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妹が誕生し、魔力の有無を調べる儀式とやらも終えた。どうやら俺と妹は無事に魔力がある、ということがわかったらしい。まだ使いこなせはしないが、学校に入学すると教えてもらえるとのこと。魔力と学校、そんな単語を聞いて俺はついにファンタジーがきたんじゃないかと希望が芽生えた。
儀式は別に暗室とかわけのわからん魔法陣が書いてあるとかそんな要素はどこにもなく、まるで身体測定のようにモノクルをつけた爺さんに瞳を見てもらうだけだった。あの爺さんはえらい神官様だとか母親が言っていた。
魔力のある子供というのも珍しくないようだし、魔女狩りの線も消えた。幽霊が見えたりする様子も今のところない。平和だ。とても平和だ。すばらしい。俺ももうすぐ六歳を迎える。学校がはじまるのが十歳とか言っていたのでまだ四年も自由だ。そこからはどうなるかわからない、ティーンエイジャーは危険な年齢だ。俺の人生の半分はティーンエイジャーで死んだ。油断してはならない・・・だが、もしも、もしも箒にのって杖を振り回すだけのファンタジーならば今生、大当たりなのでは。
「スピノザ、今日から暫く外出は禁止よ」
「母上?なぜ・・・」
「こわーいモンスターが街を彷徨いているから勇者様が倒してくれるのを待つのよ」
え?モンスターおるん?
あ、ファンタジーならいるか。いや待って、子供用のおはなしで実は原因不明の奇病が流行ってるとか凄いスプラッターな殺人鬼うろついてるとかじゃ、ないよね?
全然大当たりじゃない可能性の浮上。
安心した途端これか、俺はすぐに敵の情報収集を開始した。
しかし抜け出し大冒険をしては巻き込まれて享年六歳になるため、使用人の噂話なんかをこっそり聞くだけ。パソコンないしできることがほぼないんだわ。
「ジョディのとこおばあさんがアンデッドになっちゃってたって」
「え、問題になってる墓地の?」
「街に入ってきてて、冒険者が倒してくれたみたいだけど」
「暫く収まりそうにないわねぇ、あの墓地300年は続いてるでしょう」
洗濯物を干すメイド二人の会話に耳をそばだてながら、俺は大きく息をはいた。落ち着け、落ち着くのだ。静かに窓を閉めて、自室へ戻る。五歳のときに与えられた俺個人の部屋、大きなベッドに飛び込んで、枕に顔を沈めた。
ああああああゾンビパニックきちゃったぁあああ!!!
墓地!アンデッド!ゾンビ!なんかあっさりしてるけどゾンビって大事件では?感染者が爆発的に増えて籠城戦になる上、人間同士の醜い内輪もめも増えるという精神的にしんどいパターン。俺はスーパーに篭城中に食糧問題で普通の人間に殺されたり、ゾンビから逃げてる途中に囮にされてゾンビに噛まれたり、色々あった。本当に色々だ。というかそろそろゾンビウイルス耐性とかできててもおかしくないと思うんだが、それは転生だと引き継げませんかね。
どうするんだよ、ゾンビが街をうろついてて危ないから外出禁止って、対策それだけなのか。まぁ突然そんな説明されたら発狂してたかもしれない。ゾンビは勇者じゃ倒せないでしょ・・・。数の暴力だぞゾンビは。
(あ、でも冒険者が倒せるのか)
いや倒すといってもどうやってるのか知らない。結局まだ動いてるとか、戦ったけど噛まれてソイツが時間差でゾンビになるのでは。
頭を悩ませたところで六歳の自分には何もできない。部屋にこもって大人しくベッドに引きこもるだけだ。本当はこの世界に存在するモンスターとやらをきちんと調べたいが、本があるのは父親の執務室ぐらいだ。自分の部屋には勇者がドラゴンを倒す絵本ぐらいしかない。紙が高い世界観だと思ってるけど、どうなんかね。
(魔道具いじるか・・・)
ひっぱりだしてきたものは一見ガラクタ。プラモデルのキットのようなものだ。説明書のようなものを読んで組み立てていくとキラキラ光る魔道具が組み込まれたでかい蝶の模型ができる。実際飛ぶらしい。科学実験キットのようなものだと思っているが、俺は魔力があると言われたときに親にプレゼントされ、すっかりハマってしまった。
材料と理論さえあれば結構自由に魔道具作れるの最高だよな・・・
いつか学校で専門的に魔道具作りについて学びたいもんだ。
ぶぶぶぶーびびびびー
珍妙な音が僅かに聞こえた。静かだったから気づけたが、その音は外から響いてきたようだ。その音に覚えのあった俺は窓を開けてどこから発されているか確認をした。この音の元には妹がいるはずなのだ。
なぜなら俺がキットで作った音のなるボールだからだ。投げて衝撃を与えると音と光がなる玩具だ。作って満足した俺はそれを妹に防犯ブザー替わりにあげたのだ。ただ遊んで鳴らしている可能性もあるが、なにかあったのかもしれない。
「シーカ!」
「お兄ちゃん!」
妹のシーカが手を振っている。なんだ問題ないな、と思い笑って手を振り返す。まだ音は鳴り響いているが、妹の傍にはそれらしいボールは転がっていない。
「シーカ、ブザーボールはどうした?」
「なげたー」
「どこへ?」
「あの変なの」
指をさしたのは黒い鉄の柵の向こう。つまり庭の外だ。変なのってまさかなにか狙って投げたのか、人だった場合申し訳ない。謝らせなければ、そう思って俺は窓から外へ出て妹の元へ走った。
近づくにつれ嫌な臭いが立ち込めた。強烈な、腐敗臭。あぁ嫌な予感。嫌いだ、とても嫌いなやつだ。生ゴミの甘酸っぱい腐敗臭よりもさらに一歩すすんで、ヘドロを混ぜ込んだ臭い。嗅いだこともない、しかし懐かしいと記憶がいう。
ずる、ずる、と引きずる音とブザーボールが踏み潰される音がした。
妹はまだ柵の向こうをみていた。あぁ兄である俺がみないわけもいかないな。仕方なく視線をたどれば、そこには腐敗臭の塊が、見事人の形をとっていた。こいつに投げつけたのか、謝る必要はないがお怒りのようだ。
件のゾンビはちぎれた自身の腕をもう片手で引きずりながら、ゆっくりと柵へ近づいてきた。
「シーカ、逃げるぞ」
妹を背中へ庇いつつ、視線をはずさずに後退した。このまま使用人や両親がいるところまで逃げよう。幸運なことにこのゾンビは鈍い。ありがたいことだ、そうだともゾンビとは鈍いものであるべきだ。高速で走ったり筋骨隆々とした変態ゾンビを認めるものか。
シーカはあんまり危機感もなく、遊びだと思ったのかニコニコと笑顔だ。泣かれるよりはいい、と思い鬼ごっこだ、と背中を押した。母上のとこまで競争だ。きゃーっと楽しそうに走り去る妹、あいつゾンビにブザーボール投げつけたんだっけ。やんちゃかよ。
ばきっ、みしっと柵の壊れる音がした振り返ればゾンビはその濁った目でしっかりと俺を捕らえていた。出来た隙間に身体をつっこんで、そのまま破壊しながら我が敷地内へ入ってくる。だめだ、追ってくる。獲物ロックオンしてる。
すぐに家にはいってバリケード作るべきだ。地下もあるが、出れなくなるのはダメだ。俺は高速で今までの経験を思い出す。これが走馬灯となるなよ、と願いながら走った。
鈍いゾンビとはすぐ距離ができた。妹にも追いついたので、抱き上げて走る。玄関まできて、家に入ろうとすると花壇の方に母がいるのが見えた。なんで外にいるんだと思い走り寄る。
「母上!はやく家にはいって!ゾンビだ!」
「スピノザ?シーカまで、ゾンビですって?!」
「そうだよ、追ってきてる!柵を壊された!」
玄関扉を開いて母に飛びつこうとする妹を少々乱暴に詰め込み、日傘を投げ出す母を待つ。まだ来ていないだろうと振り返れば、考えが甘いぞと笑うようにゾンビがいた。ずるずるすり足で歩いているくせに、玄関ポーチの段差を上がってくるんじゃねぇよ。躓いてこけろや。
「きゃああ!」
「母上!」
長いドレスにもたついた母が妹を抱きしめて倒れてしまう。あんたがコケるんかい、ギリギリ扉は締められそうだ。俺が、はいらなければ。
がぁあああ・・・
喉を震わせるゾンビの歪な威嚇、扉への体当たり。小さい俺のことはあまり見えていないようだ。扉は手前に引くタイプ、体当たりでは開かない。これなら一瞬離れて木の棒くらい探しに行けるだろうか。
目は離さない。ぶち破られたとしても、流石に扉の前からは逃げ出しているだろう。文字通り転がりながら、手近にあった花壇の縁石をゾンビへ投げつけた。注意がこちらへ引ければいい。
予想通りターゲットは俺となった。大口を開けて歯並びの悪さをみせつける姿に、噛み付かれる前に石を放り込んでやる、と構えた。腰が抜けたままの格好悪い姿、タイミングを測った。
目の前のゾンビは、その動きを止めた。時が止まったかのように見えたが、すぐにゾンビの内側から光を漏れでて、それは全身へ広がった。次の瞬きの瞬間にはカラン、カラン、と軽い音を立てて骨がいくつも転がった。頭蓋骨が膝にのり、目を丸くしてしまう。その骨からはまるでドライアイスに水を被せたようなスモークが炊き上がり、浄化されているのだと思った。
「やれやれ、とんだハプニングじゃないかい」
地面にバラバラ転がる骨格標本に目を奪われていると、嗄れているけれど妙に陽気な声がかかった。バッと振り向くとそこにはサングラスをした白髪の女性が仁王立ちしていた。服は母が着るようなドレスよりもっと派手な花柄だ。
「い、いまのは・・・」
「このババア様の白魔法さ、ぼくちゃん」
「しろまほう・・・」
それって?それって、ゾンビを今みたいにできる魔法だな?
でかいババア様の後ろから父上が心配そうな顔でやってきたが俺はそんなことを気にしていられなかった。力の入らない脚を叱咤して、ババア様の足元にスライディングする。
「ババア様!」
「なんだい、ぼくちゃん!」
「俺を弟子にしてくれ!!」
白魔法あるとかやっぱこの世界大当たりですわ。