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前段と後段で時系列が違います。◇◇◇の上と下で、現在と過去を分けて書いています。
読みづらかったらごめんなさい。
〜現在。クルツの視点、アルフの反応〜
僕の手紙に一番早く反応があったのは、アルフだった。
「クルツ!!」
バタンガタンッと凄い音を立てて宿屋の入り口を壊さんばかりの勢いで入って来たため、女将さんに物凄く怒られていた。
アルフは僕の手紙を握り締めたまま、仕事中だったのか、略式とは言え正装をしている。綺麗な金髪が掻きむしった様に何故かぐしゃぐしゃだったけど、僕の手紙を読んでそのまま飛び出して来ちゃったのだろうか。仕事、大丈夫なの?
「こ、こ、こ、こ、この手紙に書いてあるのは本当かっ!!」
「うん。シーファに聞いたままを書いたよ」
「ローザン王国はバカなのかっ?」
「そうなのかも。僕もシーファも、もうあの国に帰るつもりはないよ。ここに移住しても良いかなぁ?」
「勿論だ!!すぐに手続きさせるっ!!」
「あ、シーファはローザン王国から追放されちゃってるけど何か問題…」
「ないっ!!!!」
「ないんだね。良かった」
アルフは僕の向かいの椅子にどっかりと座った。何だか疲れているみたい。僕の手紙のせいかな?
「飛び出してくる前に親父とお袋には伝えた。お前達の移住の手伝いを最優先にしろと言われている」
その言葉に、僕はちょっと感動してしまった。シーファはローザン王国で罪人扱いになっている。そんな立場なのに、受け入れてくれるなんて。そう感謝したらアルフに凄く冷たい目で見られた。
「バカか、お前は。シーファ様は大神殿の認めた聖女なんだぞ?それを偽物扱いした挙句に追い出すなど、ローザン王国の方がどうかしている。我が国は棚ぼただ。お前とシーファ様が来てくれるなら、国を挙げて歓待するのが普通なんだ」
「えー?」
「大の男が小首を傾げるな。あのなぁ、聖女だぞ?数十年、下手したら100年に一度しか現れない浄化の力を持つ聖女だ。どの国だって喉から手が出るほど欲しいお方だが、大神殿の取り決めにより、聖女様がお生まれになった国にまず籍を置くことになる。普通はその国が手厚く保護して聖女様を国から出さない様にする。これまでの歴史の中で聖女が生国を出るなんて、よっぽどのことがない限りないんだぞ?それを追い出した?自分の国に禍を与えてくださいとシンツ神に願う様なものだ」
アルフは金髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、ため息をついた。
「しかもだ。聖女様は12歳でローザン王国内の学園に籍を置きながら妃教育を受けていたのだろう?ローザン王国の王太子の婚約者に据えておきながら、どうして偽聖女などと汚名を着せ、国外追放などできるのだ。正気の沙汰とは思えん。お前からの手紙でなければ、戯言かと鼻で笑って暖炉の火に焚べるところだ」
「それはそうだよねぇ。ゴリ押しでシーファを王太子の婚約者にしたのに、学園の卒業パーティーでシーファを偽聖女として断罪したんだ。王太子はその場で幼馴染の侯爵令嬢との真実の愛?あれ?運命の恋?どっちだったかな?を、貫くって宣言したらしいよ」
「どっちでもいいだろ、そんなもん、ただの浮気だ。だったら最初からシーファ様との婚約など了承すべきではないんだ、不埒者が。未来の王に箔をつけるために聖女様を利用しやがって」
「シーファも嫌がってたんだ。『平民の癖に聖女などと、いったいどんな手管で大神殿をたらし込んだんだ、売女』って言われたみたいで」
「……人としてどうかと思うぞ、その男。聖女に対して何を言ってるんだ…。よく婚約を了承したな、シーファ様は」
「うーん、ジル様が聖女を護るには王家の保護が必要って推してたからなぁ。それまで相手の悪い噂はなかったし、シーファも婚約後に態度が豹変したから今更断るのは難しかったみたい。何とか関係を改善する為に、シーファも頑張ったけど、王太子が頑なで、学園では会う事も稀だったみたい」
シーファは親代わりのジル様の言うことは基本逆らわない。あの時は結婚自体がよく分かってなくて、ジル様がそう言うならそんなもんかと思っていたみたいだし。国の決めた婚約だから、シーファからの婚約解消は難しかった。王太子の事は、大事になっては困るとジル様にも相談できず、結婚したら今より接する機会も増えるから、関係を改善できるかもと耐えていた。
宿の女将さんが、アルフが注文した果実水を運んできた。ドアを壊しかけたので、アルフをギロリと一睨みしていく。アルフは気まずそうに首をすくめていた。
「それで、シーファ様のご容態は?」
「栄養失調と過労。心労もあるって。今は出来るだけ休ませないと。腕とかガリガリで見てられないよ…」
「心労は分かるが、栄養失調?過労?シーファ様が?聖女だろう?なんで…」
「卒業パーティーの前から、偽聖女扱いされていたみたいで…。2ヶ月ぐらい、学園でまともに扱われず、寄宿舎から追い出されて、物置小屋みたいな所で暮らしてみたい。食事もロクに与えられず、監視付きで学園の下働きの仕事をさせられたって。王宮に助けを求めても、誰も相手にしてくれなかったみたいだよ。シーファは平民だからって、元々王家からも受けが良くなかったからね。僕も運悪く長期依頼に出てたから、シーファの窮状に気付けなかったんだよ」
長期依頼に出てたので、定期的な手紙のやり取りが途絶えちゃうからね。
「ほ、他の生徒は?誰も助けなかったのか?」
「他の生徒からは、下働きの仕事をしていたら石を投げ付けられたり、罵声を浴びせられたみたいだよ?シーファの身体、痩せこけてあちこち痣だらけだったよ」
お医者様の手当てを受ける間、家族として付き添ったけど、シーファの身体は痣でマダラ色になっていた。怒りを通り越して、守れなかった自分を無力に感じた。
「それから卒業パーティー後、シーファは兵士に国境まで連れて行かれて放り出された。盗賊や魔物などが出るかも知れない場所に、たった1人で。運良く僕のいる宿に無事に辿り着けたけど、死んでたっておかしくないよ」
シーファが聖女で良かった。結界が張れたから、夜は結界を張って休めた。シーファは国境から半月近くかけて、僕のいる街に辿り着いた。食糧もお金も何も持たされなかったから、木の根や草を食べ、水は魔法で作り出したという。
「なんて…酷いことを…」
アルフは口を手で覆って、沈んだ声で呟いた。
僕らの暗く沈んだ空気の間を、食堂の喧騒が賑やかに通り過ぎて行った。
◇◇◇
〜クルツの回想聖女、生国に帰る〜
シーファが12歳の時、ジル様から、シーファが生まれ故郷のローザン王国に戻ると告げられた。シーファは聖女なので、古くからの取り決めで、生国の籍に戻るらしい。
「今までの様に共に生活はできないが、心はいつも共にあるよ」
ジル様にそう言われて抱き締められ、シーファは大泣きしていた。僕もちょっとだけうるりとしたけど、歯を噛み締めて我慢した。ジル様は僕の様な平民にも、分け隔てなく優しい方だったから、僕も心の底からジル様を敬愛していた。
「シーファ。シンツ神様の教えを忘れずに、立派な聖女になる事を願っているよ」
そうジル様に送り出されて、シーファはローザン王国の貴族の子どもたちが通う学園の寄宿舎に入った。聖女としての修行や最低限のマナーは大神殿で学んではいたけど、それでは足りなかった。シーファはなんと、ローザン王国の王太子の婚約者になるのだ。正式なお披露目は学園を卒業してからだけど、ローザン王国や各国に聖女が王太子の婚約者になることは知らされた。
僕はシーファの兄として、一度だけジル様と共に国王陛下や王妃様、王太子殿下との謁見を許された。誰も僕に声なんてかけなかったけど、僕は一度でいいから、これからシーファの家族になる人達に会ってみたかったんだ。
「彼はクルツ。シーファの兄にして、有望な冒険者ですよ」
ジル様がそう紹介してくれたけど、僕の事なんて誰も見ていなかった。平民だもの、仕方ないよね。
謁見の後、王宮の役人にジル様の見ていないところで呼ばれ、これからはみだりにシーファに会わないように注意された。ただでさえシーファは平民の聖女ということで後ろ盾が弱い。そこに僕が気安く会いに行けば、ますますシーファが軽んじられる。僕はその人から、金貨の詰まった袋を押し付けられた。これでシーファとの縁を切るようにと。要らないと断ったけど、受け取らなければシーファが困ると言われ、渋々受け取った。
王宮からの帰り道、ジル様に金貨の袋の話をすると、ひどく怒った顔で、それでも悲しげに謝られた。役人の言う事など気にせず、シーファと交流を持つように励まされて、少しだけ救われた気分になった。金貨は、ジル様が預かってくれたよ。僕には必要ないからね。
僕はローザン王国ではなく隣のネール王国に拠点を置き、冒険者として働き始めた。その方が、シーファに迷惑が掛からないかもと思ったのだ。ローザン王国の冒険者ギルドにあまり馴染めなかったのもあるけど、ネール王国の自由で鷹揚な国柄の方が好きだったし。シーファとは学園宛に手紙でやり取りした。友人も出来たようで、手紙からは勉強が大変だが楽しいとあった。
ずっと僕の後ろに隠れていたシーファは、すっかり大きくなっている。僕がいなくても、もう大丈夫なのだろう。いや、僕が居ない方が幸せになるのだろう。
寂しい事だけど、シーファが幸せなら、僕は我慢できる。
僕もそろそろ妹離れをしなくちゃと考えるようになっていた。