54話
「あー! ほのかちゃんこっちこっち!」
由香里に呼ばれて彼女の隣の席に座ると、ホールを見渡した。
会社の忘年会が近くの居酒屋を貸切って行われている。総勢50人にもなると結構な規模で、誰がどこにいるのか分からない。
席に座って早速お酌に回ってきた岡本チーフからビールを飲むかと訊かれる。
「私がお注ぎしますよ」
「いいからいいから」
と、小さなグラスに黄色いビールが注がれ、チーフと由香里と3人でカツンと乾杯した。
「もうあと3か月もしたらふたりとも先輩になるね。どう、仕事楽しい?」
そう聞かれて由香里もほのかも年末の怒涛の日々を思い出しながら遠い目をして、来年末もこんなだったらどうしようかと今から不安になる。
「来年はもっと余裕のある仕事が出来るように尽力します」
「いやぁぁぁ。折角の休みなのに仕事のことは考えたくないです!!」
由香里が頭を抱えながら絶叫する。
だがほのかの耳に響いたのは隣にいた由香里の声ではなくて、少し離れた席に座っている彼の方に傾いている。一緒に話している相手は真木と同期の中川と、デザイン部の大隅だ。ふたりとは何度か会っているが、真木もあんなに砕けた顔で話すのだなぁと少し新鮮に思えた。
ほのかはちびちびとビールを飲みながら、昨日の朝の事を少し思い出していた。
朝、彼のベッドで目覚めたほのかは、後ろから抱きつかれるような態勢で横になっていた。それはいつものことだったのだが、きゅっと腕にしがみつくとその手が服の中に入ってきてお腹や更には胸にまで手を這わせていた。
直接肌に手が触れると、くすぐったくてぴくっと反応してしまった。
「先輩!」
「……なに?」
「”なに”じゃないです! どこ触ってるんですか!?」
「ダメですか?」
「……ダメじゃないけど、恥ずかしい」
というのが昨日の朝のことだった。
それ以上は特に何もなかったのだが、それ以降その時の記憶がフラッシュバックして来ては恥ずかしくて、顔を覆いたくなる。
「そういえば、ほのかちゃんはクリスマス何かした?」
そう言われて思わずどきっと心臓が大きく跳ねた。
「へぇ、その話僕も聞きたいなぁ」
チーフに至っては完全におもちゃにされている。今の今まで隣に座ってた別のデパートメントの社員と話をしてたかと思ったら、こっちを向いて話に参加してくる次第だ。
「何って、別に普通ですよ」
それを聞いて由香里が「あれ、ほのかちゃん彼氏できたんだ。いつ?」といろいろツッコミを入れてくる。
「えっとー、夏ぐらいに」
「ほんとに!? てか、写真ないの?」
——いやー! そんなにいろいろ聞かないで! てか、写真見なくても毎日顔合わせてるから!
「写真は……(今は見せたく)ないです」
真っ赤になって俯きながら言うほのかを遠くから見て、具合が悪いのかと思われ「どうかしたの?」と真木が話に交じってきた。
——来るな―!
そう念じても通じるはずもなく、由香里が真木に事の顛末を話した。
「真木先輩も山崎さんの上司として気になりませんか? この子の彼氏」
「そうだな」
『黙れ小僧』はこんな時に使うワードなのだと身をもって知るが、当然そんなことは言わない。言えない。
そしてそんな楽しそうな話しをしているところには、三國ももちろん参加してくる。どれだけ飲んだのか、もう既に酔っているようなテンションだった。
「なに、山崎さんこないだまで誰とも付き合ったことないって言ってたのに、彼氏できたの? どんな人ー?」
大きなボリュームで話すので、ほのかもますます恥ずかしくなる。別に真木とのリレーションを話したくないわけでは断じてないが、流石にこんな雰囲気では言いにくいのだ。
「普通の会社員ですよ! 仕事に厳しくて、でも子どもっぽくて、なんか、そんな人です」
彼の人柄を思い浮かべながら一言ずつぽつりぽつりと話す。
「じゃぁ、初めての彼氏が出来た感想は?」と三國が悪戯っぽく聞く。
「…………。ぞっこんです」
それを聞いたチーフが大きく吹き出してゲラゲラと笑い始めた。別に笑いどころなどどこにもないのだが、腹を抱えて笑いながら真木を見る。
ほのかも同じように彼に目をやると、耳まで真っ赤になった姿を見ることになった。




