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恋愛初心者、恋をする  作者: 織田 智
婚約初心者
82/114

78話

 1階に降りると売店は既に閉まってしまった後で、村上と三國は仕方なく備え付けの自販機で売られている小さなペットボトルに入った炭酸水を買うことにする。


「袋持ってくれば良かったな」

「いいわよ、どうせ飲むって言っても3,4本なんだから」


 ガコン、ガコンと音を立てながら取り出し口に落ちてくるのを村上が拾う。


 4本目を拾い上げたところで、玄関ホールから裏庭に続く扉が開かれてさぁっと心地よい風が頬を撫でた。見ればこのホテルに泊まっているカップルが扉を開けて、外から戻ってきていた。通り抜けていった風には少し潮の香りが混じって、その扉の向こうには海が広がっていることが想像することができる。


「へー。あんなところから外に出られるんだ。何かあるのかなぁ?」


 三國が興味ありげに言うものだから、「見に行く?」と答えるのも自然なことだった。村上が4本ボトルを持っているのを見て彼女も持とうかと訊いてくるが、いいよと言う。

 その足でふたりは吸い込まれるように扉に向かった。


 中から見れば綺麗な扉だったが、潮風を受けているせいなのか外側から見ればかなり年季が入っているように見える。ガラスの周りについている黒いフレームは白い粉が浮いているほかに、ネジの部分には錆もあがっている。

 

 とは言えど、薄暗い明かりだけを頼りにしているので、少し不気味に見えるのも無理はないが。


 古ぼけたドアを抜けると綺麗に整えられた芝生があって、その先にウッドデッキが設けられていた。その先には真っ暗な海と、同じぐらい暗い空が広がっているだけだ。


「曇ってて月も星も見えないね」

「晴れてると気持ちいいんだろうな」

「さっきのカップルも見えなくて残念だっただろうねぇ」


 何も見えなくては特にすることもないので、部屋に戻ろうということになった。


「ねぇ、1本ちょうだい。喉乾いちゃった」


村上が持っていた4本のボトルの内ひとつを彼女に差し出されると、「ありがとう」と言って受け取った。


きゅっとキャップを捻って開けたその瞬間、プシュウっと中から勢いよく水が飛び出して、頭から水を被ってしまった。


 あまりにも突然のこと過ぎて、「きゃぁ」と悲鳴を上げたようだが、声にならない声を上げた後、驚いた表情だけが後に残った。


「最悪! 頭からベタベタに濡れちゃった!」


 彼女がそう怒りを表すのを見ると、それが可笑しくてははっと笑いがこみ上げてきた。


「面白くないんだけど!」


とムキになりながら「村上も濡れろ!」と言って半分残っていたボトルの水を彼に投げつけると透明な水は彼に向かって飛んでいき、体に当たると同時にパシャっと弾けた。


 それを見て「ざまぁ」と喜ぶ三國。ふたりして頭から水でべしゃべしゃになったが、何が嬉しいのか、互いが互いを見て大爆笑だ。


「もう一本買って戻ろうか」






「ということがあったのでこの様です」

「仲がいいようで何より」

「仲良くないですよ! 真木先輩には頭から水をぶっかけられた女性の気持ちが分からないんですか!?」


 より濡れている三國がタオルで頭を拭きながら怒りを訴えるよこで、「水をかけられて不快な気持ちに男も女もないと思うが」と尤もな返しをする。


「まぁまぁ。そういうことじゃないんだよ、マキちゃん。そんなんじゃモテないよ……いや、違うな。マキちゃんの場合はまずそのヨレた服が君の魅力をダメにしてると思うんだ」


 岡本はそういうが、この人は別にモテたいとかの欲求は薄そうだなと思ってしまう。なぜならそんな欲があるなら仕事にもせめてもう少しビジネスライクな服を選んでくるだろう。

 外部の人と会う時用に”まともな”服もロッカーに入れてはいるようだが、基本的には無地のTシャツにカーゴパンツがユニフォームになっている。


 山崎はその点どうも思わないのかが若干疑問だ。ちらりと彼女に目を配ると、岡本の意見に頷いている。


「岡本さんももっと言ってあげてください。先輩の仕事着がホントにダッサいんです」


 ――あ、やっぱダサいと思ってたんだ。


 ともあれ幸せにやっていけそうなふたりをみると、ダサいうんぬんは彼の生活を豊かにするのには関係なさそうだ。


 寡黙な男、村上の春は遠いのであった。

次の投稿は8月3日です。


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