67話
3月最後の金曜に、年度末に向けての納品の為にチーム全員で残業をしていた。ほのかの方も7時にはデザイナーの仕事はほぼ終わり、残るはバックエンド作業だけとなるので、エンジニアの仕事になる。
「みんな終わったら行こうか」
岡本チーフがみんなにそう呼びかけると、6人全員が自分の荷物をまとめて帰り支度を始めた。今日でチーフとしての最後の仕事となったのでみんなでご飯を食べに行こうということになった。それと兼ねて真木の昇進祝いもまだしていないので、この際一緒にやってしまおうとなったのだ。
当然全員で駅まで歩き、駅前のダイニングバーに入っていく。
金曜ともあって中はとても賑わっている。その中の6人掛けのテーブルに通され、先ずはビールで乾杯することにした。1日の終わりに飲むビールのなんと美味しいことか。だが2口目以降は不思議とその美味しさも半減してしまうので、一口目をいかに心得て飲むかが重要だ。
「みんな長らくありがとうございました。来週からは真木君がチーフとして引っ張っていってもらうのでよろしくお願いします」
そう言ってチーフが深々と頭を下げた。
「やだ、チーフ。もう少し一緒に仕事出来るんですから、あんまりしんみりしないでくださいよ。寂しくなっちゃう」
ムードメーカーの三國が彼の肩を叩いた。そして「ほら、真木先輩もなんか挨拶してくださいよ」と続けた。
そう言われて何も言わないわけにはいかず、暫し何を話そうか考える。
「そうだな、最初はSEだった俺がぽっと出でチームリーダーになるのは気が引けたけど、認めてもらえると嬉しい」
そう言うと村上が「緊張してんスか?」と茶々を入れた。
「正直時期主任は村上だと思ってただけに、引っ張っていけるか心配になってたんだ」
「まぁ、今回はなれなかったですが、それは単純に経験の差と思っておきます。でもあと2年後には俺も今の真木先輩と同じぐらいのスキルが溜まってると思うんで、その時にチーフの席を譲ってもらうからいいですよ」
「村上先輩は下から上がってくる社員にも足元掬われないようにしてくださいね」と由香里が言うと、三國も「同期だっているんだからね」と続く。
こうしたくだらない話しが続くが、緊張をほぐすのには十分な役割を果たす。
夜もそこそこ更けてきて、みんな酔いが回り始めた。
「あー。やっぱ結婚一抜けは年齢的に岡本チーフでしたねー。今年いくつなんでしたっけ?」
「今年で32だね。今時この年で結婚なんて一般的じゃないの?」
毎月合コンに行ってはなかなか良い結果を出せない三國は「彼氏ほしー」が口癖になっていた。
「もう私たち付き合ったほうがいいんじゃない、村上ぃ」
「悪いがパスだ。真木先輩はどうですか」
焼酎を口に運んでいた真木に突如として投下された三國弾にむせそうになる。この弾はまともに食らうとクリティカルヒットになってしまうため、上手く躱さねばならない。
「悪いが俺もパスだ。そもそも俺にはもう相手がいるからその手の話しは全て村上に引き受けてもらえ」
「は!? いや、真木先輩でも彼女とかいるんですね。女っ気なさそうな堅物キャラなんで一生独身か、男性にしか興味ないと思ってたんですけど」
三國に乗っかってチーフも「あー分かるわー」と頷いた。それを無言で見届ける由香里と何も言えなくなるほのか。
そして興味津々の三國の饒舌は止まらない。
「どんな人なんですか?」
「どんな? 天然」
「写真ないんですか?」
「写真見なくても今見てるだろ」
”だろ”とか言われても知らねぇよとほのか自身内心突っ込みを入れたが、もう彼の言動にはいちいち驚いてはいられない。心臓がいくつあっても足りなくなるからだ。驚くのは今度もっと非常事態があった時の為に取り置きしておくことにしようと誓った。
「まさか……由香里ちゃん!?」
――逆ぅー!
「私じゃないですよ!」
と、全力で否定する由香里。
そうだ。由香里であるはずがないのだ。は真木と会話が成立しないと嘆いていた過去がある。とすれば自然と目線の先はもう一方に向くしかなかった。
三國だけではなく村上も信じられないと言わんばかりにほのかを見る。
「嘘!? 山崎さんは飯塚君といい感じなのに!?」
「それは何回も言いましたが、幸也とは友だちです! いい感じって何ですか!」
今日の主役はあくまでチーフと、真木の昇進に関しての飲み会なのでそこそに話しを流し、ふたりの関係についてはそれ以上何も言わないでいた。




