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前段と後段で時系列が違います。◇◇◇の上と下で、現在と過去を分けて書いています。
読みづらかったらごめんなさい。
〜現在、クルツの視点。妹の話〜
シーファから話を聞いた僕は、凄く腹が立った。こんなに怒ったのは、近所の悪ガキがシーファの髪を引っ張って泣かせた時以来だ。
シーファはベッドに横たわったまま、静かに僕を見ていた。その何もかも諦めたような目に、僕の胸は痛くなった。
「シーファ。嫌な事は全部忘れていいよ。後の事は僕に任せて。シーファは何も心配しないで、元気になる事だけ考えようね」
「お兄ちゃんは、私を信じてくれるの?誰も私の言う事なんて、信じてくれなかったのに」
シーファの震える声に、僕は咄嗟に涙を堪えた。ぐっと拳を握って、ニッコリ笑って見せた。
「シーファ。兄ちゃんはシーファの兄ちゃんだよ?世界中の誰が何て言ったって、僕はシーファを信じるよ」
ビクリ。シーファの身体が震えた。ガラス玉みたいに虚ろだった瞳が潤み、シーファはグスグスと泣き出した。
「ごめんね、シーファ。辛い時に助けに行けなくて。兄ちゃんが助けるって約束、守れなくて」
「…お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」
震えながら泣くシーファの頭を撫でていたら、シーファはまた眠ってしまった。完全に眠ったのを確認して、僕はベッドから離れた。
さて。今からやる事が一杯だ。まずはシーファが落ち着けるように家を準備しなくちゃ。便利だからってずっとこの宿屋に居たけど、ここじゃ療養には向かない。僕が仕事の時もシーファが安心して過ごせるように、シーファの世話をする人も必要だ。これは女将さんに良い人がいないか相談してみよう。女将さんは顔が広いから、色々な知り合いが居るのだ。
それから、シーファが安全に暮らすために、いくつかやらなきゃいけないこともある。二度とシーファがこんな目に遭わないように、兄として出来る事は全てやるつもりだ。
僕は机に向かい、幾つかの手紙を書いた。それらの手紙を、宿の下働きの人に頼んで、出してもらう。
「夜はシーファの好きなボーの肉のシチューを食べさせたいな。女将さんに頼んでみよう」
きっとシーファは喜んでくれるだろう。僕は急いで、階下に向かった。
◇◇◇
〜クルツの回想。聖女は大神殿へ〜
シーファが大神殿で暮らし始めてから暫くして、僕は孤児院を出てモジス国に向かった。モジス国は、僕とシーファが暮らしていたローザン王国より小さな国だけど、シンツ教の大神殿を擁する国のため、周辺国への影響が強い。この世界をお造りになったシンツ神様の大神殿があるんだもの、誰も逆らえないよね。ジル様はその大神殿でも一番偉い人。場合によっては王様より権限を持つ事があるらしい。
僕はモジス国に向かう前に、予定通り冒険者になった。冒険者は12歳から登録が可能で、強さや貢献度に応じてA級からF級まである。もちろん僕はF級からのスタートだ。妹が心配だったので、僕は冒険者の初級講座を受けてすぐ、モジス国に移動した。
モジス国はローザン王国の西にあり、ネール王国を通って行かなくてはならない。すぐにモジス国に行きたかったけど、旅費も稼がなくては行けない。途中のネール国で幾つかの初級者向けの依頼を受け、大急ぎで旅費を調達して、モジス国に入ったのは一ヶ月後の事だった。
大神殿の麓の村は小さな寂れた村だった。周辺は畑に囲まれており、僕らが育った村に似ていた。
ジル様には、僕が大神殿まで通えるならいつでも妹に面会して良いと許可を得ていたので、僕は麓の村で拠点となる宿を決めた後、早速大神殿に向かうべく、鬱蒼とした山に入った。
朝出発して数刻後、僕は頂上の大神殿に辿り着いた。予定より早く着く事ができたので、麓の村の宿屋で厨房を借りて焼いたお菓子はまだほんのりと温かい。シーファは喜んでくれるかな。森の途中で狩った獲物も美味しいので、早く食べさせてやりたい。
大神殿はぐるりと高い塀に囲まれていた。人の通れるぐらいの大きさの門があり、そこをノックすると、門にある覗き窓から人の顔が覗いた。
「こんにちは!シーファの兄のクルツと申します!」
僕が声をかけると、物凄くギョッとした顔をされた。僕の後ろを見てまたギョッとして、キョロキョロと何か探すように見た後、恐る恐るといった感じて声をかけてきた。
「貴方、一人ですか?何処から来たんです?」
「麓の村です!」
「ふ、麓の村?ちょ、っと、待っててください!そこから一歩も動かないでくださいよ?」
その人は慌てて大神殿に入って行く。あれ、やっぱり先に手紙で訪問を知らせておくべきだったかな。
でも麓の村で聞いたら、大神殿への手紙の配達は、急ぎのものを除いて7日に一度しか行われないらしいのだ。それも冒険者の護衛がついた業者が行うので、配達料は割高で冒険者になりたての僕にとっては、痛い出費だ。時間もお金も勿体無くて、結局、直接来てしまった。
仕方が無いので、今日はもしシーファに会えなくても面会の予約をして帰れば良いかと、僕は開き直る事にした。
しばらく待っていたら、大神殿からバタバタと複数の足音が聞こえてきた。もう一度覗き窓が空き、キョロキョロと辺りを確かめると、門が開く音がした。
「お兄ちゃんっ!!」
一番に飛び出してきたのはシーファだ。そのまま僕に抱きついてきた。
「シーファ!元気そうで良かった!」
シーファは白いローブの様な服を着ている。簡素なものだが清潔そうだ。顔色も良いし、あれ、少し背が伸びたかな。
「クルツかい?本当に?」
ジル様が唖然とした顔でやってきた。それと、何人かの神官も。
「どうやって、ここまで?まさか一人で来たのかい?その後ろにあるものは?」
「ジル様、ご無沙汰しています!前にお話しした通り、モジス国に引っ越して参りました。これは山の途中で遭遇したので、狩ってきました。良ければ皆様でお召し上がりください」
「わぁい!ボーのお肉大好き!!お兄ちゃん、シチューにしようっ!」
シーファが僕の周りをぴょんぴょん飛び回って喜んでいる。
「シーファ、これもお土産。今朝焼いたからまだ温かいよ」
「やったー!!お兄ちゃんの焼き菓子も大好き!ジル様、一緒に食べましょう!」
シーファが焼き菓子を抱えてジル様に振り返るが、ジル様は何だかボーッとしていた。
「クルツ…。一体どうやってボーを…。あぁいや、『狩った』と言っていたな。シーファの話でも故郷の村ではよく狩りをすると言っていたな。そうか、狩ったのか…」
何故かジル様は疲れた顔をしていた。僕には想像もつかないけど、大神官というお仕事は大変なんだろうな。
ジル様とシーファに会えた事で僕はスムーズに大神殿に入る事ができた。最初に門で応対してくれた人が、僕にペコリと頭を下げてくれる。そして僕が運び込んだボーを見て、引き攣った笑いを浮かべていた。嫌いなのかな、美味しいのに。
大神殿は他の街で見た神殿よりも大きく、歴史ある建物で、気のせいかもしれないけど清浄な気配がした。
大神殿に住んでいる神官や巫女さん達も良い人ばかりで、そこかしこで熱心に修行をしている。廊下はチリ一つなく、窓もピカピカ。掃除も修行の一つなので、毎日分担して行っているそうだ。シーファも慣れた様子で皆さんと楽しげに話しているし、幼いながらも一生懸命修行に取り組んでいると、ジル様に誉めていただいた。
僕のお土産は大神殿に住む皆様に大変喜ばれた。山の頂上にある大神殿は、野菜などは敷地内の畑で取れるが、肉は月に一度、専属の商人に宅配してもらっており、保存できる干し肉などか主らしい。他の荷物もあるので、量もあまり運べないのだとか。
「それじゃあ、僕がシーファのところに通う時、美味しそうな獲物がいたらまた狩ってきますね」
お土産の焼き菓子をオヤツにお茶を頂きながらそう言ったら、ジル様からとても感謝された。シーファもだけど、若い神官や巫女も多いので、育ち盛りの子どもや若者には、ちゃんとお肉を食べさせてあげたいけど、なかなか山の上では手に入らず、困っていたんだって。確かに、ここまでの道のりは険しい獣道なので、山歩きに慣れてないと大変なのかも。
「そっかぁ。僕、土魔法が使えますから、山道の整備をしてもいいですか?通うのも楽になるし」
そう申し出たら、好きにして構わないと言われた。山は大神殿の管轄なので、モジス国のお役所に許可を取る必要もないのだとか。
「クルツ。もしここに頻繁に通うなら、麓の村からの買い出しを頼んでも良いか?お前の無理のない程度で良い。勿論謝礼は払うぞ」
「勿論です!お任せくださいっ!」
それから僕は、シーファに会いに大神殿に通いつつ、行きは麓の村からジル様たちに頼まれていた物や大神殿宛の手紙を運び、帰りは少しずつ道の整備をしてから街に戻った。
整備といっても大したことはしていない。風魔法で鬱蒼としている木を切り倒し、細い獣道を土魔法で広げて均した。馬車が通れるぐらいの広さにしたら、荷物を運ぶのも苦にならないだろう。伐採した木は火魔法で乾燥させ薪にして、大神殿に持っていったり、村に持ち帰って売った。道を広げたことで山の中に巣を作っていた獲物を何十頭か狩り、大神殿へのお土産にする。沢山狩れた時は、素材や肉を冒険者ギルドに売ったので、麓の村での宿代には困らなかった。
こうした生活は、シーファが12歳になるまでの4年間続いた。道が整った事により、以前より大神殿への道行が楽になった。お陰で商人だけでなく大神殿への参拝の人も増え、手紙の運搬や日常品の買い入れが楽になったと感謝された。
また、年に一度、モジス国の王様と王妃様が大神殿の参詣にいらっしゃるらしいが、道が広がったおかげでいつもの半分以下の荷物と時間で大神殿に行く事ができる様になったので、大変お喜びになっていたのだとか。ジル様からそう教えられ、モジス国からのご褒美まで頂いてしまった。良いのかな。
大神殿の街道整備で、討伐と貢献度を評価され、僕の冒険者レベルはB級まで上がった。僕は妹に会うついでに、土産のための狩りと、自分が通いやすくなるための道作りをしただけなんだけど。そう言えば、麓の村はいつの間にか村から街になっていた。人も増え、店も増えて賑やかになった。村長さんや村のお年寄り達が、働き手になる若い者が帰ってきて活気が戻ったと喜んでいた。良かったね。