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恋愛初心者、恋をする  作者: 織田 智
恋愛初心者
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5話

「んー」


 起きた瞬間に昨夜飲みすぎたなと自覚した。またもや口の中がカラカラになっていた。ベッドから立ち上がろうと布団を捲った時、自分の胸も露わになった。


 ——何!? 服は!? いや、昨夜もっと着てただろ、私!


 あわててぱんつを確認すると、下は履いていたようだった。


「てか、デジャブ!」


 部屋の中を見渡すとそこが自分の部屋ではないことは3秒で気づいた。そしてうっすらと見覚えのある室内。キングサイズのベッドのもう半分のブランケットを捲って、隣に誰かいるのか確認した。


 そろっと捲ったブランケットの下は冷たく、誰もそこにいた気配はない。


 ほのかは床に脱ぎ捨てられていたブラジャーと服をかき集めると、いそいそと身に着けた。


 寝室からリビングに抜けるドアを開けると、真木がリビングのソファーで眠っていた。起こすべきか、起こさざるべきか……それが問題だった。


 ほのかが顔を少し近づけて、恐る恐る「せ、センパイ。真木センパーイ」と囁くように声をかける。出来れば起きてほしくない。でも「帰るときにちゃんと声をかけました」と言い張るために一応それのようなことをしてみる。

 だが、ほのかの願いも空しく真木はうっすらと目を開けた。

 そして彼の手はほのかの頬を滑り、額に思いっきりデコピンを食らわす。


 べちーん。と鈍い音が頭の中で響いたかと思ったら、弾みで天井を仰ぐ。


「痛いです!」

「痛くしたんだ。お前は本当にアホだな」

「……分かってますよ」


 痛くて少し涙目になって額を押さえる。少し涙目になったのは痛いからだ。そう思うことにした。



 何気にこの人は自分のことを”お前”と平気で呼ぶ。「お前はやめて」と、どこかの王女のごとく言える雰囲気でもない。それに真木にそう呼ばれても不思議とそこまで嫌悪感は抱かなかった。

 いや、この人に対しては(今のところ)嫌悪感より罪悪感が勝るからだろう。


「コーヒー? 紅茶?」

「……コーヒーで。牛乳は多めが好きです」


 真木はベッド代わりに寝ていたソファーから立ち上がると、サッとカーテンを開けて、キッチンでコーヒーを淹れ始めた。室内にいい香りが広がる。


「顔ぐらい洗ってくれば? 化粧ついたままだと気持ち悪いだろ? 化粧水とか新しい歯ブラシも台の上に出しておいたから」

「はい、ありがとうございます」


 意外だった。新しい歯ブラシは、まあ予備があったのかなと思ったが、洗面台の上には有名ブランドのメイク落としから基礎化粧品までもが揃えられていて、どれも殆ど新品だった。

 女の気配なんてなさそうだと思っていたのに、彼女の為に用意したものなのか、それとも案外遊び人で女の子をしょっちゅう泊めているからなのか。


 はたまたこれらは自分用なのだろうか? 丁寧に基礎化粧品をつける真木を想像すると少し笑えた。


 ーーあれ、だとしたらメイク落としは……。


 想像するのをやめた。


 急いで顔を洗ってリビングに戻ると、テーブルの上にコーヒーが用意されていた。

 ミルク多めのカフェラテ。身支度に10分はかかったのに、まだ出来立てのように温かかった。恐らく時間がかかるのを見越して顔を洗っている間に作ってくれたようだった。猫舌のほのかはそれをゆっくり冷ましながら飲む。


「ありがとうございました。先輩の彼女さんのですか? あの化粧品とか」


 コーヒーを啜りながらタブレットでネットニュースを読んでいる真木に話しかける。


「もう別れたけどな」


 ーーあ、自分用じゃなかったのか。


「そうなんですね」


 気まずい空気が流れる。一刻も早く帰るために急いでカップの中のコーヒーを飲み干そうとするが、憎き猫舌がそうさせない。でもせっかく淹れてくれたコーヒーを飲まずに帰るのは失礼だ。


「あの、昨日も私バーで寝ちゃったんですか? 全然記憶なくて」

「寝た。あんな強い酒を一気に飲んで、一瞬で寝落ちた。お前、今までよく無事でいられたな」

「記憶が無くなるほど飲んだのはこの間と今日だけです。原因はどっちも感情的になっていたのが敗因かと思います」

「男関係だろ。やっぱりお前も振られたクチだったんだな」


 ——“も”? “も”ってことはあの化粧品の人には先輩が振られたのか。


 真木を見ると失言をしてしまったような、バツの悪そうな顔をしていた。クールぶって相変わらずタブレットでニュースを読んでいるふりはしているが、目線で文字を追っていないのは明らかだった。


「先輩のことなんで、すぐに怒ったりとか、仕事に夢中になりすぎたりとかで振られちゃったんじゃないんですか?」


 弱点を見つけたことを面白がって、ほのかは目を細めてから悪戯っぽい口調で真木をからかう。

 すると「そうだったかもな」と何かを思い出すような、それでいて後悔しているような顔をして相槌を打った。


 彼の目線は光るスクリーンを通り越して、遠くを見ていた。


 ——ふーん。仕事では鬼のような先輩でも、人並みの反応もするんだ。


 ようやく冷めたコーヒーを飲み干すと、「泊めていただいてありがとうございました。今度お礼にお昼でも奢ります」と言って部屋を後にした。

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