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派手に凱旋しながら門を通っていく。手を振られ、涙している人がいて、声援を送られる。両親には心配されながらも家できちんと挨拶をしてきたので、この群衆の中にはいない。俺たちはなんとなく居た堪れない気持ちで歩いていた。
いや、シーカは聖女という扱いなので馬に乗っている。しかも王子の左後方という近い距離。シーカは緊張のためか、馬の轡を引いて歩く俺を気遣わしげにちらちらと見てくる。
「気にすんな、前向いて微笑んどくといい」
巻き込まれてしまったのだから、しっかり聖女をやって、もらえる恩恵はもらっておかないと損だろう。そんな気持ちを込めて見上げれば、シーカも少しだけ微笑んでくれた。
今日のために髪の毛は美しく巻かれ、風になびいていた。服も聖女らしいものを与えられていて、やたらと動きにくそうな服だ。宗教儀式のためのものらしく、おそらくは衣装とセットの仰々しい杖もシーカは持て余していた。
(本人は嫌がってそうだが、まぁ綺麗なのは確かだな)
キラキラして、いかにも聖なるものっぽくて俺は嫌いじゃなかった。
森に入ってからは思いのほか順調だった。聖女としてそれなりに尊重されているし、兄であり同じく白魔法の使い手である俺もわりと丁寧な扱いを受けている。魔物は前線付近の兵士たちだけで対応できているようで、平和なものだ。
だからといってこちらも何もしていないわけではない。なんたってここは魔の森。
びっくりするほど汚いのだ。
なんだこの黒い霧。排気ガスか?体にいいわけないだろうこんなもの。魔物がこの霧が集まって生まれるとか悪夢だわ、浄化させろ浄化。このために俺は同行したんだよ。常に魔法をぶっぱなしつづけたいがそれでは魔力も体力も持たないので、野営時に夜の見回りを買って出ている。
「実際、魔霧を吸って眠ると悪夢を見るらしいしなぁ」
普通の悪夢らしいのは耐性の弱い兵士どもが魘されているのを見る限りわかる。だが悪夢を操る魔物がいないともいえないし、夢が現実に反映されてしまう系のスプラッターになってもこまる。浄化、浄化。付け入る隙を与えるな。白魔法は最高なんだ。
「む、見回りか白魔法士殿」
「こんばんは、そうですよ。どうです。ひと振り、浄化魔法かけときますか」
「晩酌みたいな言い方をするな、汗をかいてしまってるんだ。汚れ落としの方も頼めるか」
「了解しました、近衛兵殿」
近衛兵殿は心得たようにリラックスした表情で目を閉じた。上から下へ杖を振れば訓練の汗臭さも焚き火のすす臭さも消える。すっきりした顔で近衛兵殿は大きく深呼吸をして礼を言ってくれた。
「あー、ありがたい。白魔法士殿だろう、見回りの時に魔霧を消してくれているの」
「なんだ、気づいてましたか」
「そりゃぁな、あれは普通に呼吸をしているだけで結構息苦しいんだ。悪夢にも悩まされるし、ひどい場合は中毒になって幻覚をみだすやつもいる。覚悟はしていたがここまで霧が濃いとは思っていなかったから、あんたがいてくれてよかった」
「へぇ、思ってたより症状が重いですね・・・結界でもはっときますか?」
「おいおい、この規模の結界なんてアンタがぶっ倒れちまうだろ。そりゃ困る」
これくらいの規模なら別に問題ないが、だが確かに入りきらなかった場合は面倒くさそうだ。やめておこうと思った。絶対お偉いさんから結界に~なんてやり取りが発生してしまう。もちろん、森の中心に近づけば近づくほど霧は濃くなるのだろうし、どうしようもなくなったときの手段においておこう。
「それじゃ、俺はまだ見回りがあるんで」
「あ、そうだ。聖女のお兄さん」
会話も途切れたし、と愛想笑いでその場を離れようとすると、白魔法士ではなく聖女の兄と呼び止められた。なんだ?と無言で首をかしげれば一応許可とっておこうと思ってな、と言われた。
「聖女様が剣を教えて欲しいって言ってるんだが、教えていいかい?」
「シーカが・・・暇だなぁって?」
「そうかもしれないが、単純に身体を動かしたいみたいだ」
「はは、中々お転婆なんです。よろしくお願いしますね」
俺よりは少ないものの、妹も冒険者として活動してるもんなぁとしか思わなかった。貴族からすれば信じられないことのなのかもしれないが、俺が却下するような内容じゃない。そうして今度こそ見回りを再開し、虫を払うように魔霧を消し飛ばす作業へ戻った。
■
ザン、と最小限の音を立てて枝は切り落とされる。見事だ、と思った。ドヤッと言わんばかりの表情で振り返ったのは聖女の衣装のまま聖女らしからぬ一般兵士支給のロングソードを手にしていた。
「やるじゃないか、シーカ」
「そうでしょう?!私、白魔法より剣に才能を感じておりますの今!」
「あぁ、白魔法は俺に任せろ、白魔法が効かなくて物理攻撃しか効果のないスラッシャーなんて現れたら頼りにさせてもらおう。閉じ込められて殺し合いを始めさせられちゃうデス・ゲームとかももしかしたらあるかもしれないしな」
いやぁ、そう考えると白魔法だけじゃなくて俺も杖に刃物仕込んだりしたほうがいいかなぁ、毒とかはアンチポイズンとかあるんだけどさぁ
「まだ重いなぁって感じるのですけども、もう剣に振り回されることはありません」
「よかろう、では次の段階に移りますか。まったく、驚く程の成長スピードですな」
随分楽しそうだと意外に思った。シーカは穏やかで何事も前向きに取り組むが、これだけ自発的に楽しんでいるのは珍しい。よほど剣術が肌に合ったのだろう。もしくは教えてくれている近衛兵殿が他人をのせるのが上手いのか。まぁ本当に魔王とやらと戦うことになるかどうかはわからないが自衛手段が増えるのはいいことだ。
そろそろ出発になるから準備しておけよ、とだけ伝えてその場から去る。テントなどを片付けているメンバーの元へいき、手伝いを申し出れば喜んで迎えられた。どうやら保存食の状態が気になるらしい。
「この辺りで狩った動物だろう?魔霧に汚染されてるかもしれないのにそのまま干し肉にしちまったからさぁ」
「おっす、じゃぁ浄化魔法、正常化魔法と毒消し魔法って全部かけとくんで」
「助かるぜぇ~こっから先はもう魔物以外いねぇし、補給も難しいからよぉ」
素早く袋いっぱいの干し肉に魔法をかけていく。そろそろ食糧事情がやばくなるのか、と顔をしかめざるをえない。どれくらい順調に進軍できているかの正確な情報は回ってきていないが、これだけ魔霧が濃いのだ、本丸に近づいていることは確かだろう。
「ジョンのやつがこっから先めっちゃやばいとか言ってたが、どうなんすか部隊長」
「あぁ、魔物がめっちゃ強くなるって話だなぁ」
部隊長と呼ばれた男がずた袋をたくましく担ぎ上げてそう言った。
「魔王っていうネーミングだが別に王国築いているわけじゃねぇ、ただ周期的に知性をもった魔物が増えるんだ」
「知性を持ち始めると群れはじめる。そして群れるとリーダーを決めるだろう?そうして魔王ってのはできるんだよ」
テントを畳んでいた男が作業の手を止めずに詳しく話してくれる。質問をした男は興味深そうに前のめりになった。俺も興味深く思った。正直、魔物については避難訓練や災害時の知識レベルのことしか習わない、生態や習性といったところは初耳だった。
「魔王ってことは四天王とかあるんすか」
「学者どもが大真面目に魔物のヒエラルキー研究して四天王ってネーミングつけてたぜ」
ちゃんと学問として確立されているのか。まぁそりゃ研究ぐらいするか、生活に影響する存在だしなぁ・・・。
「知性があるってのはどういうレベルなんです?」
「これが不思議な話でな、魔王だけは喋れんだと」
「絵本みたいに?」
「絵本みたいに」
おそらく皆の脳裏にある絵本は同じだ。勇者と魔王の昔話、有名な絵本だ。口伝となるぐらいには、古くから魔王は現れ、倒され、時に自然に消えていったことがわかる。絵本では、黒いヤギか犬かわからないような塗りつぶされた大きな動物が高笑いをして魔王は永遠なり、と叫ぶ。
「そういえば、勇者って・・・」
「魔物だぁーーー!!」
荷物をすっかり積み終え、準備は終わったという段階。流れで疑問に思ったことを口に出すと同時に、後ろのほうから声が上がった。周りが一瞬で警戒態勢に入った。横っ腹を殴られた形になるだろう。王子や護衛対象になるようなお偉いさんたちは前方に固まっているはずだ。皆慣れたもので非戦闘員などをすぐさま下がらせて魔物の情報を大声で共有する。
俺もただの白魔法士なので杖を構えつつも兵士たちの後ろへ位置取る。ロングソードを構えてる兵士達は耳を澄ませている。まだ魔物の姿は見えないが、確かに戦闘の音がする。手間取っているのだろうか、
「そっちいったぞ!跳躍する!足を狙え!」
兎と狼の間の子みたいな印象を受ける魔物だった。細く長い足で土煙をあげて俺たちの前に降り立つ。その魔物を中心に素早く距離をとり、円形に空間が空く。飛び道具を扱うものが、一瞬悩んで武器を下ろした。この距離感では外せば対向の仲間が危険だ。
「そいつは突進してくるっ盾役を前に出せ!」
「俺が受ける!」
大きな盾を構えて筋骨隆々とした男が前に出た。どうやら移動のためラフな格好をしていたが荷物から大きな盾だけ持って、駆けつけてくれたようだった。周りも連携して攻撃をしようとするが、魔物は体躯のわりに素早く、中々攻撃は当たらなかった。
そうこうしている内に再び高く飛び上がろうとする仕草がみえた。おそらく着地するだろう方向へ視線をやれば、そこにはシーカがいた。まずい、と思った。あの魔物に白魔法は効くだろうか、気をそらすぐらいにはなるかもしれない。杖を振ろうとしたが、それよりも前にシーカは剣を構えて、振り抜いた。魔物が着地態勢をとったタイミングだった。振り抜く勢いと、最高打点から落ちる勢いとでかなり深く傷つけたようだった。前足の付け根から黒い血が噴き出す。
「シーカ!」
咄嗟に意味もなく名前を読んでしまう。それに反応することもなくシーカは態勢を崩した魔物の懐、ちょうど首元を晒してしまう場所へ潜り込み、鮮やかに剣を振るった。
魔物は、その巨体を崩して地面へ横たわった。驚いて見守っていた周りの兵士たち、特に冒険者のメンバーはすぐに気を取り直して倒したことを周りへ報告した。ふざけた口調で聖女さまが魔物をぶった切ったぞーなどと言い出していた。その軽さに、周りも釣られたのか、シーカを口々に褒めたたえ、勞った。
「すごいじゃないですか、聖女さま」
「既に実践で通じる腕をお持ちとは」
「え、いやっ思わず身体が動いてしまって、皆さんの連携を乱してしまったかと」
シーカは慌てて恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうにした。その様子に剣の手ほどきをしていた近衛兵が近づいて声をかけていた。俺もシーカの元へ行きたかったが、今は人が多い。活躍みていたぞ、と後で声を掛けようと決めた。
そうして踵を返そうとして、立派な盾と剣をもったデレル王子が目に入った。唖然とした表情のまま固定され、視線はシーカへと向いていた。急いでこちらへ駆けつけてくれたのだろうか、と首をかしげてから俺は納得した。
勇者役をご希望だったんですね、と。
先ほど浮かんだ疑問。魔王がいて、聖女がいる。ならば英雄とも言える勇者役は今回誰が担うのか。馬鹿な質問だ。王子が複数同行しているとはいえ、聖女を連れてきたデレル王子が最有力候補なのだろう。少なくとも本人はそういうつもりで来ているはずだ。
ため息が出た。そして少しの同情だ。格好よく勇者候補として皆の前で魔物を倒す姿をみせようという時に、聖女が魔物を一刀両断。
あぁ~悔しそうな顔。でもシーカを連れてきたのはあなたなので、魔物もこれからバンバンでるのでそっちで活躍する機会がありますよ。と声をかけたいところだが一般人の自分が気安く声をかけることもできず、ハラハラとしたまま視線をうろうろさせた。
デレル王子は何も言わずそのまま踵を返して所定の位置へ戻ったようだった。姿が見えなくなってようやく胸をなでおろした。さて、今の魔物で発生した魔霧を掃除しないとな。
「魔霧浄化・カタルシス」
ステッキをくるっと回して一帯を綺麗にする。爽やかなミントの香りはおまけである。明度や彩度が一段階変わったような心地を感じたのだろう。周囲はおお、と感嘆の声が漏れていた。素直に嬉しい。どうだ、白魔法は素晴らしいだろう。
「聖女の兄ちゃんすげぇなぁ」
「流石だなぁ、先頭の方も頼めるか聖女のあんちゃん」
いいですよー、と軽く返事はしたものの、聖女の兄ちゃんはおかしくない?いや言葉の通りではあるんだけどなんかニュアンスが違う気がする。聖女の兄ではあるけど俺は聖女じゃないぞ。白魔法士だがな。
聖女として必要な活躍を俺がしてしまい、勇者としての活躍を妹がしてしまっている現状に思い至り、つい頭を抱えたくなった