71話
春の大型連休に真木の両親の墓参りに行った後、その旨を祖父母に伝えると顔を出すように言われたので連休明けの週末に伺うことになった。
「先輩、緊張してます?」
「電話でたまに話す程度んだけど、実際に会うのは4年ぶりだから何を言われるのか大体想像つく……くどくど何か言われんのかなって」
「ほう、珍しく弱腰な先輩ですね」
駅の近くにあったペイストリーで手土産のロールケーキを買った後にタクシーを拾って祖父母の家まで移動する道すがらの会話であった。来るように言われたのは父方の生家で、ほのかが受け取ったエンゲージリングの前の持ち主でもあった。
今日はその指輪はしっかりとはめられて、ほのかの薬指で輝いていた。
東京都内にある「真木」と表札に書かれた一軒家の前でタクシーを降車するとふたりはインターホンを鳴らす。そのチャイムが鳴り終わると同時に中から年配の女性が出てきた。
「悠介っ! 何年も会いにもこないで! あたしもじいちゃんもあんたが元気にしてんのか心配してたのよ!?」
開口一番に大きな声を挙げられて真木は始まったと言わんばかりの顔をしている。ほのかはそれにすっかり気圧されて話しかけるタイミングを探しながら、「あの……」と恐る恐る声をかけた。
「あの、悠介さんとお付き合いさせていただいてます山崎ほのかと申します」
ほのかの顔をじろじろと見た祖母は真木の腕をくいっと掴んでから肘で彼の体を小突いた。
目と目で何か合図をしているが、それがポジティブなことなのかはたまた何かネガティブなことなのか推測するしかない。
「はじめましてほのかちゃん、悠介がいつもお世話になってます。何にもないところですが上がってくださいな」
少しの緊張を小さな胸に抱えたまま「お邪魔します」と通された応接間で小さくなって座る。これではまるで借りてきた猫のようだ。
「悠介、じいちゃんがお台所でコーヒー淹れてるから、それとあんたが持ってきてくれたケーキを切り分けて持ってきて頂戴」
真木が心配そうにほのかを見るが「よろしくお願いします」と気丈にふるまう彼女を見て「はいはい」と部屋を出ていった。
一人部屋に残されたほのかのハートはますます強いビートを刻み、扉の向こうから聞こえてくる祖父と真木の声が恨めしくすら思える。SAN値がごりごり削られていく気がする。
とはいえ沈黙を続けるわけにもいかないので、とりあえずもう一度挨拶することにした。
「本日は突然お邪魔してしまって申し訳ございません」
「いいのよ。それよりほのかさん、悠介からはお仕事が同じ方だと聞いていますけど、あの子は職場ではきちんと馴染めてますか? なんせ末っ子だし、難しい性分ですからねぇ」
心配そうにドアの向こうの真木に目を向ける。
「えぇ、今年の4月からは私たちのチームの主任となってみんなを引っ張っていってくれていますし、仕事も人一倍されています。……もちろん仕事だけではなくて、私のことを気にかけてくれていますし、本当にすごい方で、そんな悠介さんと結婚できることになるなんて、私は幸せです」
そんなほのかの言葉を噛みしめながら祖母は目を閉じる。
「あの子は両親の葬式で涙ひとつ見せなかったんですよ。それぐらい気の強い子なんです」
祖母はほのかに向き直って、彼女の手を取った。
「でもね、式が終わってひとり部屋に戻ってから大泣きしている声が聞こえてきたんですよ。それはそれはかわいそうなもんでしたよ。でもね、あたしが心配して部屋に近寄ると泣き声がぴたっと止まるんです。だからあの子は誰にも気を許せないんじゃないかなと思って心配していたんですがね、貴女を連れてきてくれて安心しましたよ」
その時の真木はどんなだったのだろうと想像することしかできないが、そんな意外な一面もあるのかと思わせられた。
そしてほのかの手を握ったまま続ける。
「あたしは貴女にお会いしたのは初めてですけどね、貴女が素敵な人だということは分かりますよ。悠介が選んで連れてきた方ですもの、余程あの難しい子を理解してくださってありがとうございますね」
そうして握っていたほのかの手をもう一度ぎゅっと掴んでからぽんぽんと優しく撫でた。
「私、悠介さんからこの指輪を頂いたときにおばあ様の代から大事にされているものだと伺いました。そんな大切なものを頂いてしまってもいいものかと少し不安になってましたが、私を快く受け入れてくださって感謝しかありません」
きらりと光る指輪を見せると、一瞬驚いたような顔を見せた後、それを懐かしむように祖母は目を細めて微笑んだ。
「これはあたしがあの人から貰ったものなんですけどね。幸せな家族を作る願掛けとして息子に渡したんですよ。それがあのこの母親も同じように自分の息子に渡していたなんて。嬉しいことだわ」
「はい、きっと幸せな家族になりますね」
「悠介をよろしくね」
話し終えたところに祖父と真木が盆に乗せたコーヒーと茶菓子を持ってきた。
少し打ち解けた雰囲気のふたりを見て、彼は心配が杞憂に終わったことに安堵して見せた。
「何話してたの?」
「女子トークです」
「女子……」
ブラックコーヒーが3つと牛乳がたっぷり入ったぬるいコーヒー。相変わらずほのかの平和な日常は真木を中心に回っていた。




