁談に、僕は驚いた。確かに、アン王女の事はよく知っている。僕もシーファも仲良しだけど。


「まだアン王女は7歳ですよ?僕、あの子がヨチヨチ歩きの頃から知ってるんですよ?」


 そんな相手と結婚なんて。無理に決まっているじゃないか。


「そうかね?なかなか似合いだと思うが。貴族ならそれぐらいの年の差婚など一般的だよ。シーファがローザン王国の籍からぬけるのだ。今は()()()()ネール王国に籍を置いているが、いずれはモジスに移っても構わんだろう?その時にクルツがアン王女と結婚して、爵位も賜ればシーファを守りやすくなるぞ?」


「シーファを…」


 シーファを守る為…。

 いやでも、流石に7歳は無理だよ…。

 それに、僕は…。

 その時脳裏に浮かんだある人の顔に、僕の頭は沸騰した様に熱くなった。いやいやいや、何を考えているんだ、僕はっ!不敬すぎるっ!


「ジル大神官!シーファの我が国への移籍が一時的などと、勝手な事を言わないで頂きたいっ!」


 アルフが激昂しているが、ジル様は気にした様子もなく、シーファの手を握り、力無く呟く。


「シーファや。ローザン王国では本当に辛い思いをさせたねぇ。私はもう、可愛いお前たちを手放したくはないのだよ。老いの身に、お前たちの悲しい知らせは酷く堪えてねぇ。お前たちを可愛がっていた神官達も、それはそれはシーファ達の事を心配しているのだよ。どうかモジスに帰ってきておくれ」


 ジル様のションボリとした顔に、僕ら兄妹は弱い。大神殿の神官様達も、僕らをとても可愛がってくださっていたから、皆に心配を掛けてしまった事に、心苦しくなった。


「そうね。一度、大神殿に帰って、皆様のお顔が見たいわ」


 まんまとシーファからそんな言葉をひき出して、ジル様が陰でニンマリと笑い、それを見たアルフがマジギレした事に、僕ら兄妹は全く気づいてなかった。



◇◇◇



クルツの回想〜ローザン王国での出来事2


「お兄ちゃん」


 僕の胸に、小さくて柔らかいものが飛び込んでくる。


「大丈夫。わたしは大丈夫だから」


 僕は瞬時に火剣を消失させた。怒りで沸騰していた頭に、冷水を掛けられたようだった。危うくシーファを傷つけるところだったのだ。肝が冷えた。


「っあ、危ないよっ!シーファ!魔法を使ってるときは、僕の前に立っちゃダメだって、いつも言ってるでしょ?」


 僕の注意に、シーファが涙目で顔を上げる。僕の胸までしかない小さなシーファ。抱き止めた身体は細くて、軽くて。

 妹が産まれて、その小さな身体を初めて抱き上げた時、僕は自分の役割を理解した。僕の全てをかけて、シーファを守らなきゃって。必ず、小さな妹を守ってやろうって。

 

 そんな僕が、万が一にもシーファを傷つけてはならない。


「うん、お兄ちゃん。ごめんなさい。大好き」


 ホッとしたようなシーファの顔。サラサラの蒼髪を撫でると、安心したように目を閉じた。


「バカクルツ。ようやく正気に戻ったか」


 後ろ頭をスパンと叩かれ、振り向くとアルフの呆れた顔があった。


「クルツや。燃やすのはちと問題があるからな。我慢しておくれ」


 ジル様が、僕の頭をポンポンと撫でて宥める。うん?燃やす?


 気付くと、僕の目の前にはローザン王国の王様や王妃様、ハリス王太子やその他諸々の貴族の皆さんが、気を失って倒れていた。あれ、皆さんの顔がちょっと、煤けている。ドレスや上着の端は、焦げがついてボロボロになっていた。各国の招待客の皆さんが、青褪めた顔で遠巻きにコソコソしている。


 もしかして僕、怒りすぎてやり過ぎちゃったかな?チョッピリ、床が溶けているのに気づいて、血の気が引いた。

 えっと、何をしたんだっけ?


「お兄ちゃん。私、治癒は出来るけど、あまり怪我人は増やさないでね?」


 ちょっと怒ったシーファに叱られた。妹に叱られるなんて、何年振りだろう。


「聖女様、護人様」


 そこへ、誰かの声が掛かった。僕は、反射的にシーファを抱き寄せ、背後に庇った。

 僕のその態度に、声を掛けてきた壮年の男性は、酷く悲しげな顔になる。


「マウリス辺境伯…」


 シーファが僕の背中越しに、声を掛ける。ポンポンと背を優しく叩かれる。この人は大丈夫、という意味だろう。僕は警戒しながら、そっとシーファの側に退いた。


「聖女様に名を記憶に留めていただけているとは、光栄にございます」


「何を仰います、王弟殿下」


 シーファが丁寧に頭を下げる。王弟殿下って、ローザン国王の弟ってことかな。そういえば、国王の弟が何年か前に臣籍降下して辺境伯になったって、シーファからの手紙に書いてあったっけ。


「此度の事、ローザン国王に代わり、お詫びいたします」


 マウリス辺境伯が深々と頭を下げる。その態度には、ただただ深い陳謝の心があった。


「マウリス辺境伯のお気持ち、お受けいたします」


 シーファがそう返すと、マウリス辺境伯は一瞬、泣きそうな顔になった。


「慈悲深き、聖女様のお心。感謝しかございません。我が国は、聖女様になんたる無礼を…」


 チラリと倒れている国王陛下達に視線を向け、マウリス辺境伯は深いため息を吐いた。


「この者たちが仕出かしたツケを、我がローザン王国は払わなければなりません。ですが、どうか。何も知らない民だけには、シンツ神様の慈悲を賜われる様、切に願います」


 その声音は、シンツ神様のお怒りを受ける覚悟を決めた施政者のものだった。


「私からもシンツ神様のお慈悲を願いましょう。騙されていた民に罪はありません」


 シーファの言葉に、マウリス辺境伯は深々と頭を下げた。

 バカな身内を持つと、苦労するものだ。僕もシーファに迷惑をかけない様に、気をつけなくちゃ。


「マウリス卿。ローザン王国はこれから、過去例にない、過酷な時代を迎えるであろう」


 ジル様がシーファの肩を抱き、そっと背後に下がらせた。


「マウリス辺境伯。ローザン王国は、王族は元より、貴族の大半が聖女の迫害に手を貸し、シンツ神様の選んだ聖女を否定した。聖女を齎したのに、そのお心を踏み躙る行為は、到底、大神殿としては許容できない」


 ジル様の声は厳しい。シンツ神様を蔑ろにしたことに対して、勿論、大神官としての怒りはあるのだろうけど、ジル様はシーファが小さな頃から辛い修行で泣く度に、厳しく、優しく導いて下さった方だ。シーファがどれほど聖女として頑張ってきたのかを知っているから、余計に許せないのだろう。


 ジル様の厳しい言葉に、マウリス辺境伯は項垂れる。偽聖女である事を知っていて止められなかった彼も、罰は免れない。


「…だが、何も知らず、王の言うままに偽の聖女を崇めてしまった者からまで、恩恵を取り上げる事は、シンツ神様も望んでいないでしょう。その者たちを救う事に、我らシンツ神殿は尽力いたそう」


 ジル様は力強く請け負って下さった。マウリス卿はグッと表情を引き締めると、頭を下げた。


「有難き、お言葉です…」


 不遇な時代でも、民達の安寧の為に、頑張って欲しい。

 そうすれば、いつかシンツ神様の怒りは、解けるだろうから。




 










 

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