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前段と後段で時系列が違います。◇◇◇の上と下で、現在と過去を分けて書いています。

読みづらかったらごめんなさい。


~現在、クルツの視点。ローザン王国帰国後~


 ネール王国は、自由で鷹揚な国柄だと言われている。陽気で賑やかで人の良い国民達。衛生的で隅々まで整備された生活環境。市場が活発で商人達も商売がしやすい。そんな自由な国風なので、国内には幾つかの新聞社が存在する。子どもの教育に力を入れているので、国民の識字率も高く、真面目な政治問題から日々の生活に役立つお料理コーナーまで、週に一度程度の頻度で発行される新聞は、ネール国民の楽しみの一つでもある。


 そんなネール王国の新聞社が挙って、同じ日に特別紙を緊急発行した。そこには、国民を仰天させる記事が載っていた。


『ローザン王国、シンツ神大神殿より破門される』


『聖女様、ネール王国へ移住』


『英雄は聖女様の兄だった!』


『聖女様の歓迎式典でアルフ殿下が聖女様をエスコート!その気になる関係は?』


 僕は新聞を読んで、特に最後の記事に顔を顰めた。気になる関係って、友達だよ、友達。


「すごい騒ぎになったなぁ」


 アルフが各社の新聞を見比べて笑う。ザマァミロと顔に書いているみたいだ。


「アルフ殿下。最後の記事は反省してください。だから私は反対したんです。シーファのエスコートはクルツが良かった。これではシーファの縁談に差し障る」


 ジル様がアルフを睨んで溜息をついている。本当に、直前まで大反対していたもんなぁ。


「ジル様、大丈夫です。私はもう結婚なんて興味はございませんわ」


「シーファ。そう言うんじゃないよ。お前の幸せだけが私の望みなんだよ」


「私の幸せはジル様やお兄ちゃんと一緒に居られる事ですわ。ローザン王国にいたときはジル様には滅多に会えなかったし、お兄ちゃんとは手紙のやり取りすら咎められましたもの」


 ションボリするシーファに、ジル様はそれ以上何も言わなかった。僕もシーファに会えなくて寂しかったよ。


「シーファ。我がネール王国は君の行動を制限するようなことはしない。君は好きなことをしても何も咎められることはない。そんなに頑なにならないでおくれ」


 アルフがシーファに優雅な笑みを浮かべてそう言うが、内面は必死なのがバレバレだ。アルフは焦った時、右の袖をキツく握りしめる癖がある。シワシワになってるぞ。


「まあ。アルフ様とユリア様に良くして頂いて、それだけでとても有り難いことですわね」


 ローザン王国で過ごしたことの数少ない利点といえば、シーファが王侯貴族のあしらいを覚えられたことだろうか。言質を取られるとすぐに弱みを握られるだなんて、貴族って大変だ。


「それにしても、一国に破門の神託が下されるなんて、聖女を蔑ろにすると言うのは、恐ろしい罪なのですね」


 アーツさんの言葉に、皆の雰囲気が重くなる。

 僕はふぅっと溜息をついた。確かにローザン王国は許せないとは思ったけど、思っていた以上に重い罪だった。


「そうだねぇ。数ヶ月前から、何だか不穏な感じがしていたんだけどね。多分、その頃からシーファへの虐げがはじまっていたのだろう。シーファに手紙を送っても梨の礫、こちらからの使者も取り継がれない。シンツ神様の明らかなお怒りを感じて、急いで神託をお受けするための準備をしていたら、クルツからの手紙だろう?儀式を行ったら、案の定、恐ろしい神託だったよ」


 ジル様は静かにそう仰った。恐ろしい神託だと言うけど、その表情は厳しいものだ。いつもはお優しくて慈悲深い方だけど、今回の神託には全く同情している様子はない。


「あの国はどうなるのでしょうか…。王家や、今回の出来事に賛同した貴族家はともかく、国民には何の咎もありません」


 シンツ神様の神託後、ローザン王国には顕著にその影響が現れ出していた。冬でもないのに雪が降ったり、雹が降ったり。田畑が枯れて、水が汚れ、空気が澱んだ。魔物が街の中にも入り込み、兵士達が必死で国民達を守っている。


「心ある商人達はアーツの呼び掛けでいち早く国を抜けていた。商人達の動きで、市中にも不穏な噂が飛び交い、国民達も他国へ流出している」


 ジル様の言葉に、アーツさんが力強く頷く。主だった商人達が次々と国を離れるのを見て、ローザン王国の民達の中には、一緒に国を出るものも多かった。


「ネール王国も受け入れの体制を整えていた。周辺国にも秘密裏に連携をとって備えるよう要請していたからな」


 それでも様々な事情で国を離れられない者たちもいる。神託の後は周辺国が協力し、兵を派遣して凌いでいる状態だ。国に他国の兵が入るなど、ローザン王国への侵略だと疑われそうだが、ローザン王家には派兵について抗議するどころではない状態だった。


「国王、王妃、王太子、その他の王子や姫が全員、原因不明の病。国の重鎮達も病や不幸に見舞われているのではなぁ」


 アルフが嘆息する。ローザン王国は王家以下主だった重鎮達が倒れ、被害の少なかった貴族達の覇権争いで内戦状態なのだ。優勢なのは辺境に婿入りした王弟で、王都や周辺の街の魔物討伐を指揮している。


「あの方ならば、次の王に相応しいでしょう」


 シーファが微笑んで頷く。王弟には王太子との婚約祝いの場で会ったが、平民のシーファにも聖女として敬意を持って接してくれた。その時に会った王弟の妻や子ども達も、信心深く好印象だった。


 あの事件の時にお会いした時も、ローザン王家の縁の人で唯一、とても真摯に僕とシーファに謝ってくださったから、きっとあの人なら大丈夫だね。


「私、あの一家にはこっそり加護をお付けしましたの。そうした方が良いと、あの時思いましたから」


 悪戯っぽく微笑むシーファに、ジル様が頷いた。


「そうだね。シーファはシンツ神様がお選びになった聖女だ。シンツ神様のお声を聴く事は出来なくても、聖女はシンツ神様の御心を感じることが出来る。シーファがそうしたいと感じたり、自然と心が望むような事があれば、それはシンツ神様の御心にも添う事だ。素直に従うが良いよ」


 シンツ神様のお声を聞けるのは、大神官であるジル様だけだ。そのお声は『神託』となるのだ。


「私が自然と心で望む事が、シンツ神様の御心に沿う事…」


 ジル様の言葉に、シーファは何か深く考えている様だった。考え込む前に、チラッとアルフに視線を向けた事に、僕は何だか嫌な予感がした。アルフは気付いてなかったけどね。


「お前もだよ、クルツ。心が自然に望む事は、素直に従いなさい」


 急にこちらに向き直ったジル様に言われ、僕は目を瞬かせた。


「僕もですか?僕は聖女じゃない、ただの冒険者ですよ?」


 戸惑う僕に、ジル様が、呆れた様な顔をする。


「クルツや。お前、その年まで、全く気付かなかったのかい?」


「何をです?」


「お前はね、シンツ神様の加護を賜った、歴とした『聖女の護人』だよ」



◇◇◇


~クルツの回想。ローザン王国へ行った時のこと〜


 ジル様は僕の家に一泊した後、すぐに隣のローザン王国へ向かった。僕とシーファ、アルフ、そして沢山の神殿兵も同道した。神殿兵は普段は各地の神殿に配置されているんだけど、大神殿の呼びかけで直ちに集結する。今回は大神殿に配置されている神殿兵だけが付いていた。皆、顔馴染みだ。アルフは聖女を受け入れるネール王国の代表だ。気安い雰囲気で忘れがちだけどネール王国の王太子なんだよね。


 ローザン王国に入国すると、そこは浮かれたお祭り騒ぎの真っ只中だった。それもそのはず、今日はローザン王国のハリス王太子と真の聖女であるマール・ガーダー侯爵令嬢との婚約式典が行われるのだ。


「ふむ、『真の聖女』か。どこの神の神託があったのだろうな」


 ジル様はそれはそれは優しい笑みを浮かべていた。あれは特大の雷が落ちる前触れである事を、僕とシーファは嫌と言うほど知っていたので、そっと目を逸らした。怖いんだ、怒ったジル様は。

 アルフはローザン王国に入ってから、一度も口を開いていない。漏れ聞こえる噂話の中に、シーファに関する悪評、平民の癖に王家を騙し聖女を騙った悪女とか、王太子を籠絡しようとした阿婆擦れとか酷いものが有ったので、機嫌がドンドン急降下している。整った顔が人形のように無表情になると、人間らしさが無くなって余計に恐怖を煽った。


「大神官様、並びにネール王国アルフ王太子殿下、ご入場」


 僕らは誰にも咎められず、式典会場に入ることが出来た。ジル様とアルフには式典への正式な招待状が届いていたんだって。僕はアルフの護衛の振りをしていたし、シーファはベールで顔を覆い、ジル様の付人を装っていたから、問題なく一緒に入ることができたよ。


「これはこれは、大神官様」


 ジル様の姿を認めて一番に声を掛けてきたのは、ローザン王国のシンツ神教会の神官長であるダルフだった。ダルフはその細い目を少し見開いて、ジル様を嘲る様に見た。


「山奥の神殿から、わざわざ参加なさるなどご苦労様で御座います」


「ダルフか」


 言葉の端々に、ジル様を侮る様子があった。僕は凄く不快な気持ちになった。大神官であるジル様は、唯一、シンツ神様のお声を聞くことができる尊いお方だ。それなのに、シンツ神教の神官長ともあろう人が、どうしてジル様を侮ることが出来るのだろう。

 ダルフは散々、ジル様を言葉と態度で馬鹿にして、自分の席へ去っていった。その席も、明らかにジル様より上席だ。


「ふん。大方、ジル様の選んだ聖女より、自分の選んだ聖女がローザン王国に認められたので、自分の地位が上がったなどと勘違いをしているのだろう。金と権力に溺れてシンツ神様の御心を忘れた神官長など、そこらの石塊よりも価値はない」


 会場に入ってから見事な愛想笑いを浮かべ続けているアルフが、僕にだけ聞こえる声でコッソリ教えてくれた。王家に都合のいい聖女を選べば、そりゃ選ばれるよな…。でもそんなの、聖女でもなんでもない。


「ローザン王国ではシンツ神の教えが形骸化していて、昔から大神殿を軽んじる傾向があったが、流石にこれはやり過ぎだろう」


 アルフが吐き捨てるように言って、他国からの招待客がいる席に視線を向け、頷き合っていた。皆さん、顔が強張っていたよ。聖女と王太子の婚約式典に参加したら、大神殿からの神託のあった聖女とは別の人が王太子の横にいたのだから、驚くなというのが無理だ。一応、アルフから各国へ聖女の放逐については知らせていたけど、皆、半信半疑だったと笑っていた。そりゃあ、前代未聞の事だもの、信じ難いよね。


 しばらく経って、式典の開会の合図があった。壇上には、国王と王妃、王子や王女が数名、そして、ハリス王太子とマール嬢が、晴れ晴れした笑顔で立っている。


「今日は、我が国の王太子ハリスと、マール・ガーダー侯爵令嬢の婚約式典に参加いただき、感謝する。ハリスとマール嬢は、長い間、愛を育み、此度の婚約と相成った。また、マール嬢がローザン王国のシンツ神殿の神官長より、聖女だと認定された。聖女は古代から国を安寧に導く存在として尊ばれている。聖女が次代の王妃となる事を、余は喜びに思う」


 国王の挨拶に、各国の招待客が信じられないといった顔をしている。そうだよね、一神殿の神官長にすぎないダルフが聖女を認定したって言い切ったもんね。聖女を認定するのは大神官であることは、王族や貴族なら小さな子どもだって知っているのに。本気でそれが通ると思っているなら、逆に凄いな。


 国王の長い話がようやく終わった。次は、大神官、ジル様からの祝福の言葉だ。

 大神官が選んだ聖女ではなく、ダルフが選んだ聖女を選択したローザン王国に、どうしてジル様が祝福の言葉を送るなんて思ったのだろう。ジル様から、ローザン王国より祝福の言葉を賜りたいと依頼が来たと教えてもらった時、僕は心底呆れてしまった。依頼の手紙には、ジル様への形式的な謝罪と、祝福の言葉に対する礼金が付いていたんだって。あの時のジル様の顔、今思い出しても背筋が凍るよ。


 ジル様は美しい大神官の装束で、慈愛のこもった笑みを浮かべたまま、壇上に立った。その手には、虹色の光を放つ書状がある。

 それを認めた途端、各国の招待客たちは席を立ち、片膝をついて頭を下げた。アルフも同じ礼をとる。勿論僕らも同じく礼をとった。ローザン王国の王族、貴族たちは、その様子をぽかんと見ているだけだった。

 

 虹色の光を放つ書状。それは、シンツ神様の神託が綴られたものだ。

 儀式を経て、大神官ジル様がシンツ神様から賜った神託を書状にすると、それはシンツ神様の神力が宿った特別な書状となる。滅多にない神託を目の当たりにすることが出来るなんて、孫子の代まで語り継がれる栄誉なことなのだ。ローザン王国の偉い人達は、何故知らないんだろう。


「先日、シンツ神様の神託を賜った」


 ジル様の深い声が朗々と会場に響き渡る。いつもと同じお声なのに、神々しく響くそれに、僕は身体が震えた。隣で頭を下げているシーファも震えている。シーファは聖女だから、シンツ神様の神力に反応しやすい。僕は安心させるように、そっとシーファの手を握った。


「『我が聖女を虐げたローザン王国、恩恵に及ばず』」


 ジル様の神力の宿った声が、耳朶を打つ。全身に染み渡ったその言葉は、すとんと理解できた。


「シンツ神様の神託が下った。ローザン王国を、シンツ神教より破門とする」

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[一言] なぜ普通に神威が見られる世界で信仰が形骸化するのか この国本気で神を舐め腐ってたんだな
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