6話
「あんたバカァ?」
どこかで聞いたことのあるようなセリフが電話の向こうから聞こえる。通話の相手は大学時代の友人である莉子だった。
「なんでその先輩の家で2回も世話になってんの? なんで記憶無くすまで酔うの?」
「はい。自分でも本当にバカだなぁって思います。でも世話になったものはしょうがないよ。それにさ、先輩も私のことなんて女として見てないし」
——そうよ。先輩の家に泊ったからって言って、なにかあるわけじゃないし。それにあの人は頭がいいから、職場で気まずくなるようなことはしないはず。
「いや、気まずくなる原因を作ってんのアンタだから。女として見てない相手と変な噂立ったら被害被るの向こうだから! とにかく月曜に迷惑かけた先輩に謝り倒しな。それから、二度とこんなバカな飲み方しないようにね!」
厳しいながらも正論をいう友人に返す言葉もない。
「分かったよ。じゃぁ、わたしバリキャリ女子になるよ。幸也への恋愛感情は無くす!」
「うん、まぁ。焦って変な男にだけは引っ掛からないようにしてくれれば何でもいいよ」
莉子との電話を切ると、就寝したのだった。
「先輩。先日は大変ご迷惑おかけしました。もうこんなことはならないようにしますし、これからは仕事も今以上に頑張ります!」
「ほう。じゃぁ、先週提出したデザイン全部却下。イメージに合ってないし、ウェブサイトのタイプにも合ってない。イチからやり直し。それと別件で2件来週までにデザイン決めも並行で進めとけよ。再来週にはもう別の仕事も決まりそうだからな」
スコーン、スコーンと次々送られてくる添付資料を見て、既に虫の息になっていた。
「鬼! 先輩は鬼殺隊にやられればいいんです!」
「それを言うならお前が隊員だ。仕事をやれ」
頭を鷲掴みにされて、スクリーンの方を無理やり向かされる。
それらに追われるように、4月はあっという間に流れていった。厳しいながらも訊けば一応教えてくれる真木の下でめきめきとスキルを磨いたほのかは、僅か一月で他の同期よりも頭ひとつ抜けた形になった。
月末の締めになっていた案件のデザインもほぼ終わらせていた。「うーん」と伸びをひとつしたときに、「ほのか」と背後から声が聞こえる。
職場で自分の事を下の名前で呼ぶのはひとりしかいない。
「どうしたの、幸也」
「来週のGW初日さ、同期で親睦会しないかって言ってたんだよ。初日とは言え連休だから全員参加とはいかないだろうけど、ほのかも来れたら来なよ」
その話しに二つ返事で「行く行く」と言った。
「場所とかはまだ決まってないんだけど、昼一緒に食べながら決める?」
と、まさかの幸也からランチに誘われた形になった。久しく幸也と話していなかったので、自然と顔がほころび、目じりがとろんとした。莉子には「幸也のことはもう忘れる」と息巻いたが、やはりそう簡単に割り切れるものでもない。
一応真木に「お昼休憩頂いて来ますね」と声をかけてから席を立つ。いつも気のない「んー」ぐらいは聞こえてくるが、今日はまるっきり無視された。
ほのかは幸也に誘われた嬉しさで、軽やかに別の階にある社食に向かった。そこで幸也は食堂内をぐるりと見渡すと、目標を定めて歩き出した。
「お待たせ」
——お待たせ?
通された席には既に別の女子社員が待っていた。忘れもしない、この子は歓迎会の日に幸也が駅まで送って行った女子社員だった。