7話
「お待たせと」言って幸也の隣の席に颯爽と座ったのは入社式で見かけたことのある顔だった。
「えっと、倉持さん……だっけ?」
「そうそう、倉持奈々子。山崎さんの話しは幸也からよく聞いてるし、それにすごい目立ってるし」
——幸也。名前で呼んでんのか。仲いいな。なんなら付き合ってるってカミングアウトされんのかな?
もやもやと浮かんでくる考えを履いて捨てては、また湧いてくる。
「目立ってるかな?」
「そりゃ、あの先輩相当厳しいらしいから。それに可愛いから目立つよ」
「そりゃぁどうも」
——他人に顔がいいと言われようと、好きな人に振り向いてもらえない女の気持ちが分かるまい。
と、半ば自暴自棄な考えまで頭の中を駆け巡る。
「ぶっちゃけあの先輩ってそんなに厳しいの?」
「まぁ、厳しいかな」
内心で「キモいと思うこともある」と付け加える。
話しもそこそこのところで、もうひとりの同期メンバーがグループに参加した。ほのかは名前を記憶の引き出しから取り出した。
「あぁ、沢井君」
「お、覚えててくれたんだ。和秀って呼んでくれてもいいよ。ほのかちゃん」
えらくパーソナルスペースが狭い人が来たなと思った。テーブルの向こう側に座ってる奈々子も若干引き気味だった。和秀はキョロキョロ辺りを見回して知り合いがいないのを確認してからボソッと言った。
「てかさ、ほのかちゃんの先輩ってあの真木って先輩だよな。あの人言っちゃ悪いが、服とかダサいし、変な人じゃない? ペア組んでて大丈夫なの?」
——ダメだこいつ。早く何とかしないと。
「確かに変ってるけど、先輩のことを良く知らないあなたに言われたくないんだけど。知りもしないで悪く言わないで!」
ふんと鼻息を荒くして和秀に思いっきり啖呵を切った。その姿に啖呵を切られた当の本人ではなく、幸也と奈々子はビビッて引いていた。
ほのかは普段はどんくさくてへらへらしているが、仕事に対してだけはきちんとやり遂げる。……少々の文句は口から出ることもあるが、自分の上司を否定されることは、自分の仕事を否定されているようで腹が立った。
「それ以上真木先輩のこと悪く言うと、鼻にワサビ練り込むからね」
昼食の寿司セットに付いていた小袋入りのワサビを鼻の前に突きつける。
「……ほのかちゃん、いいね。ねぇ、俺と付き合わない?」
メンタル鋼、あらわる。
「いえ、付き合いません」
◆◆◆
和秀がトイレで用を済ませ、出ようとした時、入ってくる誰かとバッティングした。
「あ、すみません」
と言いながら見た目線の先には真木の姿があった。和秀は真木よりも少し背が低く、若干見下ろされる形になった。
なぜかごくりと固唾を飲む和秀。それを見ている真木。彼は無表情ながら変な威圧感をかもし出し、穏やかじゃない雰囲気がふたりの間に流れる。その沈黙を最初に破ったのは和秀の方だった。
「あの、俺、失礼します」
入り口のドアの隙間からすり抜けた時、真木が彼の肩をがっしりつかむ。
「俺のことは何とでも悪く言えばいいけどよ、山崎のことはからかうんじゃねぇぞ」
和秀の背後でドアがパタンと閉まった。