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恋愛初心者、恋をする  作者: 織田 智
婚約初心者
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89話

 少しのミスはあったものの、それ以外の場所では真面目であるし、作業のスピードも申し分ないので、会社は堤を雇用することに決めた。


「ではみなさん、改めてこれからよろしくお願いします」


翌朝出勤してきた彼が深々とみんなに頭を下げた。「よろしくお願いします」とみんなも挨拶をして、正式なチームメイトとして彼を受け入れる。


 朝ルーティーンワークのひとつであるスケジュール確認すると、新しく入った小さい案件が真木と堤のふたりに割り振られていた。メインが堤で真木がそのサポートをする形だ。

 三國がそれに疑問を持って「真木先輩」と質問を投げかける。


「先輩が彼と案件を進めるんですか? 私じゃなくて?」

「三國には一昨年請け負ってもらった案件のフィックスが入ったから、そっちを優先してもらいたい。それでもいい?」

「いいですけど……」


 “けど”という言葉が気になり、「どうした?」と訊くと、ちょいちょいと三國が真木の耳元でこそっと話したい素振りをした。それに真木が耳を近づけて話しを聞く。


「分かってると思いますけど、厳しくしすぎないでくださいね、チーフ?」


 そう言った彼女の眼光が鋭い。由香里の時と同じ失敗はするなと言わんばかりの釘の刺しようだ。とはいえ真木の方もバカではないので、その辺はきちんと学習できている。


「侮ることなかれ」

「ならいいですが」


 若干訝しんだ表情を残したまま三國は自分の席に戻って作業を進めた。ほのかもそのふたりのやり取りを何となく認識しながら自分に割り振られている案件の資料を確認していると、「堤」と呼ぶ真木の声が背後からした。


「これ資料入れておいたから確認しといて。確認したらクライアントとやり取りしながら早速作業を始めてもらっていいけど、分からないことがあったら直ぐ質問して」


 ふたりは軽い打ち合わせをした後、それぞれの仕事に戻っていった。

 それから暫く音楽を聴きながら没頭できたのもつかの間、また真木が「堤」と呼ぶ声が響く。以前よりも優しいものの言い方をするよう努力しているが、それでも心なしか言葉に圧を感じるのは気のせいだろうか。




 時計は12時を過ぎていて、そろそろお昼かとイヤフォンを外した。周りを見れば残っているのは男性陣のみだった。


「先輩、お昼どうします?」

「村上と下のデザイン部に行った後で摂るから」

「そうですか」


 ほのかはスクリーンを消した後、鞄を持って食堂に向かうため廊下に出た。

 暦の上ではすっかり秋も深まり、玄関ホールと吹き抜けになっている場所はひんやりと冷え込んでいる。羽織るものを持ってくるかと、階段を降りかけた足を戻してもう一度部屋に戻った。


「あれ、戻ってきたんですか?」

「うん、少し寒かったんで羽織るものを取りに来たんです。堤さんも今から休憩ですか?」


 鞄を持って今まさに立ち上がろうとしていた彼を見てほのかが訊く。


「今日も何か持ってきたんですか?」

「いや、今日は特に。下の階の食堂があるって昨日聞いたんで、そこに行こうかと思ってました」

「あ、そうなんだ! 今日は私の好きなケータリングが入ってる日なんですよ。だから私も行こうかなって」


 そんな話の流れで一緒に行こうということになった。食堂でもここまで来て別々で座るのも何だか変だし、当然同じテーブルに座る。

 

「真木先輩どう? 厳しいでしょ」

「かなり……。昨日三國先輩が指導役でラッキーだっていう意味が分かりました」


 ――でもね、でもね、先輩の怖さはこんなモンじゃないの! 私にはもっと厳しかったのよー!


 内心そう言いたいのを抑えて、「お疲れさま」と話を聞くに徹した。


 半分ほど食べ終わったところで、デザイン部の大隅が真木と一緒に食堂にやってきたようで、「山崎さーん」と自分を呼ぶ声が聞こえた。


「大隅さん、お疲れ様です」

「お疲れさまー。あ、あなたが新しく入った堤さん? デザイン部の大隅です、よろしくね」


 相変わらず元気な大隅は堤にも挨拶をし、彼も「初めまして」と礼を返した。そして当然の如く同じテーブルに座ると、一緒に着いてきた真木もそこに腰を下ろすことになった。


「ねぇ、悠介。新し子入ったんだから山崎さんをこっちに回してくれない。うちの部署、先月ひとり辞めちゃった後にすっごい忙しくなったの」


 ——仲いいな。


「寝言は寝て言え、飲んでから酔っぱらえ。山崎は異動させないし、大隅のところに人が足りんなら人事に言え」

「悠介ってホント口悪いよね」


 真木と大隅はとても仲が良い。更に営業部の中川とこのふたりは入社したときからずっと一緒で、部署は違えどずっと一緒に働いてきたのだ。

 他にも彼らと同期入社した者もいるが、この3人はいわばできる奴らとして一目置かれていた。


「仲いいですね」


 と、堤も同じことを思ったのか、ぽつりとそうつぶやくと、「仲良くない」と真木が吐き捨てるように言う。

 その言い方が不器用なだけの言い方なのか、本気で怒っているのか慣れていないと分からないもので、堤は「すみません」と委縮してしまった。

 

「ちょっと、アンタの大事なチームメイトでしょ? もっと大事に扱いなさいよ」

「ごめんなさい、堤さん。真木先輩はめちゃくちゃ不器用なだけで、仲いいって言われて照れてるんです」


 仕事中はスーパーマンに近づいていた真木だが、それ以外の場所ではまだまだコミュニケーションの鍛錬が必要なようだ。


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