76話
お腹も満たされて各自その場で自由行動になった。近くのビーチに泳ぎに行く者もいれば、ホテルのプールではしゃぐ者もいる。
リアス式海岸の穏やかな波にボートを浮かべて子どもと遊んでいる家族もちらほら見える。
ほのかも折角みんなで来た旅行なので海岸でビーチバレー、ビーチフラッグなどでこれでもかというぐらい満喫した。
散々遊び散らかした後にビーチハウスに立ち寄って、かき氷を食べる。カラカラに乾いた後に食べるとなぜこんなに美味しいのかと感心しながらシロップと氷を混ぜてみるが、サングラス越しには濁った赤色に見えるのが残念だ。
「ダーリンがこっち来なくて残念ね、ほのかちゃん」
由香里が悪戯っぽい物言いでちょっかいをかけてくる。
「ダーリンって……。先輩がこっち来るわけないじゃん。去年だって海でずっと本読んでたし」
「家でもあんな感じなの? デートとかどこ行くのよ?」
「デートかぁ。デートはご飯いったりとか、映画見に行ったりとか」
「手繋いだりとか想像できないんだけど」
――うん、まぁ、想像できない気持ちも分からなくもない。
「じゃぁさ、由香里ちゃん。岡本さんとかだとすごく自然に想像できるよね」
「あー。わかるわかる。めっちゃくちゃ優しそうだもん。コミュ力高いしさ……。それにもうすぐパパかぁ……いいお父さんになりそうだよね」
『家族』というキーワードを聞いて、自分もいずれ子どもを持つようになるのかなぁと頭の片隅で想像してみる。想像しながら波打ち際で遊んでいる親子に自分たちの将来の姿を重ねてみた。
夕方チームの女子メンバーは一緒に温泉に行こうとその場所に向かった。ほのかは途中ロビーを抜けるときに、ガラス越しにからうっすらと赤くなり始めた空が綺麗だったので、「先に行ってて」とひとり窓際に足を伸ばした。
ロビーからは死角になってよく見えなかったが、裏へと通じる扉がひっそりと設けられていて、そこを抜けると海を臨むことができる展望台デッキへと続いていた。
彼女が足を運んだ時には一番ベストなタイミングで、赤い太陽が海の中に沈もうとしている時だった。オレンジの真ん丸が次第に海に近づき、同じ色の光が一直線に波打ち際から地平線まで繋いでいる。
「綺麗だな」
その声にはっと振り返ると真木が後ろに立っていた。
「びっくりしました」
「空を見たいと思ったら、お前が居たから俺も驚いた」
「あ、私も同じこと思ってました。夕陽が綺麗だなって」
振り返ったまま笑うと、彼も同じように微笑んだ。
一歩、また一歩とほのかに近寄ってから、彼女のなびいている長い髪を手で掬うと、何の前触れもなく突然唇を寄せられた。
一瞬で離れていった感触を猛スピードで再生すると、恥ずかしさが遅れてやってきた。
「な! 誰かに見られたらどうするんですか!」
「別にいいだろ。周知の仲なんだし」
「それと、こういうことを見られるのは別問題です! それに先輩もみんなに結婚報告したときは照れてたじゃないですか」
「それこそこっちからべらべら話すのと、偶然見られるのは違うだろ」
言いながら今度はぎゅっと抱きついてくる。少し我がままで甘えたいような抱きしめ方だ。
――どうした、先輩よ。なんかいつもより大胆なんだけど。
「何か今日変じゃないですか?」
「変じゃないです」
「……ひょっとしてひょっとしたら、何か拗ねてました?」
それには何も答えずにいたが、回した腕に力が入ったのを感じてなるほどと納得した。
「ほのか」
「なんですか?」
「呼びたかっただけ」
太陽が沈んでいく様子を背中で感じながら、自分の中で自然と湧き上がる大好きの感情を受け入れた。




