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前段と後段で時系列が違います。◇◇◇の上と下で、現在と過去を分けて書いています。
読みづらかったらごめんなさい。
~現在。クルツ視点、聖女の護人~
「聖女の護人?」
初めて聞く言葉に、僕は戸惑った。
「やっぱり…」
アルフが納得して呟いたけど、知ってるのかな?
「非常識の塊だからな、コイツは。難易度S級のサナリアのダンジョンで、ボス部屋を複数回攻略したのもどうかと思うが、縦横無尽にダンジョン中を駆け回り、魔物という魔物を狩り倒していた。A級レベルの魔物を踏み潰して討伐したんだぞ?同道した私達は、魔物の落とした素材拾いしかしなかったんだ」
非難がましくアルフに睨まれ、ジル様は呆れた様に僕を見てる。
「初めてお前が大神殿を訪れた時、土産にと持ってきた魔物は、討伐推奨レベルA級の『ボー』だ。12歳の子どもが単独で狩れるものではない。ボーを担いだ子どもが大神殿にやってきたと、大神殿中が大騒ぎになったんだよ。門番をしていた神殿兵から、『得体のしれない恐ろしい魔物が子どもに化けているかもしれない、モジス国へ援軍を頼むべきか』と相談された時は、何事かと思ったよ。それにねぇ。お前が開拓した大神殿へ至る森は、高位クラスの魔物の巣窟で、『帰らずの森』として知られているんだ。1人で登る事自体、非常識なんだよ」
ボーは僕が生まれ育った村の近くの洞窟にいたから、おやつ代わりによく狩ってたよ?
僕がギルドで非常識の塊って言われてたのはもしかして、書類仕事が苦手だからそう言われてたんじゃないの?
「討伐不可能な魔物を簡単に狩ってくるから、アーツが頭を抱えていただろう?値段のつけようがないとな」
ジル様の言葉に、アーツさんが苦笑いをする。た、確かに、偶に獲物を持っていくと困った顔をされたけど。
「お前が狩ったヤトラス山の氷竜は、アーツさんから相談を受けて、丸ごとネール王国が買い取った。素材もそうだが内包する魔石が市井に流出すると問題しかなかったからな。即、宝物庫行きだ。まあ、その他の魔物の素材で我がネール王国はこれまでになく潤っているがな」
アルフの引き攣った笑い。うぅ、あのトカゲ、そんなに希少なものなの?一撃で仕留めたよ?
「言っておくが、アーツの商会が急成長したのはお前の功績だぞ。幻の素材を日替わりで取り扱う商会が、大きくならないはずがないからな」
「わ、私はクルツ様に感謝しておりますよ?商会がここまで大きくなったのは、間違いなくクルツ様のおかげですから。ただ、竜だの幻の魔獣などを渡された時は、気が遠くなりましたが…」
そうだったの?確かに行く度に店も大きくなって従業員さんも増えてたけど…。そう言えばアーツさん、出会ったばかりの頃は行商がメインだって言ってた。ごめんね、アーツさん。
「毎回という訳ではないが、シンツ神様が聖女をお選びになる時、その近しい者を護人とする事がある。聖女の護人には、聖女を守るための特別な力が授けられるという。シーファは殊の外シンツ神様の御寵愛が深いので、クルツを護人としてお選びになったのだろう。史実にある護人と比べても、抜きん出て強い。しかしクルツがそれに気付いておらんかったとは。普通、人とちょっと違うかな〜とか思わんのか?」
呆れた顔のジル様に、僕は首を振った。この年にして初めて知りました。
シーファが、恥ずかしそうに顔を赤らめて小さく手を挙げた。
「あのぅ。ジル様。私も知りませんでした。お兄ちゃんの強さが普通だと思ってました…」
「なんと、シーファもかね?」
「だって、お兄ちゃん、昔からボーを簡単に捕まえて捌いちゃうんだもの。それが普通だと思ってました」
「…そういえば、シーファは昔からボーのシチューが大好物だったねぇ。幼い頃からクルツの非常識に慣れていれば、それが常識となる訳か、面白い」
ジル様がくつくつと笑っている横で、アルフが愕然とした様子で尋ねた。
「おい、クルツ。お前、うちの親父、いや、国王から『英雄』の称号を貰っただろう?なんでその時に気づかなかったんだ?」
「え?『英雄』って、ネール王国でその年一番頑張った冒険者がもらえる称号じゃないの?」
「そんな訳あるか!『英雄』なんて特別な称号を、参加賞みたいに毎年連発するはずなかろう!お前の称号は116年ぶりの授与だっ!」
「前に街中に116って数字が溢れていたの、そのせいだったんだ〜」
「〜っ!!お前という奴はっ!だからもう少し、世情を気にする様にしろとっ!!」
「だって、アルフいつも話を端折るからよく分からなくて。僕、平民だから、貴族にとっての一般常識は分からないよ」
「分からないなら勝手に解釈せずに、その都度聞けと言っているだろうがっ!」
「あ、そういえば前にそうアルフに言われたよね。ゴメン」
「こっのっ!非常識の塊の英雄がっ!」
相変わらず、貶されてるのか褒められているのか分からない二つ名だなぁ。喜んでいいのかな?
◇◇◇
~クルツの回想。ローザン王国での出来事1
『ローザン王国のシンツ神教からの破門』
思っていた以上に重い処罰だ。僕は他人事ながら、背筋がゾワゾワするのを止められ無かった。この世界はシンツ神様が作られたものだ。魔法一つ発動するのだって、シンツ神様の加護が必要なのに、国全体が破門だなんて。
各国の招待客たちは、膝をついたまま騒めいている。こんな事、前代未聞の事だ。どう反応していいか、分からないよね。
僕の横で、シーファの身体が大きく震えている。加護が無くなるということの意味が、聖女のシーファにはどれだけ厳しい事なのか、分かっているのだろう。
「…シンツ神様。ローザン王国の罪なき民達に御慈悲を…」
シーファが小さな声で祈りを捧げる。僕も一緒に祈った。国がやらかしたとしても、何も知らない民達にまで被害が及んでは可哀想だ。僕らも平民だからね。
「な、何を言っているんだ、大神官!我が国が破門だとっ!」
ハリス王太子が、ジル様を怒鳴りつけた。神殿兵達がすかさずジル様に駆け寄り、ハリス王太子から守る様に取り囲んだ。
「下がれっ!!」
神殿兵達の長である兵長のガッシュさんが、腰の剣に手を掛けてハリス王太子に怒鳴り返した。普段は奥さんの尻に敷かれている気の良いオジサンだけど、怒ると怖いのはジル様と同じだ。今も恐ろしい程の殺気が漏れていて、反応したローザン王国の近衛兵が剣を抜いた。そこかしこが慌ただしく動き始め、場が混乱しそうになる。あ、危ない。皆が一斉に動くと、怪我人が出ちゃうよ。
『動くな』
僕は声に魔力を込めて放った。獲物を足止めする時にやるやり方だけど、人間相手に効くかな?
ビクッと身震いして、神殿兵達と近衛兵達が、その場に縫い止められたように止まった。あ、良かった、効いたみたい。周りの人達も一緒に固まってしまったのは、ちょっと困ったけど。
僕はシーファとアルフと共に、壇上のジル様の元に向かった。
「やれやれ、恐ろしい魔力だ。クルツや、少し加減しておくれ。ガッシュ。お前も冷静におなり」
いつもと同じジル様の調子に、僕らは肩から力を抜いた。途端に、動けなくなっていた人達がガクガクとその場に崩れ落ちた。やり過ぎたかな?ごめんなさい。
「な、なんだ、その男は…」
ハリス王太子が怯えてマール嬢を盾にしている。マール嬢がぎゃーぎゃー泣き喚いて煩い。僕、そんなに怖い顔してるかな?
「そいつは我がネール王国の『英雄』クルツだ。場を治めるために威圧したに過ぎない。落ち着いてくれ」
アルフがそう言うと、再び騒めきが起こる。
「あれが、ネール王国の『英雄』!」
「まだ若いじゃないか!」
「あの男がヤトラス山の千年竜と、ロジュラック渓谷の一つ目鬼を倒したのか?!」
ヤトラス山の千年竜って、この間倒したやたらとツララを吐くトカゲの事かな?ロジュラックのは、突進してくる一つ目の巨人のことかな?そんな凄い獲物だったっけ?
「一度、聖女シーファの兄として、国王様方にはご紹介したが、覚えてはおられぬか。平民と侮り目にも留められておらんかったようだから、仕方なかろう」
ジル様が皮肉っぽくそう言うと、ローザン国王は目を剥いた。
「え、英雄が聖女の兄だと?ではその男、我が国の生まれか?何故ネール王国になど渡ったのだ!我が国に尽くせば良いものを、この恩知らずが!」
ローザン国王が激昂していたけど、僕は別にローザン王国に世話になった覚えはない。僕が育った孤児院は、国の援助なんかなくて、村人の好意と自給自足で成り立っていた。それにシーファが王太子の婚約者になった時、離れろって言ったのはそっちじゃないか。
「貴殿らが手切れ金まで用意して、シーファからクルツを遠ざけたのをお忘れか?シンツ神様が認めし聖女シーファを認めないばかりか、どんな可能性を秘めているか分からぬその家族を蔑ろにする。ローザン王国がこれ程シンツ神教から逸れていようとは。破門も致し方ない」
ジル様が首を振って冷たく切り捨てた。
「なっ!ローザン王国に聖女はいる!我が国のシンツ神教会のお墨付きであるマール嬢がその聖女だ!お前の選んだシーファなる小娘は、華も教養もないただの平民の田舎娘だ。あんな娘を王太子たる私の妃にするなど、許せるわけがないだろうが。愛人としてなら置いてやっても良かったが、あんな色気が足りぬ上に『婚姻するまでは身体は許せません』などと頭の固い女など、捨てられても当然だ!」
ハリス王太子がマール嬢の背後から叫んだ。ハリス王太子、未だにマール嬢を盾にしていて、マール嬢だけでなく招待客たちからも非難の目を向けられている。それ以上に叫んでいる内容が酷すぎた。僕の妹に何をしようとしたんだ、この下衆は。
ついつい身体中から魔力がうっすら漏れてしまい、ジル様に諌められ、シーファに強く袖を引かれ、僕は冷静さを取り戻した。
「聖女をお決めになるのはシンツ神様であり、神託を受けられるのは大神官である私のみ」
「わ、私にも大神官たる資格があるっ!私が選んだマール嬢が聖女だ!」
ダルフ神官長がジル様に喰って掛かる。何言ってんだ。この人。シンツ神教の大神官といえば、厳しい修行と恐ろしく難しい試験と各国の神官長の承認と、最終的にはシンツ神様のお声が聞けるかの試練を経て、ようやくなれるんじゃなかったっけ?修行の中には肉体を酷使するものもあるらしいけど、この脂肪もたっぷりなオジサンが大神官になれたら、奇跡だと思うけど。ジル様はお歳の割に物凄く頑健だ。ゆったりした大神官の衣の下は鋼の筋肉が隠れている。
「金集めと権力者への媚び売りが上手いだけでは、大神官にはなれんよ」
ダルフ神官長を平坦な声で切り捨て、ジル様は慈愛の籠った笑みをローザン国王に向けた。
「私宛てに、結構なお布施を送って頂いたようだが、私欲まみれの寄進は大神殿の結界を通る事すら出来なかったので、ここにお持ちした。あぁ。英雄への手切れ金も、そこに入っているよ」
神官の1人が大きく膨らんだ革袋を国王の足元に置く。ガシャンと金属音がして、袋から金貨が溢れ出した。
「金でローザン王国の選んだ聖女を認めろなどと、大神殿も舐められたものだ」
周囲の客たちから非難の目を向けれられ、ローザン国王は怒りに顔を赤くした。
「英雄からの要請で、聖女様は我がネール王国で保護させていただく事になった」
アルフがシーファのベールをそっと脱がせ、その手をとって口付ける。
「我が国の、いや、私の全てを掛けて、聖女様をお守りするとお約束する」
見た目そのまんま王子様のそんな姿に、招待されていた令嬢達がキャーッと悲鳴を上げた。僕もギャーッて悲鳴を上げたくなったよ。アルフってば、なんて気障なヤツなんだ。ダンジョンで僕の作ったモーの塩焼きを食いすぎて、お腹壊したくせに。
招待客の皆様から、悔しそうな声が漏れている。聖女獲得の機会を、あっさりネール王国に奪われたのが悔しかったのだろう。アルフはやり手だから、アイツを出し抜くのは無理だと思うよ。
あ、モジス国からの招待客はいつも大神殿とのやり取りをしている宰相さんだ。
って、怖い怖い怖い。なんでこっちをみて凄い笑顔を浮かべているの?目が獲物を狙う狩人みたいになっているよ?
「勝手な事を言うな!その女と英雄はローザン王国のものだ!そうだ、この私の愛人と護衛にしてやろう、名誉なことだろう!」
ハリス王太子が、にやりと嫌な笑いを浮かべた。
「おい、シーファ!前のように這いつくばって頭を下げろ!俺の靴を舐めて許しを乞え!でなければ囚人達に慰み者として下賜するぞ!!」
その言葉に、僕の中で何かが焼き切れた。
ジル様やアルフが口を開くのより早く、僕から飛び出した全力の魔力がハリス王太子にぶつかる。王太子とその周囲にいたマール嬢や近衛兵たちも軒並み巻き添えになって、全員が塊になって倒れた。
「ねえ、今、なんて言った?」
冷えた声が、僕の口からするりと飛び出す。
グルグルと全身を黒い感情が駆け巡っているようだ。ハリス王太子の元に跳躍して降り立った僕は、腰を抜かしている王太子の胸ぐらを腕一本で掴んで立たせた。足が地面から浮いていたけど、構わずガクガクと大きく揺さぶってやる。
「今、僕の妹に向かってなんて言った?愛人?這いつくばれ?靴を舐めろ?慰み者?」
この身の程知らずが。神の選んだ聖女に。
シーファに、僕の大事な妹に。
小さな頃から大事に大事に育ててきた、僕の可愛いシーファに。
「ねぇ、本気で僕の妹に、そんな事をしようとしているの?」
「ひ、ヒィ、や、やめ、て」
口の端から泡を吹いて、ハリス王太子は悲鳴みたいなものをあげた。そばにへたり込んでいるマール嬢が、ぶるぶる震えながら、浮いているハリス王太子を見つめていた。
ジル様やアルフの声が遠くで聞こえる様な気がしたけど、僕はその声を聞き留める事はなかった。
「ねぇ。君たち、僕は知っているんだよ?僕の妹を虐めていたんでしょ?偽聖女と汚名を着せて、住む場所も奪い、碌に食事も与えずに下働きの仕事をさせて、面白半分に石を投げ付けて、卒業パーティーで笑い者にして、身一つで国外追放にしたんでしょ?」
ハリス王太子だけでなく、ローザン王国の貴族たちが集まる席を睨んでやると、そこかしこから悲鳴が上がった。ああ、皆さん心当たりがあるみたいだね。
「ねぇ。僕の大事な妹を泣かせた奴らを、僕が許すと思っているの?」
要らないだろう。シーファを虐げた奴らなんて。僕の大事な妹を泣かせた奴らなんて。消し去った方がいい。
僕は魔力を集約させて、炎剣を作った。太陽の様な強烈な光と熱を孕んだ炎剣が、ジリジリと僕の頬を炙ったけど、熱さも何も感じない。例の氷竜を一発で仕留めたものだ。威力は十分だろう。
「僕は妹を泣かせたやつは絶対に許さない。僕の力の全部で、お前たちを叩き潰してやる」