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恋愛初心者、恋をする  作者: 織田 智
婚約初心者
98/114

94話

 街は次第にクリスマスのムードになり、所々でツリーや夜にはライトアップが始まる11月の終わり。

「山崎戻りました」と昼過ぎの営業部との会議からもどったほのかが目にしたのは、真木の席に呼び出された堤の姿だった。


「昨日やり直してって言った2ページ目直ってないぞ。このデザインはこれだけの予算では無理だろうって話ししたやつ」

「あ、すみません。忘れてました」

「無理そうならこっちで修正するから言って」

「いえ、直ぐにやります!」


 そんなやり取りがあって、室内に少し緊張が走っていた。


 その雰囲気の理由が知りたくて、ほのかは由香里のPCに“何かあったの?”とメッセージを送った。

 

“堤さんが昨日の午前中に言われてた修正をすっかり忘れちゃってたみたい”

“それって開発部に早く回せって言われてたやつじゃなかった?”

“だから真木先輩もちょっとピリピリしてるのよ”


由香里の言った“真木先輩()”と言うのが引っ掛かり、ちらりと三國の方を見てみれば、真木以上にイライラをため込んでいる姿があった。


——うひゃ、触らぬ神に祟りなしだ。


そう思っていたのも束の間で、このタイミングで運悪く来月納期のフォローアップを堤に割り振られていたのを思い出した。


大規模なサイトの政策で、そのうちの数ページを彼に割り振られていたのだが、まだ共有のフォルダに納品されていないところから察するに、まだ完成してないか忘れているのか……。


——念のために進捗を確認しておく必要があるけど……。うーん、声をかけにくい……。


仕方ないのでメッセージで“K社のデザイン案の納品がもうすぐなんですが、進行具合どうですか?”とメッセージを送った。


すると慌てて引き出しからUSBディスクを取り出してから、かちゃかちゃクリックをしている。


「すみません、今アップしました」


 ——あ、作業自体は終わってたみたいで良かった。


 そうして無事納品できる状態にして共有のフォルダにアップした時のことだった。



「堤君、ちょっといいかしら」


 そう言って立ち上がったのは三國だった。

カンファレンスルームの入り口に立って、彼にも入るように扉を開けたまま待っている。


——だ、第二の魔王あらわる!!


 思わず由香里と顔を合わせて、はらはらしながら「大丈夫かな」と彼の身を案じた。


「三國があそこまで荒ぶるなんて珍しいですね」


 村上もカンファレンスルームをすりガラスに映る影を捉えながら真木にそう訴える。声を荒げている様子はなく、声も漏れてはこないが、何かを必死に訴えている三國の姿は影となって表れている。


「……そうか? 三國は仕事に熱い奴だろ」

「三國が何に対してもの申してるのか想像つくんですか?」

「あぁ。堤はあまり取らないからな」



 ◆◆◆


「メモを取りなさい!」

「すみません」

「先輩から指示されてる間、ただ黙って聞いててどうするのよ!? ただでさえ教える方の手を煩わせてるんだから2回目聞かなくていいように努力しなさい!」


 以前三國が渡したお手製の資料は綺麗な状態のまま机の端に追いやられている。

 由香里にも同じものを渡しているが、彼女のものはメモや付箋がびっしりでよく使っている姿を見たものだ。それだけではなく、ミーティングの時間も日にちや時間の書き込みはするが、肝心の内容について書き込む癖がないようで、そのために「忘れてました」ということが多々起こっている。


 初日に三國の説明を聞きながら膝に手を置いたままの彼の姿を見てほのかも「あれ?」と思ったほどだ。


「あなた、仕事は速くて丁寧なんだから、つまんないところでミスして自身の評価を落とすなんて勿体ないじゃない」


 あまり怒られた経験がないのか、堤はすっかり黙ってしまう。三國も少し言いすぎてマズかったかなとも思うが、言わねばならないことだった。


「さ、戻りましょ」

「はい。すみませんでした」


 カンファレンスルームに入った時と一変して、出てくるときはふたりとも静かなものだった。

 すっかり言いたいことを言った三國が自分の席に戻ると由香里がこそっと耳打ちした。


「仕事の鬼っぷりが、第二の真木先輩って感じで板についてきましたね」

「……え? ここでディスられるとは思ってなかった」

「……ディスってはないと……」

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