GAME:1
作品内で使われるトランプなどのゲームは、作者が覚えているルールを使用しています。違うと感じられたらスイマセン。
朝。
それは爽やかな時間。
朝。
それは鳥のさえずりと、カーテンをほのかに照らす朝日から成る1日の始まり。
朝。
それは、
ドスッ!
……腹部に走る激痛で目覚める、夢のような時間。
「こらっ、さっさと起きろ!!」
…朝。
それは……。
「お・き・ろ〜!!」
「だぁぁぁ!!うるさいっ!」
狭いアパートの一室に、大変近所迷惑な大声が響いた。
・
・
・
・
「まったく……」
フライパンに卵を落とし、口から漏れたのは溜め息とそんな言葉だった。
フライパンに落ちた卵は、徐々に白身を白く染め、文字通りその身を焦がしている。
黄身の色が少し変わったと思った瞬間、フライ返しを卵の裏に差し込む。
そのまま卵を皿に移し、見事な半熟の目玉焼きの完成だ。
何故か『彼女』は、半熟でなければ目玉焼きを食べようとしないのだ。
「おっ、と」
危ない危ない…。
危うく鮭が焼け過ぎるところだった。
焼け具合は……いいみたいだな。
皮にほんのりと焦げ目がつき、身は鮮やかなピンク色。
焼き鮭を皿の上の目玉焼きに並べ、おかずは完成。
あとはご飯と味噌汁を盛り、我が家の朝食が出来上がる。
「ほら、出来たよ。さっさと運んで」
「ああ、ありがとう」
喜びの声を上げながら、彼女――蜘蛛の少女が自分の分の朝食を運んだ。
少女の名前は御楽。
蜘蛛の少女と言っても、別に悪の秘密結社に改造された怪人などではない。
数週間ほど前のことだ。
部屋で一匹の蜘蛛を見つけた。
小さな蜘蛛だったが、勝手に部屋の中に巣を張られては困る。
僕はハエ叩きを振りかぶり、フルスイングで蜘蛛を窓の外へ弾き飛ばした。
その日の夜。
僕の部屋に一人の少女が現れた。
長くて綺麗な黒髪に、鮮やかな模様の入った黒い和服。
そして、少女は言った。
『――よくも殺してくれたわね』
あの時、何故か僕は
「ああ、あの蜘蛛か」と、心のどこかで思っていた。
そして次の瞬間、僕は彼女に唇を塞がれた。
彼女の長い舌が僕の口内を蛇のように動き回る。唇が離れた時、僕らの口からは粘っこい蜘蛛の糸のような、彼女の唾液が伸びていた。
『これが貴方へ、私からの呪いの証。貴方の時間は止まり、この呪いが解けるまで貴方は私に縛られる』
なんでも、彼女は600年以上も己の霊力だけで生き続けていた大蜘蛛で、そんな自分を殺した僕を呪いに来たらしい。
なんでそんな蜘蛛がハエ叩き程度で死んだのかは謎だったが、とりあえず彼女の呪いは本物だった。
まず身体の成長が止まった。
身長はもちろん、爪も伸びないし髪も伸びない。
食事は取れたが特に必要ではなく、ただ排泄物に変わるだけ。
お風呂に入っても老廃物が出ないため、簡単に汗を流すくらいになった。
自分が人間ではなくなっていく恐怖。
僕はすぐに、この呪いを解くための術を彼女に求めた。
そして、その方法は……。
「ふぅ〜……食べた食べた!」
「おそまつさまでした」
彼女の満足そうな笑みにつられ、つい僕も笑みをこぼしてしまう。
なんだか彼女を見てると、自分は別に普通の人間なんじゃないのかと勘違いしてしまう。
しかし、現実は違う。
僕こと富条 巳角は呪われた改造人間であり、悪の秘密結社に属する蜘蛛女と激闘を繰り広げる毎日を過ごしていたのだっ!
……うん、こっちの方がいいかも。なんか明るいし…ハハ。
「じゃあ……お腹もいっぱいになったし、そろそろ始める?」
そう言いながら、御楽はテーブルの上にトランプを差し出した。
なるほど、今日はトランプか……。
僕がこの呪いから助かる方法、それは……勝つこと。
御楽が毎回決める勝負に、一回でも勝てば呪いは解いてくれる。
それが、御楽の出した条件だった。
時に花札、時には麻雀。
その勝負は毎回変わるが、今日はトランプらしい。
「トランプで何をするの?」
「大富豪よ。昔、学生がやっているのを見て覚えたの」
大富豪か……そういえば、僕の通ってた高校でも時々やってる奴がいたっけ。
高校を卒業して就職した仕事も、御楽の呪いで辞めさせられた。
ある日突然、上司に呼ばれそのままクビ。
クビにされ、帰って来たら
「お金なら気にしなくていいから〜」と気楽に言われた時は、本当に鳥肌が立ったなぁ……。
「ルールは普通の大富豪。9リターンはややこしいからなし。それ以外はオーケー」
御楽がカードを四手に配る。おそらく、二手に配るとカードが固まるからだろう。
4つのカードの束が出来上がると、御楽はそれぞれの束から一番上のカードをめくった。
「さあ、どの手札にする?」
「う〜…ん」
めくられたカードはそれぞれ、
スペードのQ、
ダイヤの3、
ダイヤの7、
ダイヤの5、だ。
この時点では、まだどれを取るか決め手に欠ける。
つまり、勘。
「……これかな」
「じゃ、私はこれ」
結果、僕はスペードのQの束を。御楽はダイヤの5の束を手に取った。
ふむ、悪くない手札だ。
というのも、ジョーカーが二枚とも手札に来ている。他の手札もなかなかの強さ。これは……いける。
「まずは私ね。ハートの3、4、5、6……階段革命よ」
なっ、いきなりか!
革命をされたら、絵札の多い僕の手札はかなり弱くなる。
「じゃあ次は、コレね」
次に彼女が出したのは、クローバーの9。
一枚なら、ジョーカーを使って僕が先行を取れる。
その先行でジョーカーを使った革命返し。あとは2を使って上がればいい。
そのためには、いらないカードを効率良く消費せねば……。
僕が出したのは、ハートの7。
間を開けずに、御楽も次のカードを出した。
御楽のカードはダイヤの6。
くそっ、本当に今の状況じゃ出せるカードがない…。
なら、これだ……!
「…っ!」
僕は場に、ジョーカーを出した。
どうだ、これなら流石に御楽と言えど……!
「……そう…そうなの」
不適な笑みを溢しながら、御楽がそう呟いた。
そして御楽は、場にゆっくりとカードを出す。
そう、スペードの3を。
「なっ……!?」
やられた!!
ジョーカーが単体の時、スペードの3はジョーカーを切ることが出来る。
御楽は勝利を確信したのか、ポーカーフェイスを作ることもなく不適な笑みを浮かべている。
くっ……まだだ…!
「貴方の負けよ、巳角」
「っ!!」
彼女の笑みが、初めて会ったあの夜を思い出させる。
こうなると、もう駄目だ。毎回、御楽がこの笑みを浮かべると、僕は必ず敗北する。
そう……僕は、負ける。
「はい、いいわよ」
彼女が出したカードは、ダイヤの10。
僕はハートの7を出したが、すぐに御楽がダイヤの4を出す。
「どうせ下のカードはないんでしょう?切るわよ」
さっき、6のあとに僕がジョーカーを出した時、御楽は情報を得ようとしていたのだ。
結果、彼女は
「アイツは6より下のカードはない」という情報を得たのか。
次に御楽はダイヤの5を出す。
二人でゲームをした場合、5スキップは8切りのような効果になるので、流し。
あとは8のダブルで8切り流し、スペードの7で御楽が上がった。
「……負けた」
「勝ったわ」
また負けた、か……。
まったく、なんであんなに勝負事が強いんだ……。
「ふふ、巳角はわかりやすいのよ。良いカードが来たからって、笑みを溢すのはやめなさい。
あと、わかりやすいカードの揃え方もやめなさいね。多分、貴方は強いカードを右から順に並べる癖があるのかしら。革命で強さが反転した時、手札を持ち変えたのでもわかったわ」
あの1ゲームで、それだけのことを見抜かれていたのか……参ったな。
「さて、と。私の勝ちだから……ね」
御楽はカードを片付けると、四つん這いになり、ゆっくりとこちらに近づいて来た。
その動きは、まさに糸を渡る蜘蛛そのもの。
獲物を見つめたまま、ゆっくり……ゆっくりと、巣に絡まった獲物を追い詰める。
御楽の白くて細い腕が、僕の顔にゆっくりとかけられる。
「んっ……」
そして、唇を塞がれる。
僕の口は簡単に御楽の舌の侵入を許し、そのまま乱暴に唇を貪られる。
そして、御楽は馴れた手付きで自分の服を脱がしていく。
僕が勝てば、呪いは解かれる。
しかし負ければ、僕は御楽に精気を吸われる。
これが、御楽が僕にかけた本当の呪い。
僕を死なない人間にして、必要な精気を吸い取るための家畜にする。
こうして、僕はまた精気を吸われる。
蜘蛛の巣に絡まった、蛾のように……。
とはいえ、そこまで酷いことはされていない。
精気を吸われるといっても、別に痛いわけじゃないし。
「ねえ、巳角」
「ん?」
台所で晩御飯の用意をしていると、不意に御楽が話しかけてきた。
「明日は、何の勝負する?」